第218話 記帳所の変容

レベルが99になり、明らかに以前とは比べ物にならない力を得た俺だったが、そんな変化など霞むような異変が、記帳所セーブポイントの部屋に起きていた。


この場所を訪れるたびに少しずつ家具や家電が増えたり、内装が良くなったりはしていたのだが、レベル70を超えた辺りからその度合いがエスカレートしてきたように思う。


はじめて来た時は四畳半の畳敷きの和室のような感じだったのだが、まるで時代劇の殿様と謁見する大広間のような立派なものになり、そして何より驚いたのは、妖精の爺さんの他に、婆さんが出現したことだ。


爺さんと同様に小柄だが、身綺麗にしていて、とても慎ましやかな様子だった。

一段高くなった上座の下の脇のところにある≪ぼうけんのしょ≫が載せられた立派な黒漆塗りの和机のところにちょこんと座っている。


「ねえ、このお婆さん、誰?」


「知らん!今朝がた、気が付いたら吾輩わがはいの横で寝ていた。おっと、変な意味ではないぞ。布団は別だ。吾輩同様に記憶を失っておるようで、名前もわからぬ状態だ。吾輩の仕事を手伝いたいというからアシスタントとして記帳係を頼むことにした」


「そ、そうなんだ……。テレビとか、ぶら下がり健康器具とかは無くなっちゃったみたいで、随分とがらんとしちゃったけど、あれはどうしたの? 猫もいなくなってるし」


「あれらは、奥のプライベートルームに移した。ここはあくまでも仕事場であるらしいからな。公私混同はいかん」


今までは完全に公私混同していたと思うが……。


「はあ、仕事場ね。つまり、俺がいるこの場所以外にも部屋があるわけだ」


「うむ、どうやらお前のレベルアップに応じてこの世界も広がりを持ちつつあるようだ。現時点でも七部屋。庭もあるが、案内するような時間は無いな。それに、お前が居てもいいのはこの部屋だけのようだ。そういう決まりになっている」


「そっか、部屋の外がどうなっているのか見て見たかった気がするけど、仕方ないね」


なぜだかわからないけど、俺自身も不思議とそうすべきだと感じていて、さらにいうとこの大広間の外へは決して出れない確信めいた何かが心の中にあった。


ここは俺のための特別な場所。


そして、その外はまったく別の、縁もゆかりもないような世界である気がしているのだ。

天国や地獄。あるいは神話や物語に出てくるような、人間の踏み入ってはいけない神域である。そんな気がしていた。


「聞き分けが良いことで何よりだ。そんなことより、今日は何をしに来た? セーブをしに来たなら、そこの婆さんに言って、さっさと済ませてしまえ。吾輩は忙しいのだ」




レベル99に至るまでそうしたやり取りが続き、そして今の記帳所セーブポイントの部屋の現状はこうだ。


妖精の爺さん、婆さん同様に記憶喪失の家来が四人増えて、しかも全員、西洋人顔なのに和装だ。

家来の四人は長裃ながかみしも肩衣半袴かたぎぬはんはかま

妖精の爺さんは紋付羽織袴もんつきはおりはかまで、婆さんは落ち着いた色合いと柄の着物になっていた。


まるで映画村とか撮影所に観光に来た外国人観光客が、コスプレサービスを利用している様な光景に俺は言葉を失ったが、今のご時世、別に珍しくもないかと思うことにした。


「なんか、ここの雰囲気もすごい変わったね」


「そうだな。ずいぶんと賑やかになった。このお広間に居る者は、ほんのごく一部で城中には、もっとたくさんの者たちが住んでいる」


「城中? ここって城なの?」


「どうやら、そのようだな。部屋数が増え、階数が増し、気が付けば立派な城になっていた。昔をどこか思いださせてくれるような懐かしさを日々感じておる」


「懐かしい?」


「そうだ。名前も、おのれが何者かもわからぬ状態であるが、最近、ふいにこのようなことが前にもあったなと、思わされることがよくあるのだ。そして、夢を見る。このような変わった身なりでもなく、内装などの雰囲気も異なるのだが、どこかの城で、この者らとともに幸せに暮らす夢だ。石造りの蔦這う様な古城……。妙であろう? 互いの名前も、素性もわからぬ大勢の者たちが今はこの城で大勢暮らしておるのだ」


「はあ、ここはここで、そんなことになってたんだね。でもさ、今は、お婆さんが、記帳所ここの仕事をほとんどやってくれてるじゃない。お爺さんとか、あとの人たちは普段、何をしているのかな? 」


「そんなこと聞いてどうするのだ。だが、まあいい。今日は気分がいいから少し話してやろう。だが、それを聞いたらさっさと戻るのだぞ。今日のセーブは済んだのだからな」


「ああ、そうするよ。俺は俺で、それなりに忙しいんだ」


いつも言われているセリフをそのままお返ししてやった。


「この者らは、吾輩がこれまで一人で担っていた仕事を分担してくれておるのだ。おぬしの力の増大に伴って、吾輩だけでは相当に骨が折れる仕事になりつつあるからな。セーブポインターの応対やこの空間全体の力場を安定化する仕事などは吾輩がそのまま行っているが、≪ぼうけんのしょ≫に関する業務、お前さんに与えている数々の≪職業クラス≫加護の付与、戦闘時の≪理力≫の制御補助、コマンド「まほう」の具象化の安定化補助などなど、挙げればきりがないが、これらをある程度分担してもらっている」


「そうなんだ。ごめんなさい。そこでじっと座っているから、暇なのかと思ってた……」


老若男女。四人の家来たちはその言葉に満足げな表情をし、静かに首を垂れた。


「おそらく、吾輩らはセーブポインターの力の象徴あるいは、おまえに組み込まれた補助装置のような存在なのだと今は考えておるのだよ……。おっと、少し、長話が過ぎたな。そろそろ、帰れ。お前がこの空間に滞在しておると、吾輩がしんどいのだ」


全然、辛そうに見えないのだが、大人しく言う事を聞くとにした。


おそらく、大好きな時代劇ドラマがもうそろそろ始まるのだろう。


懐中時計をチラ見して、先ほどから少しそわそわしている。

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