第八章 異世界放蕩者

第205話 折れた心

究極の痛苦つうくに見舞われた時、人は沈黙してしまうらしい。


全細胞ひとつひとつが発火するような激しい肉体の痛みと、内臓すべてが激しく痙攣するような感覚に襲われて、俺は息を吐きだすことすらできなかった。


永遠にすら感じられるその地獄のような苦しみの時間をひたすらに耐え、顔を上げると、そこには珍しく心配そうな記帳所セーブポイントの妖精の爺さんがすぐそばで立っていた。


「やあ……。今回は言わないの? 『おお、ユウヤよ!死んでしまうとは情けない!』って」


「言ったぞ。おぬしがただ、聞いておらなかっただけだろう」


「そっか……」


「だが、仕方あるまい。それほどの凄まじい死に方であったのだ。一瞬で、細胞全てを焼き尽くされた。復活した肉体に刻まれた今回の痛みの記憶は、何度も様々な形の死を体験したおぬしでなければ精神が壊れてしまっていたやもしれぬ……」


「そうだね。今回ばかりは本当に駄目かと思った。それに……」


「それに、何だ?」


「なんかぽっきり……心が折れちゃった」


「そうか、それも仕方あるまい。吾輩からは何も言えぬ」


「世界を破滅から救おうと頑張ってみたけど、俺には無理だった。いや、俺だけじゃない。たぶん、この異世界にいる色んな神様たちも、あの大きな存在に立ち向かい、そして抗いきれなかったんだと思う。あの禍々しい光の正体はわからなかったけど、もうひとつ、とんでもない力を持った化け物が現れて、そのふたつの争いに俺は巻き込まれた形で死んだと思うんだけど、実際にの当たりにしてみて、肌でわかった。これはもう、詰んでるってね……」


もう体はすっかり元通りになったと思うんだけど、立ち上がる元気が湧いてこない。

腰が抜けたようになってしまって、いつまでもこうして座っていたい気分だ。


「では、どうする?≪ぼうけんのしょ≫をロードせずに、滅びを受け入れれば、このまま無に帰ることもできるぞ。吾輩のマニュアルに書いてあるゲームオーバーというやつだ」


「うーん。でも別に、もう死んでしまいたいって感じでもないんだよね。少し休んで、いったん頭の中を整理したいっていうか……」


「なるほどな。やる気はなくなったけど、死にたくはない。そういうことだな。では、さっさとロードする≪ぼうけんのしょ≫を選べ。吾輩はおぬしと違ってやる気に満ちておる」


妖精の爺さんはそう言って、いつの間にか置かれていたぶら下がり健康器具を指さした。


どうやら懸垂一回を達成するのが今の目標であるらしい。




俺はとりあえず≪ぼうけんのしょ3≫の「はじまり、そして追放」をロードすることにした。


一番の「浮気がばれて、フェナに泣かれる」だとまたすぐに世界の破滅がやって来て、またあの思い出したくもない悲惨な死を再び体験することになってしまう。


あんな苦しい思いはもうゴメンだ。

残念だけど、完全に死にデータになってしまったと思う。


二番の「ヒモ野郎、彼女に寄生する」はちょっと迷った。

あの世話焼き女房みたいな感のあるアレサンドラとの甘い日々を思い出して、また癒されたい誘惑にかられそうになったのだ。


だが、世界の滅亡までの日数が最長で997日ほどしかないことを考えると、一日でも長くあの苦しみから遠ざかりたい気持ちで、今はいっぱいだった。




「はじまり、そして追放」をロードし、俺は再び城門前の追放シーンに戻って来た。


兵士たちに抗う元気もなく、そのままずるずると運ばれて、城の前の往来に放り出された。


そして俺は何も言わずのろのろと立ち上がると、嘲笑う通行人たちのことも気にせず、その場を去った。


ああ、そうだ。思い出した。


はじめてこの異世界に飛ばされてきた時――。


あの時も俺、絶望してたな。


スマホもカバンごと消えてたし、ここがどこなのかもまったくわからなくて、「ああ、詰んだわ」とか呟いていた気がする。


結局、あの頃から何も進展してなかった気がする。

物語で言ったら、また振り出しに戻されて何も起こっていないも同然だ。


一度は、何かができるんじゃないかと希望を持ったセーブポインターという≪職業クラス≫は、およそ三年足らずで滅亡する世界で、ただただループし続けることができるというだけの代物だった。


バッドエンドが待っていることが確定の無意味な人生。


俺は、この先、どう生きていけばいいのだろうか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る