第183話 救世会議

大神官カルバランの辣腕らつわんぶりは、正直、俺の予想を超えていた。


従順なアーマディや他の幹部信者たちをうまく使って、着々と俺が望んでいた以上の状況を作り上げてくれたのだが、特筆すべきはその判断の速さだ。

それはもはや宗教家というよりは、有能な経営者や実業家を思わせるもので、トップダウンが過ぎるようなところもあるが、とにかく迷いが無い。


カルバランは、緊急の大規模集会を開催し、そこで俺を女神リーザが遣わした≪救世きゅうせいの預言者≫として大々的に紹介した。

さらに、そこで自らの口から俺が伝えた終末の光景を三割増しで語ると同時に、信者間の強い団結と更なる信仰を求めた。


案の定、驚きは瞬く間にその場にいたすべての者に伝播でんぱした。

そして大神官と俺が語ったきたる人類の滅亡にまつわる話は、人々に深い絶望感を与えたようだった。


王城近くの広場に設けたこの会場には、意外にも国王パウル四世とその家臣団も騒ぎを聞きつけてやってきており、その話の内容には驚きを隠せない様子であった。


パウル四世と俺は一度目が合い、その表情からは、追放した異世界勇者のユウヤであることに気が付いたことが伺えたが、こちらはそれをあえて無視した。


「そいつは、≪救世の預言者≫などではない!」と横やりを入れてくるかと思ったのだが、協力関係にあるカルバランに配慮したのか、そこで騒ぎ立てたりなどはしなかった。



大規模集会の効果は、取り返しのつかないほど、大きなものだった。


会場に来ていた信者や王都の住人、そして各地から訪れていた行商人らの口によって瞬く間に国中に伝わり、ゼーフェルトの民の間にかつてないほどの恐怖と不安が広がった。


何せ、地上のどこに逃げても決して助からないという未曽有の天変地異である。


絶望に囚われた人々ができることは、神に祈り、その慈悲にすがることだけで、リーザ教団の入信者はこの短期間で爆発的に増えた。

富める者は、なんとか自分だけは助けてもらおうと競って多額の寄付を行い、そうでない者たちも有り金をはたいて、神の加護が受けられるという各種厄除け類をこぞって買い求めた。

加えて、俺を象ったらしい木像や本人の手書きと偽ったお札など、救世主ユウヤグッズなる新商品もなかなかの売れ行きとなったようだ。



そしてさらに大規模集会から、およそ半月後。


教団の財政はかつてないほどに潤い、カルバランは別邸でのその豪奢で不健全な生活ぶりに拍車を駆けつつも、豊富な資金の一部を元手に、世界を破滅から救うための≪救世会議きゅうせいかいぎ≫なる組織を立ち上げた。

カルバランにしてみれば、これは教団が世界の危機に対して何もしていないとの批判を避けるためのパフォーマンスなのだが、必要経費のほとんどは人件費などに限られたものであったため、そこに集中投下することで、名だたる英雄、賢者、学者などを予想以上に集めることができたようだ。


それは、人数にして百人ほど。

その全員が協力してくれるのかは定かではなかったが、カルバランがその人脈と財力を駆使してくれたおかげで、どうやら話だけは聞きにやって来てくれたようだった。


大聖堂に設けられた会場には、野に在ったはずのウォラ・ギネやマルフレーサの姿もあり、同じ≪世界を救う者たち≫に所属していたカミーロの姿は無くて、とりあえずほっとした。


この二人への招待状は俺が直に書いたものであり、他人が決して知らないようなムソー流杖術の三大秘奥義の名前だとか、古エルフの血筋であることに触れ、俺に興味を抱いてもらえるように心がけた。


「この世界の危機を聞きつけ、ゼーフェルトの各地から、遠路はるばるこうして集まって来てくれたことをまずは皆に感謝を申し上げたい。これだけ多くの名のある英傑の皆様が集まってくれたこと、その多士済々たしせいせいぶりに頼もしく思う。私は、リーザ教団の大神官にして、この≪救世会議きゅうせいかいぎ≫の最大の後援者でもあるカルバランだ」


カルバランは、冒頭のあいさつを務め、そして俺を皆に紹介した。


俺が思った以上に若かったからだろうか、場内はどよめき、疑問を口にしている者もいたが俺はそれを無視して、自らが未来からやって来た人間であること、そして俺が目にした世界滅亡の状況を説明した。


次に質疑に入ろうと思ったのだが、そこに思わぬ集団が会場に乱入してきた。


大聖堂を警護する殉教騎士団たちをまるで相手にせず、強引に会場に足を踏み入れてきたのは、大規模集会にも顔を出していた国王パウル四世とその配下の者たちだった。


国王の供をしている者たちの中には俺と一緒に異世界に連れてこられた何人かがいたが、カメクラやヒマリ、ケンジなどの姿は無かった。


「おお、これは国王陛下! このような場に大勢で、何か御用でしょうか? 先日も当教団の緊急集会に顔をお出しくださっておりましたが、すぐに帰られてしまわれたので、何かご不興を買ったのではないかと心配しておりました」


カルバランがふてぶてしい笑みを浮かべながら、国王パウル四世の前に進み出る。


臣下の礼などは取ったりせず、どうやら二人の間には主従関係などは存在していないようだ。


「大神官殿も相変わらずの精力的な活動ぶり。健勝そうで何よりだな。女神リーザが人の国の王であると名指しした当王家と、その神の代理人と定められた大神官。我らは古より手を取り合い、この国の民を異なる側面から治めてきたわけであるが、今日はその盟友とも言うべき貴方に忠告をしに来てやったのだ」


「忠告?」


「そうだ。そこにいるユウヤなる少年。彼は≪救世きゅうせいの預言者≫などではない。実は我が恥をさらすことになるのだが、異世界勇者召喚の儀の際に、おまけでやってきた失敗作の無能者なのだ。≪無職ノークラス≫の上に、ノースキル。レベルは1で、能力値もオール1という虚弱ぶりだ。カルバランよ、お前は騙されているのだ」


「そうですかな? こう見えても人を見定める目には自信があるのだが……」


「おい、バルバロス。この詐欺師の本性を明かしてやれ」


パウル四世の命令に、黒衣の騎士が前に進み出たが、その足元にひれ伏して土下座をする一人の男がいきなり後方から現れた。


それは、着物の上に羽織を着こんだ長めのバーコードヘアーの男で、髪型こそ七三ではなくなっていたが、この異世界に連れてこられたときに同じ場所にいた気がする。

名前はちょっと憶えていない。

俺のステータスを公開した時、小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた神経質そうなサラリーマンだ。


「大将軍様のお手を煩わせるまでもありません。このような雑魚の相手は、それがしで十分でございます。どうか、このイチロウ。イチロウ・タナカにお任せあれ」


そっか、この人ってそんな名前だったんだ。

だけど、服装もそうだけど、それがしって……、時代劇にかぶれすぎじゃない?


「おい、君。たしかユウヤだったな。その顔、私はしっかりと覚えているぞ。最弱ステータスのできそこない勇者。私たち誉れある異世界勇者の面汚し。私たち全体の価値を著しく下げる足手まとい的存在であるばかりではなく、今回の世を騒がす詐欺まがいの行為、まことに許し難し! なにか申し開きはあるかぁ!」


きびきびとした動きで俺の方に振り向いたイチロウとかいう人は、抜刀し、切っ先を俺の方に向けてきた。


その動きの中で、細く柔らかそうなバーコードヘアーが優雅に浮かび、そして頭皮に着地した。





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