第181話 常套手段

国教になるような宗教の指導者って、どんな人物なんだろうかと少しは気になっていたのだが、想像していたよりもずっと世俗的な見た目だった。


王様が着るような豪華な刺しゅう入りのガウンを着て、一目でメタボだとわかるぽっちゃり体型だった。

目鼻立ちは整っているが、二重顎と突き出たおなかで台無しだ。

テーブルの上に並べられた豪勢な料理の数々は、聖職者の食事とは思われぬほどに肉肉しく、味が濃そうで、市場で見たこともないようなフルーツの盛り合わせまであった。


勝手なイメージだけど、人類の罪を背負い、身代わりとして十字架に架けられた聖人などのように、苦行や清貧な生活によって痩せた姿を想像していたので、ちょっと落胆した。


五十代半ばくらいの年齢で、少し白髪交じりの金髪だ。

寝不足なのか目の下に少しくまができているものの、血色自体は悪くなさそうだった。


その大神官だと思われる人物はずいぶんと慌てた様子で俺を見ていたのだが、突然、背筋を伸ばし、芝居がかったような拍手をし始めた。


「素晴らしい。素晴らしいよ。確か、≪救世の癒し手≫……ユウヤ君だったね。どうやらそこいらの有象無象の似非えせ宗教家とは異なり、君は本物のようだ。大神官たる、このカルバランが認定するよ。君は当教団の公式の聖人だ」


「えっ、そんなにあっさり認めちゃうの?」


「勿論。私は現実主義者だ。自分の目で見たものは信じるほかはない。君は、リーザ教団の厳重な警備を潜り抜け、こうして私の目の前にまでやって来た。そして、君を追って誰もこの場に駆け付けないということは、殉教じゅんきょう騎士団をことごとく打ち倒した君の姿を見て、他の者たちがすっかり怖気づいてしまったことを意味する。恐怖心に負け、私に対する忠誠心よりも、己が保身を選ぶほどにな」


「ふーん、自分の目で見たものしか信じないか……。それでよくリーザ教団のトップなんか務まるよね。女神リーザなんて、本当は見たこともないんでしょ」


「はっ、はっ、はっ。面白いな、君は。そうだ。私は女神リーザなど本当は信じていない。姿が見えず、その声も聞こえない。どんなに真剣に祈っても、救いの手を差し伸べない神など誰が信じるだろうか」


「大神官様! そのようなことを例え冗談でも……」


「うるさい。無能者は黙っていろ!」


大神官カルバランが、傍らの配下らしき若い男に手のひらを向け、握ると、その体が宙に浮き、しかも苦しそうにもがき始めた。


こいつ、あまり強そうに見えないけど、何か妙な力を持っているのか?


まるで見えない大きな手を操るような仕草をしているカルバランに対して、俺の中の警戒心は一気に高まった。


空中で藻掻く男の動きが鈍くなり、顔が青くなり始めた。


「やめろ!」


俺が声を上げると、カルバランは少し残念そうな顔をし、その配下の男を自由にした。

床に落ちた配下の男は、苦しそうにせき込みながら、すぐには立てずにいる。

なんか聖職者というよりは、映画とかで主役ができそうなイケメンだ。


「命拾いしたな、アーマディ。失望のあまり君を殺してしまうところだったが、そのユウヤ君に免じてもう一度チャンスをやろう。……まあ、ちょうどいい機会だ。そこのユウヤ君ともどもよく聞くがいい。この世の歪められた真理、隠された真実をな……」


「何を話す気か知らないけど、俺みたいな初対面の部外者にそんな大それた話しちゃって大丈夫なの?」


思いがけない展開だが、あの世界の破滅に関係する話なら、どんなものでも大歓迎だ。

有益な情報を得られそうな雰囲気だから、もう少し好きにさせておこう。


「君はもう部外者ではない。力づくで私の人生に深く関与し、遠ざけようとしてもこうして無理矢理! いつでも! 好きな時に! 私に会いに来れるだけの力を有している。護衛も警備も意味を為さず、おそらく如何なる権力も、法も、お前を縛ることはできまい。≪束縛されざる者≫、それがすなわち君だ」


「持ち上げられすぎな気もするけど、要するに観念しちゃったというわけだ」


「そう受け取ってもらっても一向にかまわんよ。私もそれなりの力を持っていると自負はしているが、ここで君と強さ比べをしても何も得が無い。リスクに対して、見合うものが得られないからな。さあ、話の続きといこう。まずはユウヤ君。君のご指摘のように、私は女神リーザなど一度もその姿を目にしたことはない。いや、私というよりも歴代の大神官の中で女神リーザの存在を感じることができたのは初代のガーマルダインだけだ。というのも初代の時代に、女神リーザはこの世界を離れてしまったのだからな。つまり、愚かな民衆は、存在してもいない神に祈り、崇め、縋り付いているのだ」


「……そ、それは本当なのでございますか?」


アーマディというらしい配下の若い男は、まるで絶望しきった顔でカルバランを見た。


「これは代々の大神官の間で継承の際に、語り継がれてきた紛れもない真実だ。我ら人類はリーザの怒りに触れ、そして見放されたと考えられている。この国が、かつて神聖リーザイア王国と呼ばれていた、もはや記録もほとんど失われた大昔の話だ。初代大神官ガーマルダインは、その当時の国王フレデリックをそそのかし、女神の住まう地下の大神殿なる場所からいくつかの秘宝、神器、秘術が書き記された経典の類などを盗み出した。願い乞うても、なかなかその求めに応じない女神に不満と苛立ちを募らせ、人間自らが神の力を手にすることで自助のための手段を持とうと考えたのだ。この王都から北西にある廃都リーザイアがその名残とされているが、女神の怒りにより、その土地を追われ、そしてのちにリーザは何処かに去ってしまったと伝わっている」


「……興味深い話だけどさ。そんな話、俺にしてどうするつもりなの?」


「……ユウヤ君。君はここに何をしに来た? 宗教活動を邪魔された報復か、それともこのリーザ教団を壊滅させにでも来たのか?」


「いや、まあどうするかはあんた次第だけどね。先に手を出してきたのは、そっちの方だし、俺は降りかかる火の粉を払いに来ただけ」


「君の実力と本質を見抜けなかった無能な配下の者どもに代わって、その件はお詫びしよう。なぜ、女神不在の真実を君に伝えたのかというと、それは秘密を共有することで、互いにうまくやっていきたいからだ。存在しもしない女神リーザを巡って、どちらが正しい教えであるのかを争うなど愚の極みだからな」


「へえ、話が早くて助かるな。でもさ、ちょっと気になったんだけど、女神リーザって本当にこの世界に関与してないのかな? 最近、話題の九人の異世界勇者。あれは女神リーザが召喚したってことになってるじゃない」


「……異世界勇者か。確かにあれは、女神リーザによってこの世界に召喚されたとは聞いているな。女神リーザを信奉する教団である以上、面と向かってそれを否定することはできないし、当教団からも多くの生贄を供出したが、眉唾な話だと思っている。女神リーザがこの世界にいないのは事実なのだからな」


「でもさ、実際にああしてこの世界に現れたわけじゃない。 それはどう説明するわけ?」


「確かなことは言えないが……そうだな。長い歴史の中で、リーザ教団が王家と袂を分かち、独立の組織となってから数百年が経つが、その時に女神の地下神殿から盗み出した宝物の分配が為された。王家側に残った神器の中にそういった効果を持つものがあったのかもしれぬし、それ以外にも我らの知らぬ別の神の加護を得ることに成功したのかもしれん。女神リーザはこの世界でもっとも強い力を持つ神ではあったが、その他にも別の神がいないわけではないのだからな」


「ターニヤとか?」


「ははっ、ターニヤか。その女神もまた実在が疑われている神だ。当教団でもかつて女神リーザの代わりを探すべく、苦労した時代があった。ターニヤはその時に交信を試みたことがあったそうだが、呼び掛けには答えなかったそうだ。無数に押し寄せる救いを求める民……。そうした者たちの欲望、懇願、救済。それらすべてに応えられなければ存続を危ぶまれる危機に陥った教団は当時、そして今尚、手当たり次第に様々な神とつながりを持とうと努めているのだ。そのための秘術や交信術は代を重ねるごとに進化し、そしてそれは今や私のものとなっている。それにしても、ユウヤ、君は女神リーザが存在しないと聞いても驚かないのだな。神々の話もすんなり受け止めているように思える。……そろそろ君の話を聞こう。本当のところ、君の正体はいったい何者だ。一目見てわかったよ。君の肉体には、我ら人間には計り知れない何かが宿っている。そして、君の背後には何かが見えるような気がする。そうだな……。君のように長い杖を持った白装束の男……心当たりはないかね?」


「うそ! 気持ち悪っ」


俺は慌てて背後を見てみるが、何も無かった。


やばい。

どっかで地縛霊でも拾っちゃったのかな。

知らないおっさんが背中についてきているとか怖すぎる。


思わず背筋がぞっとしたけど、俺は慌てて首を振った。


こうやって怖がらせたりするのが、こいつらの常套手段なのだ。

そして、心霊グッズを売りつけたり、入信を迫ったりする。


その手には乗るものか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る