第206話 異世界放蕩者
何の目的も
学生服でその辺を歩いているととにかく周囲の視線を集めてしまうし、何より不要なトラブルを呼び込んでしまう。
今回は、俺の相棒ともいえるザイツ樫の
実は長杖を購入しようと最初に例の店を訪れたのだが、いざそれを目の当たりにすると暗鬱な気分になってしまい、伸ばしかけた手を戻してしまった。
あんな途方もない存在たちを前にして、長杖が何の役に立つというんだ。
戦う意味などない。
どうせ、千日足らずでこの世界は滅びてしまうのだから。
そう考えて、自分が気に入った服装などにお金をかけることにしたのだ。
冒険者になるのも今回はやめた。
真面目にあくせく働いて、お金を稼いでもどうせ全部無駄になってしまう。
地位や名声、そういったものもまったく無価値だし、もうこの際、好きなことだけやって、楽に生きてみよう。
そのように考えてはみたものの、もともとがこれといった趣味もなかった俺である。
世界を救うという目標を失った今、何をしたらいいかさっぱり思い浮かばなかった。
糸が切れた凧のようにふらりふらりとその日暮らし。
夜の歓楽街に入り浸り、日中はほとんど日が高くなるまで寝てるなど乱れた生活を送るようになっていた。
酒、女、賭博。
そういった刹那的ともいえるものにのめり込んで、あの終末の凄惨な体験を忘れ、危機から目を逸らそうとしていたのだ。
そして気が付くと二月ほどが経ち、早くも俺は夜の街と裏社会で少しは知られた顔になっていた。
「ユウヤさん、待ってくださいよ! 置いていくなんてひどいじゃないっすか」
息を切らして追いかけてきたのは、オシムという俺よりも少し年上の二十歳前後くらいの若い男だった。
賭場でイカサマをされているのに気が付かず、身ぐるみ剝がされそうになっていたところを助けたのだが、こうして懐いて付きまとってくるようになってしまった。
聞けば付近の豪農の三男坊で、土いじりに嫌気がさし、一旗揚げようとこの王都にやって来たばかりであるらしい。
どれだけ全速力で走って来たのだろう。
オシムは両ひざに手をかけ、
顔は汗びっしょりだし、荒い息のまま、動けないでいる。
普通の人間をはるかに凌駕する≪すばやさ≫、≪きようさ≫、≪うんのよさ≫などの能力値を持つ俺にとっては、この王都の賭場で行われているようなダイスや
この動体視力をもってすれば、たいていのイカサマを見抜くことは容易いし、何より相手に気が付かれない速度で、札のすり替えを行ったり、振り
そして、そうした小細工をしなくても、今の俺はやけにツイていた。
確実な勝利に飽きて、運頼みの勝負をしても、まずほとんど負けることが無かった。
決まり切った未来に目を塞ぎ、ほんの一縷の望みと偶然にすべてを賭ける。
いつしか俺はギャンブルの持つスリルと興奮に魅せられるようになっていた。
好きな酒をたらふく喰らい、その夜出会った行き摺りの女を抱く。
そして、
一晩で大金を稼ぎ、それをほとんどその日のうちに使ってしまうような豪遊をする。
そんな俺の姿に、オシムはすっかり憧れてしまっているようだった。
年下の俺をさん付けで呼び、カバン持ちのようなことをしようとすり寄って来る。
「あのさ、俺みたいな奴に関わってるとろくなことが無いよ」
「そんなことないっすよ。ユウヤさんのおかげで、オレ、破滅しないで済みましたし、それにこないだも分け前貰っちゃって。この恩を返すまでは、ユウヤさんから離れるつもりはないっすよ。何でもやります。そばにおいてください。この通りっす!」
オシムは人の目も気にせず、その場で土下座し始めた。
「あれは分け前じゃなくて、手切れ金。もうついてこないでくれっていったじゃん」
呆れて、オシムを置いたまま去ろうとする俺を、見知らぬ男たちが取り囲んだ。
皆、ガタイの良い屈強なお兄さんたちだ。
「ヒエ~」
男たちのあまりの剣幕に、オシムが悲鳴を上げ、腰を抜かす。
「おい、お前。最近、この界隈で相当な無茶をしているっていう若い衆だな。名前はユウヤ。間違いないな?」
「……そうだけど、あんた、誰? 俺に何の用なのかな」
「俺はカラン。この辺り一帯を仕切ってるアーレント様の組織の者だ。少し話がある。ついて来てもらおう」
「嫌だって言ったら?」
「もちろん、力尽くでも言う通りにしてもらう。こちらも命令で来てるんだ。手段は選ばない」
カランはそう言うと、手下たちに合図し、腰を抜かして地面に座り込んでしまっているオシムを無理矢理立たせて、羽交い絞めにした。
「おい、こいつ、ションベンちびっちまってるぜ」
立たせた部下が仲間たちにそうあげつらうと笑いが巻き起こった。
もう日も暮れて、酔客や通行人も多くいる時間帯なのだが、不穏な空気を感じてか、いつのまにか
「悪いけど、そいつ、他人だから、人質の価値はないよ。怯えてるみたいだし、離してやれよ」
「価値があるか、無いかは俺が決める。お前が言う通りにすれば、俺たちは手荒な真似はするつもりはない。何より、お前は相当に腕も立つという話だからな。俺の手下どもも散々にやられたらしいし、それにこんな往来で騒ぎを起こして、無駄に衛兵どもに目を付けられたくはない」
カランというこの男。
相当に修羅場をくぐっているらしく、その態度は堂々として、落ち着いている。
いくつもある顔の向こう傷が何とも迫力あるが、その目は静かで理性的であるように思われた。
周囲を取り囲んでいるのは、カランを含めてもたった十人ほど。
全員を倒して、オシムを救い出すのは容易なことであったが、俺は少しこの展開に興味が湧いてきていた。
このままついて行ったら、どうなってしまうのだろう。
どこか退屈で、放蕩暮らしにもすこし刺激が欲しくなってきたところだ。
このまま奴らの誘いに乗ってみよう。
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