第177話 世を救う道
「その目って、最近見えなくなったの? 」
「いいえ。幼い頃に道を歩いていて、暴れ馬にぶつかってしまい、その時に頭を強く打ってしまったのですが、その怪我が原因で視力が著しく低下し、しばらくすると完全に見えなくなってしまったのです。わたしのこの目のせいで、治療や祈祷のための多額の寄付や奉仕活動をせねばならず、家族はとても苦しんでいます。教団の神父様の話ではどうやら、わたしの前世の罪が災いを呼び寄せているらしく……」
家族を苦しめているのは、目が見えなくなったことや前世の罪ではなく、リーザ教団だと思うが……。
「ああー、もういいよ。でも結局、寄付しても治療してもらえないんでしょ。なんで寄付を続けているの?」
「それは毎年の初めに、大神官様自らによる奇跡を数名の者が受けられるという≪
なんか、うさんくさいな。
一晩ぐっすり寝たら、MP回復するわけだし、そんな回復魔法があるなら、年に一回じゃなくても、毎日やればいいのにね。
そうすれば信者全員が救われると思うけど……。
「あのさ、フェナ。少しいいかな?」
俺は、手のひらをフェナの額に当て、コマンド≪まほう≫の≪
負傷以外にも、かつてテオとかいう執事が長年患っていたらしい痔も治せたから、同様に効いてくれるといいのだが……。
フェナは一瞬、ビクッとなって警戒するような顔をしたが、俺の手から、淡い緑色を帯びた清らかな光がその頭全体を包み込むと、穏やかな表情になり、そしてすぐに瞼を開けた。
「えっ、嘘……。わたし……目が見えてる!」
「良かった。病気とかだったら試したことないからわからなかったけど、頭の怪我が原因ということだったから、もしかしたら治せるんじゃないかなと思ってさ」
「ユウヤさん、いえ、ユウヤさまはもしかしたら女神リーザ様がお遣わしになった聖人、あるいは神の御使いなのではないのですか?」
フェナは興奮した様子で俺に縋り付いて来て、顔を紅潮させながら目を潤ませている。
「いや、違うと思うけど……」
「私はこの目で奇跡を目の当たりにしました。あなたこそ、女神リーザ様の奇跡を体現された方……。リーザ教団の僧侶の方が何度試みても治せなかったわたしの目をこんな一瞬で……」
「フェナ!」
少しくたびれた感じの男が、驚いたような顔をして、ふらふらと近づいてきた。
「フェナ、お前……、その目は、見えているのか?」
「お父さま、わたし、見えてるよ。このユウヤさまが、わたしの目を治してくださったの」
「おお……、ユウヤさまとおっしゃるのですね。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
フェナの父親らしい男性は、娘を強く抱きしめたまま、その場で号泣していた。
「わたしゃ、見たよ! この少年が、手かざしで、フェナの目を治す一部始終を。ありがたい光が、ばぁーと手から出て、それはもう神々しい光じゃった!」
近所の人なのか、見知らぬ老婆が周囲の人に向かって大声で呼びかけた。
「おお、俺も見たぞ。神々しい光がその少女を包むのを!」
「わしもじゃ。ああ、ありがたや、ありがたや」
気が付くと俺の周りにはちょっとした人だかりができており、人々は口々に「女神リーザの御使い」だの「救世主」だのと、指さし騒ぎ立て、俺を拝む人までいた。
その光景を見ながら、俺はあることを思いついてしまっていた。
世界の破滅に対して、俺にもできることがあるかもしれないと。
例えば、俺が、996日後に世界が滅亡すると、いきなりただ騒いでも誰も信じないだろう。
ゼーフェルト人ではない異国人の風貌をした無名の俺がいうことなど、はなから耳を傾けてもらえないだろうし、へたをすると世を騒がせたとして捕まったりもするかもしれない。
だが、それが女神リーザの言葉であるとすればどうだろうか。
今みたいに人助けをしながら奇跡と彼らが呼ぶような行為を続け、聖職者としての名声を高めつつ、リーザ教徒たちの心を掴んでいったなら、女神リーザからの預言だということで信じてもらえないだろうか。
これから訪れる危機を世の人々が知って、それを回避しようと動き出したなら、俺一人がどうこうするより、きっと効果的にちがいない。
マンパワーを使う。
これだ!
信者が大勢増えて発言力が高まれば、国やリーザ教団も俺の話に耳を傾けるしかなくなるだろうし、そうなれば軍や認定勇者以外にも、ウォラ・ギネのような野にいる各地の
俺より頭のいい偉い学者や賢者と呼ばれるような人たちなら、あの天変地異の原因をつきとめられる可能性もあるから、そっち方面にも強く働きかけてみよう。
本当はリーザ教団を動かさせれば一番なんだけど、ああいう大組織を自分の思い通りにできるまでには相当、時間がかかってしまいそうだし、そうなると周知が遅れてしまって対策がとれない。
あとおよそ996日だから、二年と266日ぐらいか。
ちょっと草の根運動的になってしまうけど、信者を増やつつ、地道に警鐘のための活動をして、世界の破滅についてみんなに知ってもらおう。
できれば国の境を飛び越えて、全人類が結束できるようなムーブメントを興せればそれが、理想ではあるのだが、まずはこの国だ。
何をしたらいいか、まったくわからなくて絶望しかけてたけど、少し世界を救う道が見えた気がした。
「……皆さん、聞いてください。たった今、神の声が俺に降りてきました。俺はこう見えて、実は偉大なる女神リーザの真の教えを人々に伝えるべく、この世界に遣わされた預言者だったらしいです。その証拠に、今皆さんが目撃したような奇跡を起こすことができますが、皆さんの中で古傷や怪我で苦しまれている方はいませんか? リーザ教団のように多額の寄付を要求したりはしません。もしよかったら、無料で治して差し上げますよ?」
俺は穏やかな笑みを浮かべながら、周囲に呼びかけた。
人に感謝されながら、世界も救えるって一石二鳥じゃないだろうか。
父さん、母さん。
俺……、異世界で新興宗教始めました。
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