第192話 もういない二人

広大な廃墟群と、それを見下ろすようにしてそびえ立つ巨大な女神リーザ像。


かつて女神リーザの加護によって繁栄の極みにあったというこのリーザイアは、今はもうその面影もなく、無数の動く石造りの魔物などが徘徊する廃都と化している。


リーザイアの王宮跡には巨大なクレーター状の窪みがあって、その中心には、太古の昔に女神リーザが実際に暮らしていたという地下神殿への入り口がある。


今、その地下神殿には、この世界の支配神の地位を引き継いだ女神ターニヤが住んでいて、俺たちはそこを訪ねることになったわけだ。


王都から良馬で移動して五日ほど。

俺一人なら走って、もっと早く着けたのだが特にマルフレーサがついて行くと言ってきかず、やむなく彼ら二人のペースに合わせることになった。



もう二度と訪れまいと決めていた廃墟都市リーザイアに再び足を踏み入れることになるとは……。


俺は、これ以上ないくらいの低いテンションで、地上の入り口に配置された石の守護竜ストーンドラゴンをサクッと倒し、ウォラ・ギネとマルフレーサを伴って、ターニヤのいるあの女子部屋を目指した。


「それにしても、本当にムソー流杖術を極めておるのだな。技の冴え、一分の隙も無い動きなど、一目みればおぬしが儂以上の使い手であることがはっきりとわかる。魂の宿らぬ操り人形どもなど、まるで相手にならぬな。これほど見事な後継者を未来の儂が育てたのだと思うと、なにやら誇らしくなってくるぞ」


そう言って相好そうごうを崩すウォラ・ギネを見て、俺はなぜだか急に寂しい気持ちになった。


ムソー流杖術の聖地ホウマンザンで、その守り主である精霊のタマヨと一緒に三人で修行したウォラ・ギネはもう存在しておらず、目の前の人物が同じ姿かたちをしたまったくの別人であるかのように思われたからだ。


別人なのはウォラ・ギネだけでなく、マルフレーサも同様だ。


この展開におけるマルフレーサは、魔王にやられて死にゆく俺に「 私をもう一人にしないでくれ」と訴えかけてきた彼女とはまるで違う。


素の状態である若い女性の姿を人に見せることはなく、派手に着飾ったり、散財したりすることもない。


そして、やはり酒の勢いで、つい一夜を共にしてしまったというあの偶発的な失敗というか、きっかけが無ければ、俺とマルフレーサがああいう男女の仲になるということにはならないということらしい。

老女の姿をしていることもあるのだろうが、二人でいても、そういう艶っぽい話には決してなる気配が無い。


今、目の前にいる二人とは共有する思い出や体験がほとんどない。


そう思うと、俺の中にしかない二人との記憶がよりいっそう胸の奥を締め付けてくる。


俺がよく知っている、かつてのあの二人はもういないのだ。


取り返しがつかない、そして掛け替えのない日々の大事さに、俺はこのとき、はじめて気が付いてしまったのかもしれない。


簡単にセーブとロードを繰り返し、いつでもやり直しができるとたかを括っていたけど、それは間違いだった。


人生にやり直しという言葉は無い。


今まで体験してきたすべての展開の人生が本当はとても貴重なもので、似たような状況をなぞることはできても、完全に再現することなどできないことを今さら悟ってしまった。


その瞬間瞬間の感動や心の動き。

これはどんなに展開を真似ても、特に再現不可能だ。


この異世界に来て、セーブポインターになる前からそうだったのだが、俺はどこか自分の人生に対して真摯に向き合っていなかった。


気が付けばいつも保留に次ぐ保留で、何かを選ぶことで、他のすべての可能性が消えてしまう気がしていた。


だけど、本当はそうじゃなくて、時の経過とともに俺の可能性を奪っていたのは、その保留だった。


もっと一日一日を真剣に、そして逃げずに様々なことに情熱を燃やすべきだった。


俺の人生を、「何も起こらない物語」にしていたのは、他ならぬ俺自身だったのだ。

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