第213話 ホコリを被ったあいつ
≪賭博の神≫ペイロンが去っていく背中を見送った俺は、ヤンの賭場に戻った。
俺よりも二回りは年上のヤンだが、始終、頭を下げっぱなしで、助っ人として彼の代理を担ったピエトも珍しく感謝の言葉を惜しまなかった。
「すごいっすよ。あの腕利きを座って一睨みしただけで追い払っちゃうんだから。またひとつ武勇伝を作っちゃいましたね!それで、逃げってたあいつはどうなりました? 今頃、川に浮いてたりします?」
オシムの物騒な質問を、俺はやんわりと苦笑して聞き流し、あの謎の博徒の勝ち分はそのまま回収していい旨をヤンに説明した。
ペイロンの正体については明かしてもどうせ信じてもらえないと思ったので、他国からの流れ者だということにした。
もう二度とこの辺の賭場には近づかないと約束させて、放してやったと伝えると、またしてもオシムが俺の腕っぷしを大げさに称えるようなことを言い、場を和ませていた。
「……じゃあ、あとは頼むよ」
盛り上がる皆に背を向けて、俺は一人、賭場を後にした。
すぐにオシムが追いすがって来たが、「少し、一人になりたいんだ」と俺はそれを許さなかった。
少しずつこの組織のメンバーたちとも気心が知れてきたような実感を感じ、仲間としての親しみも覚え始めてはきたが、それと同時に一緒にいるのが少しつらく思えるようになってきた。
みんな、見た目は怖いし、実際に粗暴なところもあるが情に厚く、気持ちのいい奴らだった。
社会のつまはじき者。
俺も含めてのことだが、真っ当な職につかず、決して
だが、それはこの異世界にあっては理由があることで、この
神の加護だとされる≪
しかも、「ゼーフェルト人こそ女神に選ばれた最も優れた血を持つ民である」という認識が根強く残るこの国にあって、外国人や混血に対して向けられる視線は、今なお、とても冷たいものがあるのだ。
この組織の構成員やそれに連なる者たちはこうした様々な事情を抱えている人間が多く、ボスのアーレント自身もまた魔王により滅ぼされた小国の出身らしい。
だから、こうした裏社会の顔として、確固たる地位を築くまでには相当の苦労があったと聞く。
組織同士の対立は今よりもずっと激しく、縄張りを巡って死人が出ることもそう珍しいことではなかったようなのだ。
アーレント一家の者たちと仲良くなって、彼らがまったくの他人ではないと感じられるようになるにつれて、俺の中の、ある恐怖が鎌首をもたげてくる。
世界の滅亡。
確実にやって来る終わり。
あと900日とちょっとで、あのヤンも、ピエトも、オシムも、カランも、そしてヴィレミーナも。
組織の他の仲間たちも、みんな、死んでしまう。
「違う。そうじゃないよな……」
死んでしまうのは今回のロードで知り合った彼らだけじゃない。
俺の目に映らないどこかで、マルフレーサやウォラ・ギネ、アレサンドラなどこれまで出会って、他人とは思えなくなってしまった人々も、そうじゃない人々も、滅亡の日にはみんな揃って死んでしまうわけだ。
俺はその現実から目を逸らし、できるだけそのことを考えないようにしていたのだが、ここで大事な人たちが増えるたびに、あの終末の恐怖がふいに記憶の底から這いあがって来るようになってきたのだ。
酒に溺れ、
俺は弱い。
そしてズルい人間だ。
自分だけが、世界の破滅を記憶したまま、やり直すことができる能力があるのに、それに立ち向かうことをあきらめて、
気が付くと俺は、冒険者ギルドおすすめの例の武具店にやってきていて、
長杖は、他の売れ残りの武器と一緒に乱雑に立てかけられていて、
俺は、その長杖に手を伸ばしかけたが、心が萎えてしまって、結局、それを断念してしまった。
「おい、兄ちゃん! また来たのか」
逆三角形ボディのマッチョ店主が声をかけてきた。
「あ、すいません」
「いや、ゆっくり見ていって構わないが、お前さん、いつもそこでそうやっているだろう? 気になってな。何か気になる品があれば、自由に手に取って見ていいんだぞ」
「ありがとうございます。……でも、また今度。もう一度ゆっくり考えてから、また来ます」
不審な客に思われてしまっただろうか。
気まずくなり、俺は逃げるように店を出てしまった。
あの長杖に、今の俺はふさわしくない。
多くの修羅場を一緒に潜り抜けてきたあの相棒に、このみじめで情けない姿は見られたくない。
俺は未練を断ち切るように店の前から駆けだした。
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