第199話 二天イチ流

二天にてんイチ流か……。


なるほど、隙だらけだ。


ムソー流杖術を深く学んだおかげで、俺にはそのことがはっきりとわかった。

腕の位置、足の開き、腰の位置。全部ダメだ。

得物のたけや刀という片刃の剣の特性を無視した自己流。


つまり武の理合いから完全に離れてしまっているのだ。


「何を呆けている。行くぞぉー」


イチロウは、目を血走らせ、妖しい気を帯びた大小二本の刀を手に跳躍してきた。

それは常識を超えた跳躍力で、滞空時間が恐ろしく長い。長すぎる。


上空で小さな点に見えるほどに飛び上がり、そこから急襲する気らしい。


「刀が二本なら、お得意の真剣白刃取りもできまい! そのための二刀流! そのための二天イチ流だァー」


聖雷セイクリッドサンダー


俺はため息を一ついて、コマンド≪まほう≫を発動させる。


空を覆いつくす雲の一部が黒く染まり、そこから一筋の雷光がイチロウめがけて走る。


「ぎゃああああああああ!!!」


遅れて轟音が鳴り響き、イチロウも地面に墜落してきた。

全身黒焦げになったイチロウは受け身を取り損ねて、その場で悶絶した。


「ぐわぁあああ。おのれ……ユウヤァ……卑怯なりぃ……」


「卑怯って、別に剣術の試合じゃないんだよ。魔法使ったっていいじゃん」


「ふっ、ふぅうぅぅ……、ああ、全身が痛い……」


皮膚が焼けただれているので、それは痛いだろう。


それにしても……、前に相手してやった時とは比べ物にならないタフネスだ。

あの跳躍も無意味だったが、かなり人間の動きを超越していた。


そうだ。せっかくコマンド≪つよさ≫を取得したんだ。

一応、確認のために使ってみよう。

相手の実力を読み誤って窮地に陥るのは、魔王戦で懲りた。


とりあえず、消費MP10の通常ステータスでいいだろう。


名前:田中たなか 伊知郎いちろう

職業:大剣鬼(大剣豪からクラスチェンジ)

レベル:99

HP:333/634

MP:211/281

能力:ちから63、たいりょく61、すばやさ65、まりょく23、きようさ55、うんのよさ13



「うわっ、レベル99……。しかも結構強そうじゃん」


驚きのあまり、思わず声に出てしまった。


なにせ、レベル50にようやくなった俺のおよそ二倍の高さだ。


他の人のステータスを確認したのは、マルフレーサの≪分析アナライズ≫で亀倉のステータスを見たとき以来だったが、それと比較しても能力値はかなり高い。


辛うじて俺の方が一回りほど数値は上だが、それでも侮れるほどの差はないように思う。


「レベル99~? お前、私のステータスを覗き見たのかぁ? 魔法だけではなく、そんな力まであるとは……、邪眼刀が言う通り、貴様ァ、ただの無職ではないな」


イチロウが乱れた呼吸のまま、刀を杖代わりにしてようやく立ち上がった。


「そうとも、私はレベル99……、人間の頂に到達せし者、田中伊知郎たなかいちろうだぁー!キィエー!」


イチロウは全身の火傷の影響を感じさせない動きで二本の剣を振り回し、襲ってきた。


俺は間合いを見切り、杖で刃を受けることなく、最小限の動きでその連続攻撃を躱す。

ただの勘だが、あのイチロウの持つ刀はなにか、ヤバい。

武器越しでも触れるのは避けたい感じがした。


ボンッ。


突然、イチロウの頭に火球が飛んできて、隙ができた。


どうやら、ウォラ・ギネが横から魔法で援護射撃をしてくれたらしい。

すっかり忘れていたが、そういえば以前、リーザイアで魔法の実演もしてくれたことがあったっけ。


先ほども言ったが、これは試合ではない。

二対一でも恨まないでね。


「ゆ、ゆうやがもうひとりぃ。おのれ、分身の術かぁ」


視線がそちらに向いたのを逃さずに、俺は長杖でイチロウのわき腹を狙って突く。


だが、この時、信じがたいことが起きた。


イチロウの持つ刀の柄の先のあたりにある金具についた目のようなものがギョロッと動いて、俺と目が合ったのだ。


そして、イチロウの腕がおおよそ体の向きとは逆らう形で動き、俺の長杖による突き技を弾いてきた。

俺の≪理力≫を帯びて、圧倒的な強度を誇るはずのザイツ樫の長杖クオータースタッフが削れ、傷がついた。


「マジかよ。なんだ、この刀……」


自分の腕がそのような動きをしたことに気が付かない様子で、今度はウォラ・ギネの方に駆け寄っていった。


「ギネ! そいつ、なんか普通じゃない!気を付けて」


「きえー、二天イチ流、バツ天斬りぃー!」


イチロウは二本の剣を交差させ、その状態でウォラ・ギネに刃を振り下ろそうとした。


「ムソー流奥義、十字留じゅうじどめ破り」


やはり動きの速さではイチロウの方にはるかに分があり、なんとか追いすがって攻撃を止めさせようと俺は後方から攻撃を仕掛けたのだが、静かで無駄の無いモーションから繰り出されるウォラ・ギネの技は、相手の後の先を取った。


呼吸、間合い。そして技の選択。完ぺきだった。



十字留破りは、初代ムソー・ゴンノスケが宿敵と定めていた二刀流剣士用に編み出したとされる奥義である。

膨大な≪理力≫を杖先に凝集させ、相手の二本の剣の交差部に鋭い突きと共に光線のように圧縮して放つ。

相手の攻撃が加速する状態に入る刹那、交差部にかかる後ろの刀から込められる相手の力と、十字留破りの威力で、前の刀を挟み撃ちにして破壊するという狙いがある。


ウォラ・ギネが放ったら高密度の光線状の≪理力≫は最高のタイミングで、イチロウの武器の交差部に命中し、奥義は功を奏したかに思われた。


しかし、再び目を疑うような現象が起こる。


イチロウが交差させた二振りが交差部で一体化し、まるで最初からそのような形状であったかのように変化していたのだ。

一体化した部分はより太く、分厚い刃と化していたのだ。


これにより武器破壊は為されず、踏み込まれ、ウォラ・ギネはその長杖でイチロウのバツ天斬りを受けるのがやっとという状態になった。


こうなると力で劣るウォラ・ギネはぐいぐいと押し込まれ、刃がその身に食い込んでいくことになる。

長杖も、刃に喰い込まれ、今にも折れそうだ。


「やめろー!」


背後から襲い掛かって来る俺の動きを見ていたかのように、イチロウはウォラ・ギネのトドメに固執することなく、身を翻し、俺たちから間合いを取った。


「不覚を取った……」


ウォラ・ギネは、胸と肩に刻まれた大きな斜め十字の傷口を押さえ、その場に膝をついた。

十字留破りのおかげでバツ天斬り本来の威力は相殺され、致命傷は免れたようだったが、相当に傷は深そうだ。


俺はウォラ・ギネを庇うようにして立ち、イチロウに正対した。


「ここは俺に任せてよ。ムソー流を継ぐ者の力、こいつに見せつけてやる」


ウォラ・ギネを負傷させられて、少し頭に来ていたのだろうか。


俺の語気はいつになく強かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る