第204話 赤と黒

初めて世界の滅亡を迎えた時は、俺は聖地ホウマンザンの洞窟の中にいたから、外の様子を見たのは少し時間が経ってからだ。


その時、空はこんな風に真っ黒ではなくて、赤と黒が入り混じったような不思議な色合いをしていた。

不規則に謎の光が飛び交いつつも、明滅を繰り返し、今のような穏やかな感じではなかった。


先ほどまでその空に浮かんでいた文字のような模様はもう消えて、もう黒一色だ。


俺が体験した世界の滅亡とは違う?

時期もずれているし、前ほど酷いことにはならない可能性もゼロではないよな。


そう思いたい自分の願望を足元に横たわるウォラ・ギネの亡骸が否定してくる。



ふと気が付くと黒一面の空に、昨夜見た三日月と同じくらいの大きさの十字架のような形の光が浮かんでいて、よく見るとそれはちょうど人間が立って両腕を水平にしたときのような人型であるようにも見えた。

禍々しく、見ていると自然と体の奥から震えが来るようなそんな黒みがかった怪しい光だった。


それに気が付いたのも束の間、地上のあちこちから大小様々な色の光がその最初に見つけた十字型の光のもとに集まって来た。


不覚にもその幻想的な光景に目を奪われ、息をするのも忘れてしまっていたのだが、集まってきた光がその最初に発見したひと際大きな昏い光に向かって、衝突し始めると、その都度、地上にはとんでもない衝撃波が降り注いできた。


ジブ・ニグゥラの力を借りたイチロウが放った理・満・蝕・余・波リーマンショック・ウェーブなど比較にもならないほどの広範で、しかもそれとは性質の違う物理的な空気の振動だ。


大気が揺れ、その余波が地上の構造物を瞬く間に瓦礫の山に変えてゆく。


十字架の形をしていた光はもはや一所ひとところには留まっておらず、肉眼で捉えきれない速度で激しく移動していた。


この地上から見上げていると、それはまるで、先ほど集まって来た他の光たちと衝突を繰り返しているように見え、そこでようやくあることに気が付いた。


あの光たちには、気配のようなものがある。

人間のものとはまったく異なるが、先ほどのジブ・ニグゥラやターニヤなどこれまで出会ってきた神々と共通するような、気配とでも表現するしかないそんなものが不思議と俺には感じられた。


様々な色に輝く光のようなものは、おそらくカルバランがこの世の滅亡を回避すべくお願いしていた神様たちかもしれない。


だがそうであるならば、それと対峙しているあの不吉な感じのする大きな光は何だ?


空が、俺の記憶にあったような終末の日の様相を呈し始めた。


光たちはどんどん加速して、もはやその位置がどこにあるのかわからなくなり、ついには光の明滅しか確認することができなくなった。


その間も地上には凄まじい衝撃波が何度も浴びせかけられ、時折、巨大な炎や氷の塊が降り注いできた。


俺は、ウォラ・ギネの亡骸を抱きかかえ、建物のがれきの陰に身を隠そうとしたが、そうした安全と思われる場所も瞬く間に破壊されていき、直ぐに行き場を失ってしまう。


「もう駄目だ。こんなの人間の力でどうこうできるわけがない。無理だよ……」


それでも俺は、なんとか避難場所を探そうと思ったが、不意に落ちてきたエネルギーの塊によって、どこかに吹き飛ばされてしまう。


直撃はしなかったため、瀕死は免れたが顔などの露出していた部分の皮膚は焼けただれ、全身の骨があちこち折れたようだった。


もう、ロードして記帳所セーブポイントの部屋に逃げ込もう。


そんな考えが何度も過ったが、それでも何か、世界の破滅の回避につながるような新たな事実があるかもしれないという微かな希望を抱くことで自分を奮い立たせようとした。


この状況で、辛うじて生きていられるのは、たぶん俺しかいないんだ。


俺がやるしかない。


死が訪れるギリギリまで生きて、その情報をもとに活路を見出す。


俺は≪回復ヒール≫を使って、全身の傷を癒そうとするが、ウォラ・ギネが受けた刀傷同様に治りが悪い。


それでも何とか動くことはできそうだったので、新たな物陰を見つけてそこの瓦礫の積み重なった部分に寄りかかった。


肺を痛めたのか、呼吸がしにくい。


空をあらためて眺めると、先ほどより明滅の間隔が長くなった。


天変地異も少し治まったように感じられるが、これはどう理解したらいいんだろう?


「うわぁあああああ!」


突然、今度は地面が一気に隆起しだした。


これは、前の時には見られなかった現象で、完全に不意を突かれた。


俺がしがみ付いている場所が周りよりもかなり高い位置まで押し上げられたことで、王都周辺の状況が見渡せた。


それは一面瓦礫の山であったところが、ひび割れて大きな地層の塊になり、でこぼこになっている。

まるで、全体をくまなく打ち付けたゆで卵の殻のようなひびの入り方で、大地が剥がれてしまうのではないかと空想してしまうほどの地形の変化だった。


そして驚いたのは王城の様子だ。


パウル四世たちがいるはずの城だけは多少の被害を受けているようだったがまだ無事で、その周辺の地盤だけは影響を受けずにそのままの状態で残っていた。


そして、城の周辺に注目していたおかげで、絶望的なある事実に気が付いてしまう。


俺が今いるこの地面は、地殻変動などによって隆起したものではない。


ほかの部分の割れていった地盤同様に、不思議な力で少しずつ浮かび上がっていたのだ。


この場所が高くなったのは、この部分の塊の体積が小さかったからだ。


より小さな塊は、俺がいる場所を追い越して、天高く浮遊していく。


地面全体がある程度同様に上昇していっていたので気が付かなかったが、あの王城付近を見れば一目同然だ。


俺たちはこの星の中心からどんどん遠ざかっていたのだ。


わからない。

なんで前回の天変地異の時とこんなに状況が変わってしまったんだろう。


ああ、空がだんだん近づいていく。


あの禍々しい大きな光を視界にとらえることができた。

その大きな光はもはや動いておらず、じっとしていて、他の小さな光たちはどこにも見つけることができなかった。


回復ヒール≫を己にかけ続けて、なんとかあの大きな光を近くで見てやろうと考えていると、再び動きがあった。


北の方角から、赤々と燃え上がる竜の形をした巨大な炎が飛んできて、あの大きな光と対峙したのだ。

赤色の炎の中には青や黒や白の筋状の炎が入り混じって揺れいて、一様ではなく、混沌と変化し続けている。


そうしてこの辺りまで来て、ようやく禍々しい光の塊の方が何か人のような形をしていることを確認できた。

だが、空気が薄くなり始めているこの場所よりもはるかに上空で平然としているのだからもちろん、人間ではあるまい。


あの光る人も、竜の形をした炎もおそらく人知を超えた神のような存在なのだろう。


自分でも馬鹿げたことだと思うのだが、俺は次第にこのあまりにも現実からかけ離れた光景を目にして、魂が抜けてしまったかのように魅入ってしまっていた。


世界を滅亡から救うことや大事な人たちの死のことすら、すっかり頭の中から消えて、何も考えられなくなっていたのだ。


そして、この両者が一斉に動き出したその瞬間。


俺の意識は途絶えた。


何が起こったのかもわからずに、これまで感じたことのない激痛と無間むけん重苦じゅうくに身悶えながら、俺は記帳所セーブポイントの部屋の畳の上にいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る