第194話 プランB

「うわぁああああ、背中が……。焼けるように、痛い!息が、できないッ――」


畳の上に四つん這いになり、痛みや苦しさが消えるのをじっと待つ。


もう何度も死を体験してるのに、こればかりはなかなか慣れない。


冷や汗が流れ出て、手足が少し痺れるような感覚があったが、何とか呼吸を整え、心を平静に保とうと努力する。


最初の一撃がどうやら致命傷だったようで、ほとんど何も抵抗できずに死んでしまった。


ムソー流杖術を極め、かなり強くなったつもりでいたのに本当に情けない。

続きが気になっていた漫画に気を取れていたこともあったが、完全に油断してしまっていた。


「おお、ユウヤ!死んでしまうとは、何事だ!」


「……何事だって、全部見てたんでしょ」


「まあな。だが、いくつかあるセリフの中からどれかを言わなければならん決まりなのだ。吾輩用のマニュアルにそう書いてある」


「マニュアルなんてものがあるんだ。すごいね。……それにしても、ちくしょう。あの駄女神……。まさか俺のこと殺そうとするなんて、思ってた以上にヤバい奴だった」


どうやら俺は、女神ターニヤに殺されて、記帳所セーブポイントの部屋に強制的に戻ってきてしまったようだ。


セーブポインターだから助かったけど、普通ならあそこで人生終わりだった。


「それにしても、困ったな。ターニヤから得られた情報は、ほぼゼロだし、そもそも俺が殺された理由は何だったんだろ? 」


「さあな、死んだ婆さんもそうだったが、時折、ひどくヒステリになってな。何度か、吾輩も包丁で刺されそうになったことがある」


「……ん? ちょっと待って! 今、婆さんって言ったよね。自分のこと、思い出せたの?」


「……いや、待て。今のは無しだ。なにか、昔、そのようなことがあった気がしたが、今思うと気のせいだったかもしれん」


「そんなことないよ。たぶん、おじいさんには奥さんがいたんだよ。今のは自然に出てきた感じだったし、名前もそうだけど、そのうちポロっと思い出せるかも!」


「そ、そうかのう。だが、婆さんと口走ってみたが、どんな姿をしていたかなど、さっぱり浮かんでこない。さっきはふとそう思ったのだが、今はまったく自信が持てない……」


「大丈夫。一歩前進だよ。素直に喜んでおこう」


「まあ、そうだといいのだが……」


「はあ……、それにしても俺の方は進展なしだよ。あの後どうなったかわからないけど、あのポンコツぶりだと世界の破滅を止められたんだかどうだか。いずれにせよ、協力を仰ぐと俺が殺されちゃうみたいだし、ターニヤに協力を求めるのは一旦、ちょっと諦めよう。もうあんな苦しみ味わうのも御免だし、あの不意打ちを防げたとしても大人しく言う事を聞いてもらえるビジョンが浮かばない」


話せばわかるという言葉があるが、話してもわからない相手も存在することを今回、身をもって理解した。


「では、どうするのだ。また最初からやり直すのか?」


「いや、≪ぼうけんのしょ1≫の「世界を救う者たち(笑)」をロードして、協力が得られたみんなと世界の滅亡を回避できるように頑張ってみるよ。カルバラン自身も結構やるようだし、何より神様たちの力を借りることもできそうだから、最悪、人類が全滅するのだけは防げそう。生贄にされちゃう人たちは可哀そうだけど、無事に世界を救えることがわかったら、最初に戻って、今度はその人たちを犠牲にしなくて済む方法を考えてみるつもりだよ」


「なるほどな。方針が決まっているなら、さっさと行くが善い。そろそろミト・コーモンが始まる時間だ」


気が付いたら、部屋の隅にレトロな感じのテレビらしきものが置いてあった。

箱みたいにでかくて、あれはたしかブラウン管と言うんだったか。

ドラマの小道具で出てきたのを見たことがある。


線とか繋がってないけど電波とかどうなってるんだ?




≪ぼうけんのしょ1≫の「世界を救う者たち(笑)」をロードした俺は、すぐにカルバランやマルフレーサたちとの話し合いの機会を設けた。


そして、リーザ教団の書庫を調べても無駄だったこと、秘宝庫で神から得られた情報などを説明し、それに女神ターニヤからの協力は得られそうにないことを付け加えた。


秘宝庫の存在や契約している神々について俺が知っていたことにカルバランはとても驚き、どこか恐れるような目で俺を見た。


「実に……驚くべきことだ。本当に時間をさかのぼって、未来からやって来たとしか思えない話の内容だった。まだ少し半信半疑だったが、少なくとも私は、君が未来から来たのだということを事実として受け入れつつあるよ。話のつじつまもあっているし、疑う余地はない」


マルフレーサとウォラギネは、カルバランとは異なり、不思議そうな顔をしている。


「理解が早くて助かるよ。未来のカルバランが自分で言ってたんだけど、タイムリミット直前になったら、教団が所有している証文の魂を使って、世界の滅亡を食い止めてくれるように神様たちに頼んで欲しい。あとは≪救世会議きゅうせいかいぎ≫の方から集まってくる情報のまとめ役も引き続きお願いできるかな?」


「それは構わんが、お前の話では証文で約された魂の権利は失われつつあったのだろう。いざ神々に供物として捧げようという時に、それらがすべて失われていたらどうするのだ?」


「うーん、そこなんだよね。あのさ、神さまにお願いするのって、先払いとかできないのかな? 誰かに権利が移ってしまう前に、こっちが先に使っちゃうみたいな」


「それは可能だと思うが、現時点で手持ちの魂のストックを全部手放してしまうのは勇気がいることではあるな。……まあ、いい。お前が言う通り、権利の仮差押えとやらが起きているようなら、どのみち失われてしまうのだ。確認の上だが、神々にそのように交渉してみようではないか。だが、こちらはそのように進めるとして、お前は何をするつもりだ。 女神ターニヤからの協力を得るのは断念したのだろう?」


「あの様子じゃ、たぶん無理そうかな。世界の滅亡が迫ってることを説明して、理解してもらうのにも一苦労しそうだし、何よりいくつか質問しただけで殺されそうになったからね」


実際には殺されたんだけど。


「儂はその手の話はわからんが、女神ターニヤとは、そんなに気性の荒い女神なのか? 」


「いや、どっちかっていうと情緒不安定な感じかな。いきなり、ボロボロ泣き出したかと思えば、にっこり笑顔を浮かべて見たり、刃物で襲ってきたりするからね。何より、たくさんトラブル抱えてるみたいで、忙しそうでまともに取り合ってもらえなかったっていうのが本当のところ。……だからさ、他を当たろうと思う。ちゃんと現実を認識できて、話が通じそうな相手。それでいて、カルバランや国王に匹敵する影響力をもってそうな大物にさ」


そう。残された時間はまだある。


あの駄女神が全くあてにならないなら、他の頼りになりそうな相手に声をかけるだけだ。

一人でも多くの協力者を得て、世界の破滅に抗う。


これは、いわばプランB。次善の策というやつである。


「はて? それはいったい誰のことであろうか」


疑問を口にしたウォラ・ギネが首をひねった。


直ぐには思いつかなかったのか、カルバランたちも黙って、俺の次の言葉を待つように、こちらを見つめている。


勿体ぶるように一呼吸おいて、俺がどや顔でだした答えは、「それは、魔王さ……」だった。

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