第208話 魔雀とツキの波

「ポー!」


「ポーじゃないわ。チーよ。それにさっき、ポンのことチンって言ってたわ」


「そうだっけ?」


「そうだっけじゃないわ。チーとポンが、貴方の頭の中でこんがらがってチンとポーになってるのよ。いったん整理して……何をニヤニヤしてるの?」


「いや、なんでもない」


「そんなことで、大丈夫なの? ゼーリック一家との勝負はもう今夜なのよ」


「大丈夫でしょ。まだ時間あるし、今からルールブック読めば何とかなるよ」


「……あきれたわ。あなた、まだ読んでなかったの?」


ヴィレミーナはがっくり肩を落として、ため息をついた。

その表情はとても落胆した様子で、そうした顔もまた魅力的だった。


目鼻立ちがはっきりした美貌で、扇情的な唇に思わず目が行ってしまう。



アーレント一家の食客しょっかくとなった俺は、すっかり渡世人ぶりが板について来て、この王都にある裏組織同士が慣習的に行っている賭け事の代打ちのような役割を任されるようになっていた。

その他にも、縄張り内の賭場荒しの賭けの相手をしたり、時には用心棒の真似事のようなことも頼まれることがあった。


ギャンブルについては相変わらず連戦連勝で、いつしか周囲の者たちは俺のことを「天運のユウヤ」と呼ぶようになっていた。


ヴィレミーナは、高齢のアーレントの代わりに組織を仕切る仕事をしながら、同時に博徒としては知識不足の俺を補う教育係のようなこともしている。


今、教わっているのは「魔雀まじゃん」と呼ばれる賭け事についてだ。


魔雀は、博徒たちから信奉されている≪賭博の神≫ペイロンが、かつてこの世界に伝えたとされるもので、俺がもとにいた世界にあった麻雀と同じような道具を使って行う。


俺は麻雀をやったこともないし、ルールもわからないが、なんとなく正方形の卓を、大の大人四人が囲んで座り、模様の入ったたくさんのブロックをじゃらじゃらやっている光景ぐらいは頭に浮かぶので、この世界の「魔雀」が似たようなことをするものだということは見て取れた。


点数計算や役などを覚える困難さとそれに使う道具の普及率の低さから、魔雀はこの異世界の庶民には浸透せず、一部貴族の間でたしなまれる娯楽として、今に残っているのみだが、裏社会ではこれを使って組織間の交流を兼ねたギャンブルをしているらしい。


この裏組織同士で行われる魔雀は、もともとは親分同士が行うものだったが、いつしか代役が認められるようになり、それぞれが抱える最高の博徒同士による競い合いへと変化していったようだ。


莫大な資金が動くほか、各組織の面子もかかっているために、その代役を務めるものは命がけだ。

実際に、代打ちをした者が失態を晒したことを咎められ、殺されたり、不具者にされたりすることもあったらしい。



夜が来て、数人の護衛を引き連れて、相手組織の指定した場所に向かった俺たちはさっそくその魔雀に興じることになった。


卓を囲むのは四人。

それぞれの組織から二人ずつ席を埋め、基本的にはコンビ打ちのようになるようだ。


組むのは、俺が来る前には組織ナンバーワンの博徒だったピエトという眼光鋭い男だ。

あんまり俺は好かれていないのか、まだほとんど口をきいてもらっていない。


「ヴィレミーナ、お前のオヤジさんは元気か?」


卓に着くなり、正面に座っていた男が、俺の真後ろに立つヴィレミーナに話しかけてきた。

この男は今日の対戦相手。王都の東を縄張りにする ゼーリック一家のボス本人らしい。

派手な服を着て、葉巻のような物を吸い、どっしりと椅子に腰かけている様子がいかにもという感じだ。


「オヤジ? 旦那じゃないの?」と一瞬思ったが、ドラマでも組長のことオヤジっていうし、そういう意味なんだろう。


「元気よ。そんなことより、こちらが頼んでいた特別ルールの件はどうなのかしら?」


「ああ、今日の代打ちがルールあやふやだから、それが書かれた紙を見ながらでいいかという話だな?」


「ええ。それと役もちゃんと覚えてないらしいから、補助として私が付き添いたいのだけどそれも認めて欲しいの」


「……大丈夫なのか? それなら最初からお前が卓に着いた方がいいんじゃねえのか。お前もそれなりの打ち手だろう?……まあ、良い。今後の打ち手の育成という事なんだろうからな。こっちとして、そんなずぶの素人相手で稼がせてもらえるわけだし、いいぜ。立ち合い人のボイ親分もそれでいいよな?」


卓から少し離れた所に座っている偉そうなおっさんにゼーリックが声をかけた。


ヴィレミーナに聞くと、ギャンブルの公平性と確実性の担保のため、こうした場は第三者の別の組織のボスが仕切る習わしであるらしい。


卓返しや力尽くの結果反故を防ぐ目的らしい。


「ゼーリック親分が良ければ、それでいいだろう。ただし、ヴィレミーナ。お前が会話を許されるのは、そのユウヤという者だけだ。下家しもちゃとのやり取りは禁じる。パイを触るのも駄目だ」


「それでいいわ。ありがとう」



こうして、俺にとって初めての魔雀が始まったのだが、このギャンブルは伝説の一夜として、後に博徒たちの間の語り草となる。


卓は中央に四角い穴が空いたW式魔雀卓というものらしい。

この穴の中にパイをすべて落とし込み、それを布で覆ったうえで、その中に手を入れて自摸ツモをする。

指で模様を探ったりできないように利き手には革袋をつけ、イカサマの防止をするのだが、この形式が裏社会ではスタンダードなものらしい。


賽子を振り、俺の親番で東一局とんいっきょくがスタートした。


そして、この勝負はこの東一局のまま終わりを迎えることになる。


「……この勝負は、この辺で勘弁してくれ。うちの縄張りしまの三月分のアガリが全部吹き飛んじまった。……降参だ」


がっくりと項垂れるゼーリック親分が頭を下げると、ヴィレミーナは相手の面子を立てたのか、それで手打ちにした。


一体何が起こったのかと言うと、それは俺が親番のままの二十一連荘レンチャンだ。

しかも、半分以上が役満ヤクマンと呼ばれる高い手ばかりであったらしい。

俺とゼーリック親分のサシウマ。トビなしの上、ハコ下精算ありのルールだったため、負けがどんどん累積していってしまった。


俺の傍らの台には大量の銀貨と金貨が積みあがっていき、ゼーリック親分の持参金が尽きたところでギブアップとなったわけだ。


「博打っていうものは≪うんのよさ≫だけで決まるわけじゃねえ……。仮に相手の数値が倍あったって、その日のツキの巡りで勝てることもある。特に、魔雀は頭脳の戦い。≪うんのよさ≫の差がもっとも出にくい博打だと言われている。それなのに、こんな結果になるなんて……。俺は長いこと、この稼業をしてるが、こんな異常な対局は初めてだ。お前は、一体……何者なんだ? 賭博の神ペイロンの申し子だとでもいうしかねえ……」


魂が抜けたような顔で、ゼーリック親分が俺の顔を見つめている。

ヴィレミーナも気が抜けて警戒心が薄れたのか、たいして親しくなってない俺の肩に両手を置き、呆然としている。

頭の後ろに柔らかいものが当たっているが、しばらく黙っておこう。



≪うんのよさ≫の差だけで勝敗は決まらないというのは俺も同意だ。

他の賭け事でもたまに負けることがあるし、こんな圧倒的な勝ち方は俺も記憶にない。


今夜は俺のツキの波が最高潮だったのだろう。



ちなみに、無理矢理開示させたオシムの≪うんのよさ≫は6、アレサンドラは10くらいで、イチロウや亀倉もそれよりちょっと高いぐらいだったか……。

俺の75と比べると、他の人の数値はあまり高くないみたいだけど、このゼーリック親分はどのくらいの数値なのだろうか。


俺以外の人は、レベルアップではあまり≪うんのよさ≫は上がらないのかな?

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