第216話 燈る光

「新たなボスに忠誠を誓います」


そう宣誓して、組織の幹部たちが俺の手の甲に口づけをしていく。


再ロードから103日目。

俺はアーレントの組織のボスの座を引き継いだ。


アジトの表の顔である酒場には、主な幹部及び構成員たちが勢ぞろいしており、欠席者はいない。

加入から三月ほどしか経っていないこの俺が組織の跡目を継ぐなど、本来からすればありえないことで、反発も当然出ると思ったが、結果としてはそうならなかった。


俺を新たなボスに指名したのは他ならぬアーレント自身で、この状況に至る前にはこんなやり取りがあった。




アーレントが倒れた直後、俺はすぐさま≪回復ヒール≫をかけた。


青ざめてしまっていたアーレントの顔色は瞬く間に血の気を取り戻し、手足の硬直も緩和されたようだった。

俺は全裸のまま、アーレントを抱え上げ、ベッドに運ぶと衣類をすこし緩めて楽にしてやった。


俺の≪回復ヒール≫はケガや病気の症状の改善には効くが、老化などによって衰えた本人の体力自体を増進させる効果はおそらくない。

発作によって、体力を消耗したらしいアーレントは精神的なショックもあってか、ぐったりし、直ぐに起き上がろうとはしなかった。


「なぜ、私を助けた? あのまま私が死ねば、組織も娘もすべてお前のもの。好都合だったのではないか……」


「組織なんていらないよ。そんな柄でもないし、ヴィレミーナさえ傍にいてくれたら、もう他に何もいらないんだ。ギャンブラーが駄目だっていうなら、賭け事も金輪際、やめちゃってもいいし、何か適当に堅気の仕事を探すよ」


「……その言葉は本気か? 」


「本気だよ。男に二言はない。ヴィレミーナは大事にするし、アーレントの面倒も俺が見てもいい」


「ふざけるな。誰が、お前の世話になどなるか。この≪荒鷲≫のアーレントをなめるなよ」


アーレントは少し元気になって来たのか、声に力が戻って来た。

高齢ではあるが、≪回復ヒール≫が身体の不調を改善したのであれば、あとは自ずと元気になるはずだ。


「……だが、私も歳をとった。後継ぎはおらぬし、組織の者たちの行く末も考えねばならぬ時期だ。私の組織に身を寄せている者たちは、お前と同じで皆、拠り所のない流れ者ばかり。この縄張りシマとシノギを失えば路頭に迷うものも大勢出てくる。ヴィレミーナとのことは認めるわけにはいかないが、組織はお前に任せたいと実は考えていたんだ。お前の博徒としての実力は王都一の呼び声も高い。運も腕っぷしも誰にも負けないものをもってるし、この稼業にお前は向いている。まだずいぶんと若いが、お前がボスなら他の組の連中もおいそれと手出しはできまい」


「いや、そんな事言われても、組織のボスとか嫌だよ」


「妙な奴だ。この裏社会に身を置いている者にとって、組織ファミリーの長になることは誰もが憧れ、それを巡って血みどろの争いが起きるほどなのだぞ」


「いや、だから嫌なんだよ。血みどろの争いとか、俺はそういうの嫌なんだよ。本当は誰とも揉めたくないし、喧嘩だって好きじゃない」


「……それを聞いて安心した。やはり、この組織はお前に任す。本当は私も争いなど好きではないのだ。だが、魔王に国を滅ぼされ、流れ着いたこの地で、仲間と生きていくにはこうした道しか、私には見いだせなかった。なあ、ユウヤ、頼む。私の跡目を引き受けてくれないか」


「そんなこと言われたって……」


俺は正直、困った。


俺の人生は、カリソメの人生。


どうせ、あと900日足らずで世界は終わってしまうし、もうどうせなら嫌なこととか面倒くさいことは一切やらないで好き勝手に生きようと決めていたのだ。


もう何かを背負ったり、抗ったりするのは御免だと思っていた。


放蕩三昧の自暴自棄ともいえる生活。

その結果、辿り着いたのがこのアーレント一家であり、巡り合ったのがヴィレミーナだった。


これ以上アーレント一家の人たちと仲良くなってしまったら、みんなの死に目を見なきゃいけなくなった時に、きっと辛さが増してしまう。


それにもうあの終末による身を裂かれるような死を体験するのは絶対に、嫌だった。

だから、もう死ぬ前に余裕をもってロードする。

これは俺にとって確定事項だった。


残された日々をヴィレミーナと面白おかしく生きて、そして最後が訪れるその前にまた≪ぼうけんのしょ3≫の「はじまり、そして追放」をロードするのが、今考え得る限り理想の展開なのだ。


……理想の展開?


これが理想?


積み上げてきた様々なことを、全部、何もなかったことにして、何度も同じときをループし続けるのが理想?


そんなこと延々とやり続けて何になるというんだ!


終わらせなきゃ。

どこかで、このループを終わらせなければいけない。


やれることはすべてやり切った気がしてたけど、そんなのは嘘だ。

俺は自分に嘘をついていた。


痛いこと、つらいことから逃げて、考えないようにしていただけだ。


「ユウヤ……? どうしたの」


ヴィレミーナが心配そうに、俺の顔を覗き込んでいる。


何ができるかはまだわからない。

でも、この愛しいヴィレミーナや組織の仲間が死なずに済むようにもう一度だけ悪あがきしてみよう。


くたびれていたはずの俺の心に、もう一度かすかな光がともったのを確かに感じた。


「アーレントさん。あなたの組織のこと、俺が引き受けるよ。そして、ヴィレミーナとの仲も認めてもらえるように頑張ってみます」


素っ裸で、まったく格好がつかない状態だったけど、俺は、横たわるアーレントの目をまっすぐ見つめ、誓いの言葉を口にした。



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