第195話 ハロー
世界の滅亡を防ぐために、魔王と手を組む。
これは、リーザ教団の大神官であるカルバランには無い発想だったようだ。
ゴーダ王国をはじめとする周辺の国々を滅ぼし、今なお大量の魔物を使ってゼーフェルト王国に脅威を与え続けている魔王は、まさに人類の敵のような存在として人々に恐れられており、カルバランの認識もまた同様であるようだった。
魔王と協力して世界を救うなど、とても実現する可能性があると思えないばかりか、むしろ世界滅亡の原因に、その魔王自身も関わっているのではないかと難色を示したのだ。
この世間一般の人々が抱いている魔王のイメージは、ゼーフェルトの王パウル四世によって意図的に広められたものであることを俺はもうすでに知っている。
魔王の本名は、
パウル四世に強い憎悪を抱いてはいるが、この世界を滅ぼそうなどとは考えていないし、実際に対峙してみた感想としては、あのような天変地異を引き起こすような力までは持っていないと思われた。
あの≪魔竜の魔人≫と化した状態で、今の俺より少し強いくらい。
更に奥の手があったとしても、それを使わなかったところをみると、何か制限付きの能力なのかもしれないと今では思っている。
魔人化にしても普段からあの姿ではないのは、きっと負担が大きいからではないか。
常時あの状態で暴れることができるのなら、大量の魔物や魔人たちに頼らず、自分がもっと前線に出ていてもおかしくないと思う。
俺はカルバランを説得し、魔王とコンタクトを取ることにした。
その方法は簡単で、マルフレーサが所持している≪
これは≪世界を救う者たち≫が解散し、隠遁生活をしていたマルフレーサに魔王が引き抜きを打診するために使い魔を通して送った物であるのだが、本人はその事実を誰にも明かしたことが無いと思い込んでいたため、この提案をしたときはとても驚いていた。
この≪交信珠≫は、縁日の景品によくあるスーパーボールの中くらいのものと同じくらいの大きさで、手のひらに載せると妖しい光をぼんやりと宿し始めた。
「驚いたな。これは、当教団が所有する物とは異なるが、れっきとした神器の一種だ。魔王がこれを所有していたとなると、やはりいずれかの神とのつながりがあるとみていいな。ユウヤ、本当にその魔王は信用できるのか?」
「いや、信用はしてないよ。俺も一回会って、話しただけだし。だから、具体的な協力関係を構築するというよりは、向こうにも注意喚起して、独自に動いてもらおうというわけ。あのパウル四世と仲直りなんかできっこないだろうし、今からその溝を埋めるには時間が無さすぎる。魔王は、俺と話した時に、地上を支配して自分の理想の世界を作ると言っていた。だから、当然、世界に滅びられちゃ困るだろうから、それを全力で阻止しようとするでしょ? 案外、それまでの期間はゼーフェルト王国との争いも少しは収まって、平和になったりしてね」
「私も名案だと思う。ゼーフェルト王国と魔王勢力の争いが続くのは、時間と人的資源の浪費だ。仮に協約が為されなくても、魔王が世界滅亡の阻止に動き出せば、おのずと侵攻どころではなくなるであろうからな。それに、我らの手が届かない魔王独自の領域もあることだろう。そちらの対策をしてもらえれば、滅亡回避にまた一歩近づくことになる」
カルバランとマルフレーサが視線を合わせ、頷く。
ウォラ・ギネは今日はお疲れモードなのか、話についていけなくなったのか、腕組みして、居眠り中だ。
「……マルフレーサだ。魔王殿、聞こえているか」
マルフレーサが掌の上で≪交信珠≫に時間を空けつつ、何度か呼びかけた。
そして間もなく、≪交信珠≫の光がうす紫から赤く変化した。
そして不思議なことに丸い球から、聞き覚えがある声が聞こえた。
『ハロ~、マルフレーサ。驚いたよ。あれだけ熱心に口説いたのにそっぽを向いて、いきなり今度はそっちから連絡してくるとはね。でも嬉しいよ。なにか心境の変化でもあったのかな?』
魔王だ。
「すまないが、その件ではない。今日は折り入って、別の大事な話があるのだ」
『大事な話? 君が私のもとに来て、手伝ってくれるという話以上の大事なことかね』
マルフレーサは、来たる未来の危機を、簡潔に、しかもそれを目撃した俺の話以上に鬼気迫る感じで上手く説明していた。
『……マルフレーサ、なぜそれを私に伝えた? それを聞かせてどうしようというのだ』
「別にどうもしない。世界全体の危機を共有してもらおうというただそれだけのこと。いずれ、この地上のすべての支配を目論む魔王殿にしてみても、この世界自体が滅びてしまってはさぞお困りになるであろう?」
『……』
「これは、特段何かの行動を求めるような話ではない。私個人の、ただの善意だよ」
『……貴女が意味のない嘘を吐く人間ではないということはわかっている。だが、この話はあまりにも荒唐無稽で、正直、困惑しているよ。今から900日ほどの
魔王、いや
現にそれを体験した俺でさえ、未だにあのような事態が引き起こされるということをどこか信じ切れずにいるくらいだ。
それほどのカタストロフィ。それほどの地獄絵図だった。
「あー、もしもし。聞こえますか? これって自分の手で持たなくても話せるのかな?」
マルフレーサの手のひらの上に顔を近づけて、声を出してみた。
『ん? なんだ貴様は……』
「あっ、聞こえてるみたいね。俺がそのユウヤです。ちなみに未来ではあなたに会ったこともありますよ」
『……君がユウヤか。まったく……、未来で私に会ったことがあると言ったね? マルフレーサの話では、ゼーフェルト王国やリーザ教団を動かし、さらには各国の王たちにも書状でこの世界滅亡の話を広めようとしているようだが、このような詐術を用いてまで、いったい何をしようというのだ。本当の狙いがあるのだろう。言ってみなさい』
「本当の狙いなんてないよ。ただ、みんなが死んでしまうのを回避したいだけ。マルフレーサが説明した世界の滅亡は本当に起こるんだ。俺も、あんたもみんな死んでいなくなる。魔竜人だっけ? あんたがそう呼ぶ魔竜の魔人に変身したって助からないようなとんでもない大災害なんだ。
しばしの沈黙があった。
魔王がどんな表情をしているのか、ここからはうかがい知ることのできないが、少なくとも幾ばくかの驚きはあったのではないだろうか。
初対面の相手が知るはずのない事実をなぜ知っているのか。
未来からやって来たという説明に、これで信憑性が生まれてくれるといいのだが。
『なるほどな。そうやって、マルフレーサや他の者たちを言いくるめたのだな。私も危うく騙されそうになったよ。だがな、そもそも世界の破滅などありえないのだ。もし仮にそのような危機が近づいたとしてもそれを防ぎ得る大いなる存在がこの世界には存在するのだ。女神リーザなどという外来神の不在などは関係ない。真なる神は、この世界にいにしえより確かに存在しているのだ。……この話はこれで終わりだ。私は忙しい。マルフレーサよ。このような下らぬことに関わっている暇があったら、はやく私のもとへ来い。良い返事を待っているぞ……』
≪交信珠≫の鮮やかな赤い光が色褪せ、もとの薄紫に戻った。
予想通り、協力するという言葉はもらえなかったが、あの賢明そうな印象のあった魔王であればこのまま確認もせずに放置するということはないと思われた。
危機を知らせるという目的は果たせたので、ひとまずオーケーとしよう。
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