第212話 ギブ・ミー・ア・チャンス

ボォウ・ヤガーは、俺が立ち直るためのアイデアをいくつか与えてくれて、当座の生活費までも支援してくれた。


ボォウ・ヤガーは、ひとまず俺にニーベラントに戻って、一から再出発するように助言してきた。

勝手知ったるニーベラントなら潜伏もしやすいだろうし、人間たちの御用聞きなどをすれば、少々の魂稼ぎもできるだろうということだった。


ボォウ・ヤガーは、その神脈じんみゃくを使い、俺に対する強引な取り立てが行われないようにしてくれたばかりか、さらに膨らみ続ける違法な債務契約がひとまず無利子になるように動いてくれた。


俺はニーベラントに帰り、そこで何食わぬ顔でフリーの神様としての仕事し、おのれの神生じんせいを立て直すため、真面目に暮らし始めた。


だが、賭博神の性根というのはなかなか変わらないもの。


少し軍資金が溜まってしまうと、博打の虫がうずきだし、今度はモグリで非合法の賭場を探してはそこに足が向いてしまう。


一発逆転。


それを夢見てしまうのだ。


結局、なかなか調子の戻らない俺は敗北を重ね、また別の闇業者に頼ってしまうことになる。

気が付けば、再び多額の多重債務を抱えてしまった。


かつての賭博神としての腕前はどこへやら。

完全にスランプに陥ってしまっていた。


今度の闇業者たちは、さらに悪辣あくらつで、俺に対して逃亡抑止の≪監神かんしんの腕輪≫の着用を強制してきた。

ニーベラントからの脱走を禁じられ、しかも取り立ての度に酷い暴力を振るわれた。

精神的に追い詰め、一生、俺を食い物にする算段だったのだろう。

奴らは、返済を迫ることよりも、嫌がらせや俺を痛めつけることに一生懸命だったと思う。


「もう駄目だ。……死のう」


憧れのボォウ・ヤガーから、せっかくやり直すチャンスをもらったのに、それを生かせず、同じ過ちを繰り返してしまった。


死に方を考えながら、とぼとぼと王都の往来を歩いていると、再びボォウ・ヤガーと偶然出くわした。


何でも、この惑星の土地についての商談があり、その視察に訪れたのだとか。


ボォウ・ヤガーは、うつむく俺に何も尋ねず、「まあ、一杯やろう」と声をかけてきた。


その店はボォウ・ヤガーの部下の息がかかっている人間の酒場のようで、品が良く、しかも貸し切りだった。


久しぶりに飲む上等の酒は、全身に染み入る旨さで、ボォウ・ヤガーの優しさも加わってか、俺の涙腺を崩壊させてきた。


「ボォウ・ヤガーさん、俺……」


「何も言うな。全部わかってる」


「……すいません」


「なあ、ペイロン。誰しも過ちを犯すが、それを挽回するにはどうすればいいかわかるか?」


「……わかりません。もう……何も……。もういっそのこと消えてなくなりたい……」


「俺たちはギャンブラーだ。負けを取り返すには、賭けに勝つしかない。死ぬ覚悟があるなら、最後に一勝負。でっかい賭けに出たらどうだ?これまでの負けを全部吹き飛ばすような途方もない大勝利。それを手にするんだ!」


「……でも、俺が出入りできるのは小規模の鉄火場で、とてもそんな大勝負できないっすよ……。元手もないし、ノーチャンスです」


「そんなことはないだろう。お前、持ってるよな? ニーベラントの≪代表神印だいひょうしんいん≫」


「なぜ、それを!?」


ペイロンは慌てて席を立ち、誰もいない店内を見回した。


「落ち着けよ。言っただろう。お前のことは何でも知っていると」


ボォウ・ヤガーは、ペイロンの手首を掴み、再び席に着かせると意味深な笑みを浮かべた。


「いいか、その≪代表神印だいひょうしんいん≫は便利な代物だが、それを使うと書類に、印をついた者の神の気もそこに記録されてしまう。どの神がそれを使用したのか、あとで調べられる仕組みになっているんだ」


ボォウ・ヤガーは懐から一枚の紙を取り出し、それをペイロンに見せた。


その紙は、誓願紙せいがんしといって神々が契約などの約束事を記すのに使うもので、特殊な力と優れた再生能力を備えているものだった。

代表神印だいひょうしんいん≫を用いて、生きた人間からやむなく魂を回収しなければならなくなった時は、この誓願紙を用いた≪神言証文しんごんしょうもん≫を作成せねばならない。


ボォウ・ヤガーが見せたその紙は以前に、ペイロンが山間部の集落八十人分の魂を己がものにするために作成した時の≪神言証文≫だった。


「ど、どうして、それを……」


ペイロンは、周りが真っ暗闇になってしまったような気分になり、思わず唖然としてしまった。

その≪神言証文≫は作成後、使用してすぐに焼却し、その灰もとある山の地下深くに埋めておいたはずだった。


「どうやって、見つけ出したんだ!」


「ふふっ、落ち着けよ。これは原本じゃない。写しさ」


ボォウ・ヤガーによると、≪代表神印だいひょうしんいん≫には悪用を防ぐための機能が備わっており、それを使って作成された証文が使用された都度、その写しが全宇宙を取り仕切る銀河連盟の神々に転送されることになっているそうだった。

そうやって、人間の魂の保護と管理を徹底しているらしい。


おのれの意思によらない魂の生前贈与ならびに証文を交わさない生贄行為等の禁止。

ほかにも殺害による魂の強奪など、神々の間には銀河連盟が設けた様々な禁則行為がある。

それに違反した神は、邪神アウトローとみなされ、その罪の重さに応じた罰を受けることになる。


「し、知らなかった……」


ボォウ・ヤガーの影響力は、その銀河連盟の末端にも及んでおり、彼が送り込んだ部下はこうした監視体制のための組織などの一員になっているのだそうだ。


この写しは、そうした部下の一人から入手したものであるらしい。


「この写しを部下に見せられた時は、さすがに驚いたよ。まさか、このご時世に≪代表神印だいひょうしんいん≫を堂々と悪用する輩が現れるとは……。しかもそれが、俺のカジノの上客のなかにいたなんてな。愉快すぎて、笑いが止まらなかったよ」


「ボォウ・ヤガーさん……」


「なあ、ペイロン。男になろうぜ。このまま、負けっぱなしでもいいのか? そんな、犬の首輪のようなバングル嵌められて、言いなりの人生。おまえ、このままでいいのか?」


なんで、こんなことになってしまったんだろう。


ああ、リーザ。

俺を助けてくれ。

そして、もう一度やり直そう。

何でもする。

もう二度と失望させたりしない。


「おい! 人の話を聞いてるのか」


「すいません……」


「いいか、お前が神生じんせいを一発逆転で成功させるには、もう一つしか道はない。それは≪代表神印だいひょうしんいん≫を使って、大量の魂を手にし、それを元手に大勝負することだ」


「でも、さっきの説明だと、≪代表神印だいひょうしんいん≫の不正使用がばれて、俺……捕まっちゃうんじゃ……」


「だ、か、ら、頭を使うんじゃないか。その頭は何のためについてるんだ。使うためにある。そうだろう? 」


「は、はい」


「いい子だ。教えてやる。いいか、お前がやった風に、≪代表神印だいひょうしんいん≫を使って、直接、即回収してしまったら、そりゃ当然ヤバいことになる」


「……ですよね」


「だから、あくまでも第三者への権利譲渡の形をとるんだ」


「はあ……権利譲渡ですか?」


「そうだ。譲渡後、あくまでも仮の差し押さえだけしておいて、執行はしない。そうすれば魂を譲渡された人間も死なずに済むだろう。銀河連盟に転送された証文の写しは俺の部下が回収するから、現世で何も変化が無ければ、この時点で勘付く奴もそうはいまい」


「なるほど、表面上は何も起こっていないように見えますね」


「そうだ。ようやく呑み込めてきたな。やはり優秀な男だよ、君は」


ボォウ・ヤガーはペイロンの肩を叩き、大きな笑みを浮かべる。


「ここからが肝心だ。まずは、私の古くからの友人に、ペイロン、お前からの権利譲渡を行う。ニーベラント人の魂の所有権利者の名義を友人のものに変更するんだ。名義を私にしてしまうと万が一の際に、すべてが露見してしまうから、捜査かく乱のためのダミーを使う。その友人は銀河連邦でもそうやすやすと手出しできない大物だ。お前からその友人に仮の権利譲渡が為されたら、私がお前に取引と同等量の魂魄を貸し出す」


「貸し出す……」


「そうだ。だが、貸すと言っても無利子だから、そこは心配するな。私にもリスクがあるんだ。そういう形式にしないと、上手くいかなくなった場合、私の一人負けになってしまうだろ?」


「そ、そうですね。なんとなくわかった気がします」


「そう、それでいい。シンプルに考えよう。それで、私から受け取った大量の魂魄を使って、まずは債務を全部弁済しよう。この手続きも全部私がやってやる。お前の借入先は全部調べさせてわかっているし、その連中には少々、私は顔が利くんだ」


「何から何まで、本当にすいません。このご恩をどうやって返したらいいか」


「気にするなと言ったろ。そして泣くな。まずは黙って私の説明を聞くんだ。そして、どこまで話したんだったかな……。そうだ。それで、まずは賭場への入場資格を復活させて、あの≪レ・デルニエ・エスポワ≫に乗り込むんだ」


「えっ、≪レ・デルニエ・エスポワ≫ですか? 信じられない。そこは最高のギャンブラーとVIPしか利用できない銀河最高峰の高レートカジノですよね」


「そうだ。そこでお前は一世一代の大勝負をするんだ。元手は債務返済と同様の方法を取る。ニーベラントの総人口を考えると、お前の債務を整理するのに約800万人分の魂が必要だから、元手として使える残りは2300万人分くらいだ。それを使って、手堅く勝ちを重ねていって、債務分800万と友人への謝礼100万。その合計額の900万人分勝てたら、ひとまずそれを友人に渡し、それと引き換えにお前が行った権利譲渡を無効にしてもらう。そうしたら、どうなる?」


「≪代表神印だいひょうしんいん≫を不正使用した事実が無くなる……」


「正解だ。執行が為されないから、ニーベラントでは誰も死なない。平穏な日常のままさ。もし、返済額よりも大きく勝ったときはお前の取り分にするがいい。それで神生じんせいを立て直すんだ」


「でも、それじゃあ、ボォウ・ヤガーさんには何の得もない」


「いいんだ。夢を追う若者を応援するのが、今の私の生き甲斐だと言っただろう?」


「ボォウ・ヤガーさん……」


こうして、俺は再び、すべてをやり直すチャンスを得た。


選ばれし者の中のほんの一握り、VIP中のVIPのみが足を踏み入れることができるという伝説のカジノ≪レ・デルニエ・エスポワ≫。


俺は、そこで大勝し、賭博界のスターダムに一気にのし上がってやる。


勝つ!勝つ!俺は、勝つ!

負けた時のことなんかは知るもんか。

今は勝つことだけを考える。


リーザも、ターニヤも泣いてひれ伏し、復縁を求めてくるような超大物――カジノ王に、俺はなる!



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