第207話 ギャングスター
さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
この辺りの
アーレントという奴の指示なのか、カランたちはオシムの身柄は押さえつつも、俺には指一本触れてこようとせず、距離を保ち、警戒の眼差しを向け続けているのみだ。
それを目撃した通行人たちは、「あいつら、何かやらかしやがったんだぜ」とひそひそ話をし、カランたちがそちらを睨むとそそくさとその場から逃げるようにいなくなった。
オシムを助けて、この包囲を脱することは
それにしても、俺の頭の中はいったいどうなってしまったんだろうか。
カランたちの風貌を見るに、元の世界で言うところのヤのつく商売やギャングのような類の男たちであることは明らかである。
そんな連中について行ったって、
既定路線、定められた運命と破滅、そして無為無能なこの俺自身。
そうしたものを全部吹き飛ばしてくれるような、途方もない大事件をどこか常に待ち望んでしまっているのだ。
「着いたぞ。ここだ」
カランが案内してくれたのは古いが頑丈そうな印象のある石造りのわりと大きな建物だった。
その建造物の外観は殺風景で、看板などもかかっておらず、一見すると何のための建物かわからない感じだった。
歓楽街の裏路地にある廃ビルを思わせる寂れ具合と得体の知れなさに、オシムの顔が青ざめ、引きつっている。
「ユウヤさん、これ絶対、ヤバいっすよ。俺たち殺されちゃいますよ」
奮える小さな声でそう話しかけてきたオシムを無視して、俺はその建物に足を踏み入れた。
建物の中は、意外なことに、この辺りではかなり程度が良い飲食店や酒場のような雰囲気の内装であり、バーカウンターや大人数で座れるテーブルや椅子が多く配置されていた。
これで客がいたなら、普通に隠れ家的なおしゃれなお店だ。
だが、建物の中にいたのは、見るからに堅気ではない風貌の者たちが多く、その漂わせている気配もカラン同様に堅気の者ではないといった感じだった。
なるほど、元の世界で言うところの組事務所みたいな場所なのかな?
彼らの多くは隅の方の席に座ったり、壁にもたれかかるようにして立っていて、その注目はすべて俺に注がれていた。
武装しており、どう見ても客という感じではない。
冒険者とも違う、どこか独特の雰囲気をその身に纏っていた。
「キョロキョロするな。まっすぐ歩け」
俺のすぐあとに、オシムの首根っこを捕まえたカランが入って来た。
彼の部下の三下たちは、外で待機らしい。
「ユウヤ、ボスはこの奥だ。ついて来てくれ」
オシムに対する態度とは異なり、落ち着いた様子で俺を部屋の奥の扉の方へと案内した。
「例の、ユウヤという者を連れてきました」
カランがそう声をかけると、彫刻で装飾が施された上品な感じの木製扉が開いた。
開けてくれたのは若い女だ。
ブルネットの長い髪に、危険な魅力を湛えた色素の濃い瞳が印象的な美女だ。
豊かな胸元が大きく開いた真っ赤なドレスを着ており、俺のことをまるで品定めでもするような視線を這わせてくる。
俺はその女にしばらくの間、見惚れていたが、カランの
部屋の奥で俺を待ち構えていたのは、とてもあのならず者たちのボスであるとは思えないような老人だった。
薄くなった白髪頭に、皺だらけの顔。
身体はひどく痩せているばかりか、指などの関節は変形し、少し小刻みに震えていた。
高価そうなガウンを着て、豪奢な装飾の安楽椅子のようなものに深く腰を下ろしているが、外見からは貫録のようなものは感じられない。
ただ、その目だけがひどく無機質で、得体の知れない妙な迫力のようなものを宿しているように思えた。
「こちらが、我らのボス、アーレント様だ。ユウヤ、挨拶を……」
「あいさつなどはせずともよい……」
カランの言葉を遮ったのは、低く、弱々しい声だった。
「ユウヤとやら、お前、その若さで、相当の博徒であるそうだな。うちの縄張りの賭場を荒しまわり、かなりの損失を我らに与えたと聞いている」
「いや、普通にビギナーズラックだから。ギャンブルするようになったのも最近だし。損失がどうこうというのは申し訳ないと思うけど、賭け事だからね。恨みっこなしでしょ」
「ふふ、度胸がある若者だ。この私を前にしてそのような口を利く者など、久しく現れなかったが、面白い。ユウヤよ、お前はいったい、何が望みだ? なぜ、我らの組織に敵対するような真似をした?」
「いや、だから、誤解なんだって。誰の縄張りとか知らなかったし、損害を与えようとかそういう意図はなかった。博打って、やってるときは夢中になれて、嫌なこととか全部忘れられるじゃない。勝てば、遊ぶ金も手に入るし、……そうだ! 勝った金全部、あの辺の店でばらまいたから、たぶんそれで回収とかできてるんでしょ? 」
「確かにな。そういう報告は受けている。まるで明日がもう訪れないとでもいうような破滅的なほどに荒い金遣いだそうだな。だが、問題はお前が得た金のことだけではない。お前の存在が賭場の秩序を乱してしまうというところにある。お前の名と存在は、いまやこの界隈では知られたものとなりつつあり、その勝ち馬に乗ろうとする客が増え始めたのだ。お前がかけた先に皆が便乗し、賭け金を得ようとしたならば、賭場の金はすぐに干上がってしまうし、賭けそのものが成立しなくなる。賭け事の不確実さが生み出す興奮と熱狂をお前という存在が奪ってしまっているのだ」
そういえば、
「……それで、俺にどうしろっていうわけ? 人質を取るようなやり方で、わざわざこんな場所まで連れてきてさ。客として来てほしくないなら、出入り禁止にでもすればよかったじゃない」
「普通の、賭け事に強いだけの輩であれば、とっくにそうしている。腕の一本でも折ってやれば、出入りを禁じなくても向こうからその賭場には近寄らなくなるからな。だが、お前はそうではないから
ここ最近は、そうした連中に絡まれることがしょっちゅうだったから、どの話をしているのかもわからない。
夜はたいていいつも酔っぱらっていたし、その勢いで売られた喧嘩は全部買っていた。
酒に酔うと気が大きくなって、逃げたりするのもおっくうになるから、適当に懲らしめれば、襲って来なくなるだろうと思っていたのだが……。
「なあ、ユウヤよ。これは双方にとって良い解決法であると思うのだが、おぬし、客の側を卒業する気はないか? 私の組織でお前の面倒を見させてくれ。どんな生い立ちをすればそうなるのかはわからないが、その若さで、そんな自暴自棄なその日暮らしを無駄に送るにはもったいない才能だ。賭け事が好きなら、存分にやるがいい。この裏社会で、自分がどこまで通用するのか、もっと大きな博打をうてるように私がセッティングしてやる。そこいらの小さな賭場では味わえぬ。最高の興奮を味わえるぞ」
「えっ、それって俺に組織に入れってこと?」
「無理強いはせん。構成員になるのが嫌なら、
価値があるなんて、面と向かって言われると悪い気はしない。
以前に、ハーフェン領主の食客になっていた時期もあるし、あの時はわりと良い待遇だったよな……。
「うーん、どうしようかな。どうせ暇だし、考えてみてもいいよ。でも、気に入らなかったら、直ぐに出ていくけどね」
「……それでいい。穏便に解決が図れて、私も満足だ」
「あのさ、ところで、あの扉の所に立っている、綺麗な人、誰?」
「気になるのか? ……あれはヴィレミーナ、私の妻だ。歳は離れているが、夫婦仲は良い。よもや、手を出そうなどという命知らずなことはせんと思うが、……気を付けることだ」
手招きされた ヴィレミーナは、アーレントのかたわらにやってくるとそっと寄り添い、俺の目をじっと見つめてきた。
アーレントはその皺だらけの手で、ヴィレミーナの手の甲を撫でている。
すごいな。
裏社会の実力者になると、あんな爺さんになっても、こんなに若くて美人の奥さんもらえるんだ……。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
あなた方の息子は今、異世界で、裏社会のギャングスターになりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます