第200話 刀に宿る邪神
「おい、お前ら!こんな夜中に何騒いでいやがるんだ」
「われぇ、死にたいんか?」
「どこのグループのもんじゃ?名乗らんかい」
さあ、これからムソー流杖術の真髄を見せてやるぞと意気込んでいたのだが、
王都の区画は火災による延焼を防ぐために路地を広くとっており、この場所もそれなりの道幅があるのだが、これだけの人数が集まって来るとずいぶんと窮屈になった印象だ。
王都内を夜間巡回するようになってから知ったのだが、この辺りは路地裏の奥の方で、平時には売春や賭博などが横行している、王都でも指折りのいかがわしい
一番の原因は、イチロウの奇声だと思うけど、雷や激しい戦闘の音が、この近辺を取り仕切っているお兄さんたちを呼び寄せてしまったらしい。
こんな深夜に騒いだものだから、相当にご立腹の様子だ。
「くくくっ、やはりなぁ~。ユウヤは一匹見たら近くに百匹はいる。わんさかでてきたぞぉー」
イチロウは常軌を逸した様子で、歪な笑みを浮かべ、いきなり大声を上げた。
その様子に怖そうなお兄さんたちも思わず顔を見合わせる。
……どうでもいいが、人をゴキブリのように言うなよ。
「
イチロウが刀を持った両腕を胸の前で交差させるようにして前かがみの姿勢を取った。
「なにか、ヤバい。みんな、ここは危険だ。逃げて!」
俺は集まって来た強面の男たちにそう呼び掛けたが、状況を理解できないのか、誰ひとり、避難する素振りはない。
それどころか、さらに俺たちの方に近寄って来た。
「……もう遅い!喰らえ、邪眼刀の力を! 職を失ったサラリーマンたちの悲哀と慟哭を思い知れ!
くそっ……剣術と全く関係が無いじゃないか。
邪眼刀の瞳が妖しく輝き、刀身の色が禍々しい赤に染まる。
イチロウの周囲の空気が振動し、その体から同心円状の衝撃波が
俺はどうにか深手を負ったウォラ・ギネと一人でも多くの命を守ろうと、とっさにコマンド≪まほう≫の≪
俺とその後方一帯を覆う清らかな光を帯びたドーム状の結界が出現する。
だが、この聖結界は、本来はこうした用途に使うものではない。
野営などの際に安全に休息するための場所づくりのための魔法なのだ。
一定の範囲に結界を張ることで、雨や風、さらには魔物や外からの攻撃をも防いでくれるが、長い効果時間と広い範囲が売りであるためか、強度はいささか心もとないところがある。
実験で数度使ったことがあるだけだが、なんとかなってくれ!
俺は祈るような気持ちで成り行きを見守ったが、その願いも虚しく、その凄まじい衝撃波の前に、聖結界は破壊され、ついには周囲全てが吹き飛ばされてしまった。
俺だけは長杖を地面に突き立て、それに耐えたが見渡す限りの建物が瓦礫と化し、人の体が簡単に飛んでいくのを目の当たりにした。
「……やれやれ、とんでもない化け物に出くわしたものだ。酒を飲みに行くどころではないわい」
「ギネ!」
どうやら、ウォラ・ギネも地面に伏せてしがみ付き、無事だったようだ。
よく見ると俺の後方は比較的にではあるが被害が軽く、とっさに出した≪
だが、集まって来ていた怖そうなお兄さんたちは皆、ぐったりと瓦礫に紛れて倒れており、身動きする者は一人もいなかった。
というよりも、≪理力≫が全く感じられなくなっており、死んでしまっていることがわかった。
イチロウが放った謎の衝撃波は、この辺りの区画だけでなくその周囲をも巻き込んで、とてつもない大惨事をもたらしたようだ。
見渡す限りの建物のがれきがある範囲に命を感じない。
誰の≪理力≫も感じられなかったのだ。
「恐ろしい技だ。衝撃が体に伝わった瞬間、魂が引き抜かれでもするような恐ろしい感覚に襲われた。儂は必死で耐えたが、おそらく、他の者たちは……」
そうだったのか。
俺は何も感じなかったけど……。
よく見ると一番近くの死体にも目立った外傷はない。
建物にしても、突風などは無かったので、その場で崩れ落ちたような感じだ。
ただの物理的な衝撃波ではなかったということなのだろうか。
「二人食べ
イチロウがあの異様な構えを解き、そう呟いた。
見ると
先ほどまでの挙動不審さはなく、物腰にも落ち着きと余裕が感じられた。
イチロウの目の白目部分は赤く染まり、一方で大小の邪眼刀の柄部分の瞳は閉じている。
「おい、人間。たしか、ユウヤといったな。お前はいったい何者だ。未だ不完全な状態ではあるが、神たる我の力を受け、なぜそうして平然としていられるのだ?」
「何者って……お前のほうこそ一体誰なんだ。その話し方、イチロウじゃないのか?イチロウをどうした」
「
「使い道? こうやって、関係のない人たちを巻き込んで死なせるのが、あのイチロウの使い道だとでもいうのか」
「そうだ。この男の心に満ちた闇は濃い。身の程知らずの自尊心と自己愛。自分だけが不遇で不幸だと世を恨み、他者を害しようとする。狂乱と妄想の中にあって、この男が望むのは自らの人生の成功を阻む他者の排除。ほんの少し、幻覚を見せてやっただけで、我の復活に必要な多くの命と魂を刈り取ってくれる。醜い、そして実に愚かな人間だ」
「良く言うよ。そんな人間を利用しなきゃ自分では何にもできないくせにさ。その刀を使ってくれる人がいなきゃ困るんだろ?」
「その通りだ。しかし、人間はもともと神々の繁栄のために創られた存在だ。神である我がこのイチロウをどのよう使おうとも、とやかく言われるいわれはない。そんなことより、お前の正体に興味がある。貴様からは、いくつかの異なる、不穏な気配というか、 痕跡のような何か……妙に気にかかるものがあるのだ」
「そんなこと言われても俺にはわからない。そんなことより俺は、お前がこんなにも簡単に、多くの人間の命を奪ってしまったことに怒りを覚えてるよ。さっき集まってきた人たちだけじゃない。この近辺にはたくさんの人たちが住んで、日々を一生懸命生きていたはずだったんだ。今まで、誰かのことをこんなに憎いと思ったことは無かったと思うけど、なんとなくお前だけは許せない気分になってきた」
世界を滅亡から救おうと、自分のやりたいこともそれなりに我慢してここまでなんとか状況を積み上げてきたのに、全部ぶち壊しにされたような気分だった。
神を名乗る者によって為す術もなく、目の前で奪われた多くの人の命。
全てが死に絶えた世界で、ひとりぼっちで感じた無力感が蘇ってきたような、そんな感じがした。
カルバランの証文による生贄を黙認している自分がこうして憤慨しているのは滑稽かもしれないし、おそらく偽善なのだろう。
それでも、人間が滅びを免れるためでもなんでもなく、こんな訳の分からない連中によって死ななければならなかった人たちの無念を思えば、怒りを感じずにはいられなかった。
気が付けばユウヤは、雄叫びを上げ、イチロウの肉体を操る神ジブ・ニグゥラに向かって駆けだしていた。
そして、傷ついたザイツ樫の
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