第214話 葛藤と苦悩
ザイツ樫の長杖なんか見に行ったせいだろうか。
冒険者をやっていた時のことを急に思い出してしまった。
アレサンドラ、テレシア、ラウラは、今頃どうしているのだろう。
すっかり失念してしまっていたが、俺と出会わない展開だとこの三人はパーティーを組み、そしてロブス山の洞窟の調査をしにいってしまうはずだった。
その場所には魔王が生み出した虫魔人ライドがいる。
俺無しの状態では、さすがのアレサンドラもお荷物の二人を抱えて、≪
虫魔人がいる洞窟までは辿り着けていないはずだが、果たして、どうなっているのだろう。
俺は、三人の安否だけでも確認してみようと思い立ち、冒険者ギルドに向かった。
久しぶりに来たせいだろうか。
少し緊張しながら、扉を開け、冒険者ギルドに足を踏み入れると、直ぐに見知った顔を見つけることができた。
メリルだ。
もちろん、今回のロードでは初対面になるわけで、向こうは俺のことなど知る由もない。
俺はカウンターで暇そうにしている彼女の前に行き、アレサンドラに以前お世話になった者だと偽って、近況を尋ねてみた。
メリルなら、アレサンドラと親しかった様子だったし、きっと知っているはずなのだ。
だが、俺の質問を聞いたメリルは、急にはっとした表情になり、そして表情を曇らせたまま、床に視線を落としてしまった。
「……ごめんなさい。アレサンドラはもう
「えっ……、どういうこと?」
俺は一瞬、目の前が真っ暗になってしまった。
その時期だと、まさか虫魔人と遭遇してしまったのか?
あの三人の強さだと引き返さざるを得ないだろうと思ってたけど、考えが甘かったか。
まさかバンゲロ村の大量発生したゴブリンにやられてしまったわけではないよな。
「アレサンドラは仲間三人と、とある依頼を請けたのだけど、そのまま行方が分からなくなったの。他のギルド支部にも問い合わせたんだけど、受注した依頼が未達成のまま、その仲間の人たちも同様に活動の記録が途絶えてしまっている。おそらく、彼女たちは……」
「ちょ、ちょっと待った。仲間って、もしかしてテレシアとラウラという名前じゃないよね?」
「よく知っているのね。それともう一人。ジャクリーンという腕利きのベテランが一緒だったはずなの」
ジャクリーン。
知らない名前だけど、その人の加入で戦力的には中途半端に充実してたというわけなのか。
リックたち≪正義の鉄槌≫と一緒になって、アレサンドラたちと虫魔人の遭遇の可能性を回避した時にも、ひょっとしたらその四人パーティだったのかもしれない。
「捜索とかは一応したんだよね? 」
「それは……」
「おい、どうしたんだ? なにかトラブルか?」
メリルは返答に窮した様子で言葉を詰まらせたが、奥の方から暇そうな顔のグラッドが現れて、声をかけながらこちらに近づいてきた。
見ると左手の手首から先が無くなっていて、顔にもまだ生々しい傷跡がいくつかあった。
メリルは、ギルドマスターであるグラッドに俺とのやり取りを説明しはじめた。
「……そうか、彼は、アレサンドラたちの近況を知りたくてここに来たというわけなのだな。悪いが、彼女たちは全員、おそらくもう生きてはいまい。運が悪いことに、魔人と遭遇してしまったようなのだ。メリルに相談を持ち掛けられてな。一番暇だった俺が他の暇そうなメンバーを募って、捜索に出向いたんだが、御覧の通り、酷い目にあったぜ」
グラッドは苦笑いを浮かべながら、手を失った左腕を右手で指さした。
「まあ、彼女たちの仇は討ってやったが、すべてが遅すぎた。現場には彼女たちの遺留品らしきものと遺体の一部があったから、まず間違いないと思う」
「そう……なんですね。お騒がせしました」
俺は肩を落としたまま、二人に頭を下げ、冒険者ギルドを出た。
なんか、最悪な気分だった。
今回のロードにおいては、アレサンドラたちとは何も接点がないし、向こうからしたらまったくの赤の他人だ。
今の俺は冒険者のユウヤではなく、全く別の人生を生きている。
それなのに、何でだろう。
アレサンドラたちの死を聞いて、胸が締め付けられる思いだった。
マルフレーサたちもそうだが、俺だけが一方的に相手を知っているという状態の人間が今やこの世界に大勢いる。
そして、そうした人たちは、俺が≪ぼうけんのしょ≫をロードすることをあきらめてしまうその日まで、これからも増え続けていくのだ。
俺だけの中にしかない思い出がこれからも際限なく無駄に積み重なり、それを誰とも共有できない苦しみがどんどん大きくなっていく。
出会い、別れ。
997日間の限られた時間の中で、それを延々と繰り返し続けなければならないのだ。
もういっそのこと割り切って、楽に、気ままに生きてやろうと思っていた今回のロードだったが、結局また遅くとも914日経てば、すべてが無になってしまう。
アーレント一家のみんなとさらに仲良くなっても、ギャンブラーとしてさらに高みに至っても、そしてヴィレミーナが俺の気持ちを受け入れてくれるようになったとしてもすべてが無駄になってしまうのだ。
ロードするたびに何も起こらなかったに等しい状態に戻ってしまう人生。
「このままじゃ……駄目だ。それは、わかっているけど、どうしたら……」
気が付けば、すっかり日が暮れていた。
酒を飲む気分にもなれず、その日は大人しく組織にあてがわれているアジトの自室に戻った。
寝台に身体を投げ出すと、仰向けになり、呆然と天井を見つめる。
どれくらいの時間、そうしていただろう。
不意に気配と≪
「……物騒ね。鍵くらいしたらどうなの?」
訪れてきたのはヴィレミーナだった。
こんな夜更けに何の用なのだろう。
「ああ、ごめん。ちょっとボーとしてた」
「あなた、泣いているの?」
どうやら無意識に涙がこぼれていたようで、恥ずかしくなった俺は慌ててそれを手で拭う。
「みんなから聞いたわ。何でもあの後、凄腕の賭場荒らしを追い払ったそうね。ご苦労様」
ヴィレミーナが寝台に腰かけ、俺に微笑む。
ブルネットの艶のある髪から、嗅いだことのないような良い匂いがして、さきほどまでの
俺の目はヴィレミーナのヘーゼルの瞳に釘付けになり、もう彼女のこと以外に考えられなくなっていた。
ヴィレミーナはそのまま俺の方に美しい顔を近づけて、唇を重ねてきた。
やわらかく、官能的な感触だった。
「……私のこと、好きだって言ったわよね」
そうか。騒がしいオシムのせいでうやむやになってたけど、これって告白に対する返事だよな?
俺はそのままヴィレミーナを抱き寄せたが、彼女は抵抗しなかった。
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