第182話 終末ビジネス
冷静に考えれば、単純な心理トリックだ。
俺が長杖を持っているから、きっと師匠や兄弟弟子、それに類する人間がいるに違いないと踏み、当てずっぽうを言ったまでのことだ。
白装束はどこか死を連想させるし、怖がらせる意図が見え見えだ。
長い杖を持った白装束の男など俺の背後にはいない。
この目でちゃんと確認した。
「狂信者的な感じだったら話通じないかもって心配してたけど、思ったよりもちゃんとインチキ宗教家しててよかったよ。会ったばっかりだから、どんな人柄かはわからないけど、わりと損得勘定できるぐらいには優秀そうだし……」
「優秀か……。百万信徒の中からただ一人選ばれる大神官の地位にある者に向かって優秀とはな。いいか、大神官になるためには常人には及びもつかぬ精神的、肉体的苦痛に耐えねばならんのだ。容姿や能力、スキルが優れているのは最低条件。そのなかでし烈な争いを勝ち抜いた者だけが立てる信仰の頂なのだ」
「あれ? 気を悪くしちゃった? だって長い杖を持った白装束の男だとか嘘言って
「それは嘘ではない」
「……」
まじかよ。
思い当たるのはウォラ・ギネくらいだけどこの展開ではまだ生きてるし、やっぱり地縛霊か。
信心深くないから俺には見えないのかな?
まあ、見えないなら害にはならないし、まあいっか。
気にしないことにしよう。
「……話が脱線しちゃったから、その話はこのぐらいにしておこうか。ところで俺の正体を知りたがっていたけど、未来からやって来た人間だって言ったら信じる?」
「未来から……。それはずいぶんと荒唐無稽な話だな」
カルバランは顎に手をやり、訝しげな顔をする。
「やっぱり普通はそういう反応になるよね。俺がこの若さでこれだけ強いのは先の未来で習得した武芸の技術を過去にそのまま持ち込んできたからって言っても信じてはもらえないよね」
「……信じる、信じないの問題ではない。なぜ、お前は私にそんな話をする。もし仮に未来から来たのであれば、お前はこれから起こる出来事などをある程度知っているということになる。それは途方もないアドバンテージであり、私なら決してその事実を他人には明かさない。自分だけが知る未来を存分に有効利用しようと考える」
「有効利用か……。じゃあ、それがもし救いようがないほどに破滅的な未来だったらどうなるのかな。例えば929日後に、全人類、いや世界そのものが滅びるって言ったら?」
俺の言葉に驚いたのか、あきれたのか、カルバランもアーマディも何とも言えないような複雑な面持ちになった。
「俺の目的は、その破滅から世界を救う道を見つけ出すこと。本当はもっと信者を増やしてから明かすつもりだったんだけど、おたくらが協力してくれれば話が早い。どうかな、リーザ教団の広報を通じて、そのことを全信者に伝えてもらうっていうことは可能なのかな?」
「馬鹿な。そんなことをしたら、国中が収拾のつかない大騒ぎになるぞ。暴動だって起きかねないし、それに周辺国に与える影響だって……」
「アーマディ! お前は少し黙っていろ。彼は私に尋ねているのだ。お前にではない」
「……はい」
「ユウヤ君、いやユウヤよ。その世界の破滅は必ず起こると断言できるのか?」
「できるよ。残念ながらね。それがいったい何の理由で起きるのかまではわからないけど、このまま何もしなければきっと同じことが起こる。それは誰も経験したことが無い天変地異だ。天からはすべてを焼き尽くすほどの無数の炎の塊がが降り注ぎ、崩壊し地割れだらけの大地は激しく揺れた。すべてを薙ぎ倒すような突風が吹き荒れ、得体の知れない衝撃波が地上に降り注いでいた。王都は瓦礫の山になり、ほかの都市も全滅だった。何日も各地を彷徨ったけど、生きている人間はおろか生き物さえ見つけることはできなかった」
「天変地異か……。正直、信じ難いな。今のところ、私には何の予兆も感じられないが、それは確かに929日後に起こるのだな?」
「俺があんたたちに伝えたりしたことが原因で多少、変化が起きているかもしれないけど、このままだと多分、みんな死ぬ」
「……そうか。いいだろう。お前の目的に協力してやってもいいぞ」
「カルバラン様!」
「黙っていろと言ったはずだぞ、アーマディ。お前は真面目で、仕事ができる儂にとって便利な男だが、次の大神官になるためには頭の柔軟性と先を見る目が著しく欠けている。いいか、もし仮に929日後に世界が滅びるとリーザ教団が発表しても何も損害を被ることはない。終末論、けっこうではないか。民衆に恐怖心を植え付ければ、さらなる入信希望者と多額のお布施が見込める。厄除けグッズや免罪符などもバンバン売れるぞ。王国軍で十分対処できている魔王の脅威だけでは、絶望感が足りぬと考えていたくらいだったのだ。大いに脅かしてやろうではないか」
「し、しかし、もし929日後に何も起こらなかったら……」
「我らが世界の破滅を未然に防いだということにでもすれば良い。時間的には十分に余裕があるのだ。外れた時のそれらしい演出くらいどうにでもなる。それに、未来におこる破滅もそうだが、ここでこのユウヤを取り込んでおかねば、リーザ教団はもうおしまいだぞ。たった一人に殉教騎士団は壊滅寸前に追いやられ、このような場所まで侵入を許してしまっている。権威は丸つぶれとなり、信者たちもやがてこのユウヤの興した新興団体に根こそぎ奪われてしまうことだろう」
「たしかに……」
「ユウヤ、お前の要求はそれだけか?」
「えっ、ああ、そうだね。あとは国王とかにも協力要請とか注意喚起みたいなことって可能かな? 滅亡を食い止めたり、原因をつきとめるにはみんなが必死にならないと駄目そうだし、できればより多くの協力を得たいところだけど……」
「なるほどな。だが、その必要はあるまい。我らが騒ぎ出せば、その影響は計り知れないものであるし、わざわざ協力を求めなくても、世界そのものが滅びてしまうとあっては、皆必死でそれを回避しようとすることだろう。必要なのはリアリティだ。まずはユウヤ、お前を女神リーザが遣わした本物の預言者であるとする。そうすれば、このリーザ教団に一人で乗り込んできた逸話もより真実味を増す要素になるし、当教団も面子も保たれる。神の御使い相手では仕方がないからな」
「オーケー。それでいいよ。世界が破滅するって言ってるのが俺だってことにすれば、万が一、天変地異が起きなくて、妙な展開になっちゃったときにも、簡単に俺一人のせいにできるだろうからね」
「そこまでお見通しとは、恐れ入る。私はお前のことが気に入ったぞ。これで話が付いたな。アーマディ、お前は大聖堂に行って、事態の収拾を図ってこい。私は、このユウヤと今後のことを詰める」
「話がついて良かった。揉めたり、乱暴な手段はあんまり好きじゃないんだよ」
「そうか。それは気が合うな」
カルバランが握手を求めてきたので、仕方なくそれを握り返す。
「おい、お前、まだそこにいたのか」
カルバランは、ひとり取り残されたような顔で呆然としているアーマディに「早く行け!」と怒鳴りつけ、その足を蹴った。
なんかこのカルバランとかいう奴、人間的には好きになれそうにないけど、目的のためには仕方ないよね。
向こうも俺を利用しようとしているだけだし、まあビジネスパートナーみたいな感じだと思って割り切ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます