第217話 人間の限界

組織を引き継いだといっても、その実務はこれまで通りヴィレミーナが中心を担うことになった。

老境にあったアーレントは、かなり以前から組織の財務などの重要な仕事を彼女に頼らざるを得なくなっており、引継ぎの困難さを考慮すればその方がいいだろうということになったのだ。


アーレントは、娘を後ろ暗い裏社会の仕事に巻き込みたくないという本音とは裏腹のこの状況に、深い後悔の気持ちと申し訳なさのようなものを抱き続けていたらしい。

遅くに授かった、たった一人の愛娘を手元に置いておきたいという気持ちも災いしたと、寝台に臥せったままのアーレントは寂しそうな顔で明かしてくれた。


俺は、これまでの食客しょっかくの身分のときと役割はそれほど変わらず、賭場回りや組織間の賭けなどの大勝負を担うのが仕事で、日中は自由気まま、増えた仕事は、せいぜい他の組織の親分さんたちとの付き合いや業界の会合などだけであった。



組織のボスになって、人に見られることを意識したためか、生活態度も自堕落な状況から改まってきた気がする。


最近少し、セックス依存症気味だったと深く反省し、夜に二人っきりになれた時以外は、ヴィレミーナを求めないように自制することにした。


多忙なヴィレミーナの邪魔をしないように、日中は賭場を巡って見回りつつ、世界の破滅に結びつきそうな何かが無いか、かつてのように意識を向ける日々だ。


相棒のザイツ樫の長杖もようやくその手に取る勇気が出たため、これを購入し、ブランクを取り戻すかのように、それを振る時間も意図的に設け始めた。


こうして少しずつではあるが、俺の心も、絶望の淵から這い上がろうという気力が戻り始めたのだが、そしてついに世界の滅亡回避のための新たな試みをすることを決断することができたのである。


具体的に言うと、それは俺自身のレベルアップだ。


イチロウがかつて言っていた人間の限界であるというレベル99。


俺は今回、それを目指すことにした。


現状でも強さについては何ら不満はなく、かえって強くなりすぎると相手に対する手加減が難しくなるのではないかと躊躇ためらわれるところだったのだが、限界の強さを手に入れたことによって得られる境地もあるだろうと俺なりに考えたのだ。


それに、強くなれば、終末しゅうまつの日、世界に破滅をもたらす原因であると思われるあの二つのとんでもない存在についても、もっと長く観察できるかもしれない。

正体がつきとめられれば、なお良しだ。


やれることは全部やる。

諦めるのは、その後でいい。


セーブポインターのレベル上げは、他の人とは異なり、魔物の討伐による経験値の取得を要しない。

こよみの上で、未だセーブしたことのない日に≪ぼうけんのしょ≫に記録セーブするだけでレベルが一つ上がる。


ただ、ここで気を付けなければならないのは、ロードしてやり直しても、別の展開の時に一度セーブしたことがある日は、もう二度とセーブできないということだ。


よく考えてセーブしないと、いざという時、そこでセーブしたくなってもそれができなくなるし、しかもセーブ可能日が無くなっていくと、ますます最初からやり直すしかなくなってしまう。


そこで俺が考えたのは、セーブ日をできるだけ間隔を空けて設けることだ。


今のレベルが丁度50だから、レベル99までは49日分、どこかでセーブ可能日を消費しなくてはならない。

二、三日間隔でそれをやろうと思うと、すでにセーブ済みの日もあるから、今からさらに半年ほどはかかってしまうだろう。




そして今回の再ロードから281日目。


平穏と言えば聞こえがいいが、逆に言うと何の手掛かりも成果も得られないまま時は流れた。


そして俺は順調にレベル99に至った。



名前:雨之原うのはら優弥ゆうや

職業:セーブポインター

レベル:99

HP:3180/3180

MP:2463/2463

(セーブ特典ポイント:58)

能力:ちから155、たいりょく156、すばやさ157、まりょく138、きようさ158、うんのよさ163

スキル:セーブポイント

≪効果≫「ぼうけんのしょ」を使用することができる。使用時は「ぼうけんのしょ」を使うという明確な意思を持つことで効果を発揮することができる。


スキル:場所セーブ

≪効果≫任意の場所を三か所までセーブできる。「場所セーブ」を使うと≪おもいでのばしょ≫の一番から三番まで指定してセーブが可能。セーブした場所はロードすることによって、いつでも訪れることができる。仲間など、視野内の認識可能な複数対象にも効果を及ぼすことができる。使用回数制限なしだが、対象人数に応じてMPを消費する。


解放コマンド:どうぐ

≪説明≫自らに占有権があるアイテムを≪どうぐ≫の中に収納できる。「コマンド、どうぐ」と有声無声関わらず、意志を持って唱えると使用可能。所持数制限なし。使用回数制限なし。


解放コマンド:しらべる

≪説明≫対象のアイテムがどのようなものなのか調べることができる。「コマンド、しらべる」と有声無声関わらず、意志を持って唱えると使用可能。使用回数制限なし。


解放コマンド:まほう

≪説明≫下記の≪まほう≫を使用できるようになる。対象を決め、その≪まほう≫を使用するという確固たる意志を持つことで発動可能。各≪まほう≫に応じたMPを消費する。

≪まほう≫一覧

回復ヒール≫(消費MP10)、≪透視シー・スルー≫(消費MP20)、≪聖結界パワーバリアー(消費MP50)、≪聖雷セイクリッドサンダー≫(消費MP50)、≪魔法封じストップ・マジック≫(消費MP25)、≪強化付与消去バフ・イレース≫(消費MP25)、≪聖雷光波ホーリーライトニングウェーブ≫(消費MP400)


解放コマンド:とびら

≪説明≫この世界に存在する「有りとあらゆる扉」を開けることができる。いかなる鍵や封印も無効。


解放コマンド:つよさ

≪説明≫対象の強さ(レベル、ステータスなど)を消費MPに応じて段階的に確認できる。ただし、確認できるのは自分だけで他者に開示などはできない。

簡易ステータス(消費MP1)

通常ステータス(消費MP10)

詳細ステータス(消費MP30)




これが、俺の限界。

セーブポインターの強さの最終到達地点か。


人間の限界レベルは、99らしいから、これ以上のセーブはよほど事前に状況を記録しておきたい場合を除けば、無駄になってしまう。


セーブ特典ポイントは、58まで溜まったけど、おそらく今後は≪ぼうけんのしょ≫に記録しても、この数値しか増えないのかな?

とりあえず今のところは、新たなスキルに必要性を感じるものは無かったので温存することにした。


コマンド「まほう」は、≪魔法封じストップ・マジック≫、≪強化付与消去バフ・イレース≫、≪聖雷光波ホーリーライトニングウェーブ≫の三つが各段階のレベルで追加された。


ただ、≪聖雷光波ホーリーライトニングウェーブ≫は試しに一度使ってみたのだが、威力がデカすぎて、あやうく王都を半壊させてしまったため、慌てて直近の記録をロードし直す羽目になってしまうなど、使いどころに悩むものであった。


敵を倒せても、周囲に被害が出るようだと全く意味が無い。


ちなみに≪ぼうけんのしょ≫の状態は、このようになった。


ぼうけんのしょ1 「子供が欲しいとねだられる」

→「ようやく99かよwww」

ぼうけんのしょ2 「ヒモ野郎、彼女に寄生する」

→「諦めるのは、その後でいい(キリッ)」

ぼうけんのしょ3 「はじまり、そして追放」



ぼうけんのしょ2の「ヒモ野郎、彼女に寄生する」は、ついに消すことにした。

たぶん、今の俺は、あの頃に戻ったとしてもアレサンドラとの甘い日々を続けられない。

俺は、色々と変わりすぎてしまった。


あの何も知らなかった、未熟な高校生ユウヤはもういない。


かなりの未練が残っていたが、レベル99を目指すことを決めたその日に上書きしてしまった。

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