第178話 宗教論争

何かに救いを求める人々の信仰の心というものは、俺が想像していたよりもずっと強く、熱心なものだった。


俺が勝手に考えた女神リーザの新たなる教えを広める新興宗教を立ち上げてはや十日。


コマンド≪まほう≫の≪回復ヒール≫による無料の治療行為のおかげもあって、信者はすでに三百人を超えてしまった。

俺の周囲には、いつも人垣が絶えることなくできていて、噂を聞きつけて治療を受けたいと希望する者が後を絶たなくなっていた。


俺の≪回復ヒール≫はどうやらアバウトにできていて、怪我だけでなく病やちょっとした体の不調にも効くようだった。

治療を求めてやってきた者たちは、皆、健康になり、笑顔になって帰っていき、その者たちの口コミがさらなる希望者を生み出していくのだ。


治療希望者が多くなりすぎて困ることにならなければいいのだがと心配していたのだが、熱心な信者たちが俺のサポートを進んでしてくれるようになっていて、衣食住も全部彼らに提供してもらっている。


この熱心な信者たちは、抱えていた病や怪我により人生の絶望の淵に立たされていた者たちで、その中に盲目だった少女フェナやその家族も含まれていた。

俺の治療行為によって、再び生きる希望を取り戻し、そして同じような苦しみを持つ他の人々を助けたいのだと無償の協力を申し出てきたのだ。


俺は、高額なお布施や寄付など要求しない。


だが、俺が望まずとも、俺に救われた者たちが、肉や野菜などの食料や衣服、それに酒などの嗜好品に至るまで、それぞれの家業にまつわる物や所持品などを、感謝の証だと持ち込んでくるのだ。


こうなってくると、それらの置き場所や治療希望者の待機所などが必要になってくるのだが、それも俺によって不治の病から救われた、余命いくばくもないとされていた豪商の信者が用意してくれた。



およそ二月ふたつき後、気が付くと俺は、この短期間の間に人がうらやむような立派な屋敷に住み、身の回りの世話をする多くの信者を抱えた教祖的存在になっていた。


信者の数もあっという間に三千人を超えたと報告を受けている。


女神リーザが遣わした≪救世の癒し手≫ユウヤ。


集まった人々は俺のことをそう呼ぶようになっていて、あまりにも多くの人間が押し寄せてくるようになったので、拠点を王都の郊外に移さなければならなくなるほどだった。


消費MPの関係から、屋敷前に長い行列を作るようになった治療希望者は、その日に集まった者のうち、症状の重い者から五十に限定することとし、緊急の場合を除いては整理券を配って対応することになった。

こうすればいつまでも行列を作る必要はなく、その管理も信者たちが行ってくれている。


俺は病院の先生のように順にやってくる患者を治療するだけなのだが、一つだけ違うのは治療場所だ。

やがて来る世界の破滅を防ぐために、早く、より多くの信者を獲得しなければならないので広場での公開治療を行っている。

実際に自分が治療を受けていなくても、こうした奇跡を目の当たりにさせることで俺の声望を高める狙いがある。

声望が高まればおのずと俺の発言の信憑性が増し、破滅への警鐘を唱えた時の効果が増すからだ。


もう少し信者が増えたら、徐々にそのあたりの発言もしていかなければならないと思い始めていた矢先、それを妨げるような出来事が起こった。


「はい、次の方。へえ~、屋根から落っこちて、尻が四つに割れちゃったの。どれ、見せてみて……」


普段のように広場で治療希望者を診ていると、突然、リーザ教団の紋章が入った祭服を着た男が会場に乱入してきたのだ。

武装した多くの者たちを従えて、すごい剣幕でギャラリーたちを掻き分け、俺の前にやってきた。


「貴様が最近、巷を騒がせている女神リーザの名を騙る詐欺師ユウヤか。≪救世の癒し手≫などと名乗っておるようだが、そのようなこと、我らリーザ教団は認めておらぬぞっ!」


「いや、別に名乗ってないし、あんた誰?」


「私は、この教区を任されている司祭シモンズだ。当教団の許しなく、このような活動をされては困る!そうそうに解散し、首謀者である貴様は大人しく我らに身柄を委ねるのだ。これから異端審問にかけさせてもらう」


「別にお金取って治療しているわけじゃないし、ただの奉仕活動ボランティアだよ。困るって言っても、何に対して困るのさ?」


「……そ、それは、とにかく、当教団の活動の妨害になっておるからだ。それに貴様はリーザ様の言葉だとしてあることないことをいい加減に世に広めてると聞く。そのような異端者をわれらリーザ教団としては捨て置くことはできぬのだ」


「いやいや、そっちから見れば異端かもしれないけど、それはお互い様でしょ。俺の目から見ればお前たちの方が異端なわけだし……」


「貴様はどこでリーザ様の教えを学んだ? 最低でもリーザ教団の神学校は卒業しておるのだろうな? 神学校で学ばざる者は、女神リーザの教えをこの国では布教できぬ決まり。貴様も聖職者の端くれなら当然知っておろう」


「そうなの? 別にいいじゃん」


「良いわけあるか! 異端者及び間違った教えの流布は火炙りと戒律で定められている。お前の身の回りの世話をしている信者の中に我らの間者を送り込み、貴様が広めている妙な教えを調べさせてもらったがそれは酷いものであった。ここに貴様が異端者である証拠や犯した罪が隙間なく記されている。読み上げさせてもらうぞ」


完全に油断してた。

リーザ教団のやつら、そんなことまでしてたのか。

はっきり言って、まったく気が付いていなかった。


「ひとつ、背教者ユウヤは『女神リーザも本当はエッチなこと大好きなんだよ』と虚言を弄し、自らの信者フェナなる少女と夜な夜な淫猥な行為にふけっているとのこと。どうだ? まずはこの件につき申し開きはあるか?」


近くで俺を手伝ってたフェナが赤面し、顔を隠す。

周囲の観客たちや信者からどよめきが起こり、「おい、どうなってんだ!」みたいなヤジも少し聞こえた。


くそっ、盗み聞きみたいな姑息な真似までしやがって。

フェナのあの時の声が大きいから、信者たちにはもう知られちゃってるんだろうなと覚悟はしていたが、このような事態になるとは……。


「……事実無根って言いたいけど、事実だよ」


「早くも認めるんだな?」


「でも、フェナとはちゃんとお付き合いしてるし、エッチしても自然なことだと思うけど……」


「馬鹿な。民を導く高位の聖職者が姦淫してはならないというのは常識だ。女は男に情欲を抱かせ、堕落させるよこしまな存在。ゆえに大神官様以下すべての司教位の宗教者は、男しかなることができず、さらに独身制を貫いているのだ。女によって堕落させられた者が、偉大なるリーザ様の教えを口にするなど、まったくけしからんことだ」


「いやいや、おかしいでしょ。リーザだって女神っていうからには女でしょ。じゃあ、リーザもよこしまだっていうことになっちゃうじゃん。それにあんた、男から生まれてきたの? 人間ってみんな、男も女も、結局は女から生まれてくるじゃないの。この中で、男から生まれてきたっていう人、いますかー?」


俺の質問に、群衆はざわめきつつも、どこか納得したような感じだった。


「それに、司教以上の役職には男しかなれないんだっけ?それもどこかおかしくないかな。女の人がなると何か不都合でもあるわけ?独身制とかも意味わかんないけど、別にそんなの強いなくても良いじゃない。男の人と女の人が仲良くしないと、生き物的に人類が滅びちゃうわけだし、これは最初から神様がそういう風に作ってる証拠でしょ。俺とフェナがエッチなことしたって人にとやかく言われる筋合いはないね」



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