第179話 笑顔が大事

女神リーザの教えなんて知ったことじゃない。


そもそも俺はリーザ教というのがどのような教義を持っているのか、まったく下調べさえしていないのだ。


俺のような人間を異なる世界から呼び寄せたりする力を持っていて、そのために生贄を要求したりしているということなど、知っていることはごく限られている。


「ぐぬ、屁理屈を!いいか、本来、我ら聖職者は、女神リーザの配偶者的な存在でもあるのだ。それゆえ、大神官職などは男に限定されている。別に女性を差別しているわけではない」


「いや、さっきよこしまな存在って明言しちゃってたじゃない」


「こ、この件についてはひとまず置いておこう。なにせ、貴様の罪状は大小百はくだらんのだ。話が長くなる」


「えっ、そんなにあるの!」


くそっ、誰だよ、盗み聞きしたり告げ口した奴は……。

この短期間で、その数は陰湿すぎだろ。


「いいか、長くなるから個別の問題は異端審問で追及するが、ざっと大別すると、戒律違反が二十九、女神リーザの名の悪用が八十一件だ。さきほどのフェナという少女についた嘘のように、『これは女神リーザが許している』、『……と女神リーザが仰っています』などのような女神様を貶めるようなもの多い。個別に見ていくと実に腹立たしいものばかりだ。清貧であるべき宗教者が、女神リーザの名を笠に着て贅沢三昧し、淫欲にふける。非常に許し難し。最後に、貴様は、治療によって料金を取らないとしながらも、多くの貢物を受け取っているな。それは本来、我が教団、この教区においては私の教会が受け取るはずであったものだ。貴様が蓄えているというそれらの財物なども没収させてもらうぞ」


「ようやく本音が出たね。そっちが本題でしょ。信者取られて、商売あがったりなもんだから、こういう暴挙に出たわけね。いいけど、俺、けっこう強いよ」


俺はコマンド≪どうぐ≫の一覧から、ザイツ樫の長杖クオータースタッフを取り出すと、それを手に取り静かに構えた。


「貴様、歯向かう気か!?ええい、ならばしかたない。少し痛い目を見てもらうことにするか。殉教騎士団の皆さん、よろしくお願いします」


どうやらこの武装した者たちは、リーザ教団お抱えの武力集団のようだ。

シモンズ司祭の口ぶりだと上下関係とかは無いのかな。


「これより異端者の身柄を拘束する! だが、抵抗を示すのなら殺しても構わんぞ。邪魔立てする者も同様だ!」


この集団の隊長格の人なのだろうか。

周囲を威圧する意味もあるのか、一人の騎士がそう声高に命令すると、他の騎士たちが一斉に俺を包囲し始めた。


「ユウヤさま!」


フェナが悲痛な叫びをあげた。

そちらを見るとどうやら彼女の父親がやってきて、争いに巻き込まれないようにその場から退避させようとしていた。


「俺は大丈夫! みんなも下がってて」


尻が四つに割れた人を巻き込まぬように、自ら少し前にでる。


他の信者たちからも、俺を心配する声が聞こえ、どうやらフェナとの秘め事の件はあまり彼らの信仰心には影響していないようだ。

医療レベルが低いこの異世界で、回復魔法を気軽に受けられない人々に対して、俺が行ってきた無償の奉仕活動はどうやら強く支持されていたようだ。


「かかれ!」


殉教騎士たちがそれぞれの得物を手に一斉に襲い掛かって来た。


やれやれ、お前たち、そんなに無造作に俺の間合いに入ってきていいのか?

そんな腕前じゃ、本当に殉教しちゃうぞ。


俺はため息をつきながら、一合も打ち合うことなく、殉教騎士たちを愛用の長杖で次々打ち据え、瞬く間に全滅させてしまう。

屈強な殉教騎士たちが何もさせてもらえずに一撃で地面に倒れていくそのさまを、群衆とシモンズ司祭は驚きの顔で見守り、そしてついには、すっかり沈黙してしまうこととなった。


「悪いね。ムソー流杖術は無敵なんだ」


まるでこのセリフを合図にしたかのように、俺がリーザ教団によって連行されてしまうと思っていた信者たちはにわかに歓喜の大合唱をあげた。


「すごいぞ。俺たちの教祖様は本物だ。本物の救世主メシアだ」

「癒しの力だけではなく、このような力もお持ちなのか……」

「今、何が起きたのか、お前、見たか?俺には何も見えなかったぞ。まさに、神の御業だ」

「リーザ教団のやつらめ、いい気味だ。俺たち貧乏人を見捨てた罰が当たったんだ」

「いいぞー。その司祭の頭もかち割ってやれ!」


叩き殺してしまわぬようにかなり手加減したのだが、それでもここにいる人々には俺の動きは、ほとんど見えなかったようだ。

殉教騎士たちも同様で、俺の攻撃の軌道を目で追えた者はいなかった。

それなりの剣技などは身に着けていたようだが、あまり実戦経験を積んでいない印象の動きだったし、これなら何人押し寄せてこようがまるで怖くない。


何回もセーブとロードを繰り返し、振り出しに戻ってばかりだったけど、それなりに日数こなして、色々と経験詰んだからかな?

こんな時でさえ、心が波立たずに、とても穏やかだ。


俺って、こんなに胆が据わった人間だったっけ?


「ねえ、あとはお前だけだけど、まだ続ける?」


俺は残されたシモンズ司祭の元へ行き、尋ねた。

シモンズ司祭はすっかり俺に気圧されて、腰を抜かしてしまっている。


「ひいぃ、暴力反対だ。私に手を出せば、教団本部が動き出す。そうなれば異端審問などではすまされんぞ」


「手を出さなくて、この件が伝わればどうせここに大勢でやって来るんでしょ? だったらさ、いっそのことこちらから挨拶に行こうかな。信者たちに手を出されても困るからね。……お前を手土産にしたら、そのリーザ教団のお偉い大神官様とやらは会ってくれるかな?」


俺は怯えるシモンズ司祭に笑顔でそう尋ねた。


そう、宗教家は笑顔が大事。……だよね?




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