第202話 QUASAR

その場所は、女神ターニヤが管理を任されているニーベラントと同じ銀河にあり、その中心であるQUASARクエーサーの内部に隠された異空間であった。


昏く、暗黒物質の満ちたその空間には、かつて星々のコアと呼ばれていた物質が浮かび、その周囲を美しい魂の光が無数に漂っていた。


この異空間のあるじは、その光景を満足げに眺め、直ぐ近くを通った魂を捕まえるとそれをつるりと呑み込んだ。


「今のは元気が良い、はつらつとした幼い魂だったようだね。フレッシュで、瑞々みずみずしい……。だがちょっと、熟成が足りていないな。味が単調で、面白みがない」


異空間の主は独り言のようにそう呟くと、別の魂に手を伸ばそうとした。


だが、その途中で動きを止め、この空間にやってきた彼の腹心に視線のみを向けた。


「……ボォウ・ヤガー。ここへはあまり来るなと言っていたはずだが?」


主の凍り付くような視線にボォウ・ヤガーは生きた心地がしないといった様子で平伏し、暗黒の宇宙を固めたような異空間の底に頭を押し付けた。


「も、申し訳ありません。至急、お伝えしなければならない事態になり……。信じられないことですが、たった今、ジブ・ニグゥラが何者かに滅神めつしんさせられたようです」


「……ジブ・ニグゥラ? 記憶にないな」


「お忘れですか? かつて、ニーベラントの掌握のため差し向けた下級神です」


「……ああ、あの死にぞこないか。リーザに為す術もなく敗れて、命乞いまでした……。今の今まですっかり忘れていたよ。嫌なことはできるだけ早く忘れることにしているからね。精神衛生上、よろしくない。それで、そのジブ・ニグゥラがどうしたというのだ」


「……申し上げにくいのですが、ジブ・ニグゥラには例の計画において支障となる恐れがあった二人の人間の始末を任せておりました。ですが、どうやらその遂行中に何者かの手により消滅させられてしまったようなのです。もうすでにニーベラントに居り、さらに器物に封じられているという状態も、現地の神々の目に付きにくいと考え、かつての失態を挽回する機会を与えることにしたのですが……」


「それは、その人間たちに返り討ちにあったということなのか?」


「火急のことゆえ……それはまだわかっていませんが、ニーベラントにいる我が下僕しもべバルバロスめに確認を急がせます」


「いや……、その件はもういい」


「 もういいとは一体……。どうなさるおつもりですか」


「終わりにしよう。ニーベラントに関するデータをくれ。現時点で把握できているものだけで良い。あの星に存在している神、それと≪星核せいかく≫の形状、性能、価値に関するものだけでいい」


「し、しかし、あの星からは得られるものがまだ残っておりますが……」


「ボォウ・ヤガー、私は終わりにするといったんだよ。取り逃すことになる魂は惜しいが、何より大事なのはリーザ、いや各銀河を支配する星神どもの組織に我らの関与を悟られぬこと。ジブ・ニグゥラは、取るに足らぬ神だが、それでも神は神。それが何者かに敗れたのであれば、予想外の邪魔が入る可能性がある」


「確かに……」


「星々の光が届かぬ闇に潜み、こうして力を蓄えているのは何のためか……。押し付けられた規律と秩序を崩壊させ、神たるものに相応しい真なる自由を取り戻すその日まで、我らはその存在を、奴らに決して知られてはならない」


この異空間の主は、ようやくボォウ・ヤガーの方を向き、そしてこの場所に漂うすべての魂をその身に引き寄せ始めた。

そして、それらの魂を全身から吸い込むと、大きく一度身震いして、苦悶とも愉悦ともわからぬ表情を浮かべた。


「……こうして一気に喰らってしまっては、やはり何とも味気ないものだな」


そう感想を漏らした主の力がまた少し大きくなったのを感じて、ボォウ・ヤガーは改めておのれの主が恐ろしい存在であることを再確認した。

人間の魂は、神の力を増す栄養ともなり得るが、これだけの魂を一度に取り入れる行為にはかなりの負担があり、それに耐えうる器無くしては決してできないことであったのだ。


百や二百であればどうということは無いが、それが幾千、幾万となると、如何に神とはいえ尻込みしてしまうような量だ。


ましてやこの異空間内に存在していた魂の数はそれを優に超える。


一つ一つの魂が持つエネルギーはごく微々たるものであるがこれだけの量を一気に昇華し、神の力として変換するのはとても労力のいることであった。

だが、神が生来の力以上を欲するならば、この方法しかないということが結論付けられており、こうした魂の摂取を、彼の主は神々の世界の表舞台から退場することになったその時より永々と続けてきたのだ。


しかし、、得られる力が僅少であることを考慮すると、その昇華のための労力と苦しみに見合う行為だとは思われていない。


今や平和そのものとなった神々の世界では、人間の魂はあくまで嗜好品であり、取引のための通貨代わりであり、その所持量でおのれの富貴さを誇示するためのものであるというのが共通の認識であるのだ。


傷つき弱り果てた、消滅寸前の状態であれば別として、見境なく魂を取り入れようなどという行動は、今の時代の健康な神であれば思いつきもしない。



「ボォウ・ヤガーよ。さあ、刈り入れを急ぐとしよう。平和惚けした星神どもが、まばたきするそのうちに……」


そう言って、この異空間の出口に向かう主の背をボォウ・ヤガーは慌てて追った。

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