第197話 お前を殺す者の名

ある夜のことである。


いつものように俺はウォラ・ギネと二人で王都内の夜回りをしていたのだが、その日はたまたま押し込み強盗の事件現場に出くわしてしまい、それに伴う消火活動と被害者の治療もあって、帰りがすっかり遅くなってしまった。


雲が月を覆い隠してしまっており、辺りはいつも以上に暗く、来たる終末の悲観的な世の風潮もあって、路地に人気ひとけはほとんどない。


「やれやれ、すっかり遅くなってしまったな。それにしてもあの若者ども、強盗だけではなく、火付けまでするとは、まったくとんでもない連中であった。おぬしが止めなければ、儂は皆殺しにするところであったわ。今思い出してもはらわたが煮えくり返っておる」


「ウォラ・ギネは、歳のわりに本当に血の気が多いよね。発見が早かったから延焼も防げたし、死者もでなかったから、今回は半殺しで許してあげようよ。ああいうのいちいち殺して回ってたら、今の王都じゃ、それこそ死体だらけになっちゃうでしょ。まあ、相当痛めつけてやったし、脅かしてやったから、当分は牢屋の中で反省するんじゃないかな。まあ、どこか開いてる店で一杯飲んで帰ろうよ。奢るよ」


「……おぬし最近、寄り道を誘ってくることが増えたが、どういう心境の変化だ? 嫁さんと何かあったのか?」


「……童貞のくせに、鋭いね」


「童貞は余計だ! それで、どうしたのだ?」


「……実はさ、浮気がばれて、フェナと気まずくなっちゃってさ。帰っても居心地悪いんだよね」


「それは、自業自得だろう。あれほど、フェナとののろけ話をしておったのに、なぜ浮気などしたのだ。気持ちが冷めたのか?」


「いや、フェナのことは今もすごく好きだよ。尽くしてくれるし、家事とか料理とかもうまいし、何より一緒にいると気持ちが安らぐというか。とにかくかわいいし、それに家庭的なんだよね」


「まったく!またのろけ話か。ではなぜ、そんな過ちを犯したのだ」


「……じつは、最近になって、午前の治療活動をある女の人が手伝ってくれるようになったんだよね。サユリさんっていう名前で、異世界勇者だった人なんだけど、回復魔法が得意で、自分も何かやれることがしたいって言ってくれてね」


「ほう、それは殊勝な心掛けだな。異世界勇者と言えば王国軍の所属になったと聞くが、よくあのパウル四世が許したな」


「まあ、軍の救護職って、戦闘とかが無いと待機状態で結構ヒマらしいんだよね。それで、たまたま俺の活動を見かけて手伝ってくれることになったんだけど、離脱して死んだ仲間のこととか、故郷のこととか話をしてるうちに仲良くなっちゃってね。かなり年上なんだけど、一度、一緒に飲みに行ったときに流れでつい……ね」


「酒の上での失敗というわけか。修行が足らんな」


「面目ない。そのあともずるずる関係を持ち続けることになっちゃって、治療の休憩時間に物陰でイチャイチャしてるところをフェナに目撃されちゃったってわけ。俺って本当に駄目な奴だよね。罪悪感で、サユリさんともぎこちなくなっちゃったし、フェナにも合わせる顔が無いっていうわけ……」


ウォラ・ギネに悩みを聞いてもらいつつ、最近は閑散としている繁華街の行きつけの店がある方に向かって歩いていると、突然、ぎゃあという男の断末魔の叫び声が聞こえ、俺たちは思わず顔を見合わせる。


周囲の≪理力りりょく≫を探り、声がした方に向かうと、そこは路地裏の奥で、すでに衛兵二人が倒れており、それを見下ろすように一人の男が立ち尽くしていた。


その男は手に背筋がうすら寒くなるような妖しい大小二振りの刀を持ち、ボロボロの着流し姿だった。

頭部に毛髪は一本もなく、その目は狂気に染まっているかのように血走っていた。

痩せているように見えるが、そうではない。

極限まで絞り込まれた肉体であることが、あらわになっている首元や手首などの尋常ならざる筋肉のすじばった様子でわかった。


倒れている衛兵に目をやると、すでに≪理力≫は感じられずこと切れた様子だった。

一人は袈裟にばっさり、もう一人は逃げようとしたところを背中から。

いずれも一刀のもとに切り捨てられていた。


「お前、こんなところで何してるんだよ!」


「ユウヤァ……。ククッ、つくづくお前とは縁があるな」


「は? お前なんか知らねーよ。誰だよ」


「お前!この私を知らないというのかぁ。この私を……? し、信じられない。あんな酷いことをしておいて、ふつう忘れるかぁ?私はあれから、お前のことを考えない時は一寸たりとも無かったぞ。あの屈辱からずっと、お前を憎み、呪い、そして何度も何度も何度も何度も!殺してやった!ひゃはは、そして今も二度殺した」


目を見開き、よだれを口の端からたらしながら、奇妙な笑い声をあげる。


どうやらこの男は俺を知っている様なのだが、こっちはその顔に見覚えはない。

眼は落ち窪み、頬はこけていて、眉間には劇画のような深い溝があった。


「おい、ユウヤ。こいつ、お前が≪救世会議きゅうせいかいぎ≫で伸したニホントウ使いではないか?」


「うそっ、全然髪型違うからわからなかった。男の顔なんてそんなにじっくり見ないし、ウォラ・ギネ、よく気が付いたね」


「まあ、珍しい得物えものを持っておったからな。開祖ゴンノスケ・ムソーの書き遺した書物にもその記述があるし、何よりその鍛冶技術はこの国の西部のとある村に今も尚、伝わり、残っているのだと聞く。王家にも儀礼用として献上されているそうだぞ」


「そうなんだ。説明と蘊蓄うんちくありがとう。えーと、ちょっと待ってね。……そうだ! サユリさんも言ってたっけ。 たしか、イチロウだったかな、あんたの名前? たしか、出奔して行方不明になったとかって聞いた気がしたけど……」


「……ようやく思い出したか。そうだ、私の名は田中伊知郎たなかいちろう。お前を殺す者の名だ」


イチロウは、二振りの剣を天地に構え、凄まじい殺気を俺に向けて放って来た。


「あれ? この間は一刀流だったと思ったけど、戦い方、変えたの?」


「驚いたか!これは、お前を殺すためだけに自ら編み出した最強の剣術。その名も二天にてんイチ流だ。この二振りの神剣で、我が人生の諸悪の根源である貴様を成敗してくれる。覚悟しろォ」


イチロウは、まるで歌舞伎の見得のようにポーズを決め直し、言い放った。


二振りの神剣か……。


その宿った気の妖しさから言うと神剣というよりも妖刀の類だと思うんだけど……。

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