第175話 楽園の小部屋

「はあ? これでラストなの? 散々隠れて逃げ回ってたのに、敵の本拠地に一人で乗り込んでいくなんて、馬鹿なの? しかも不老不死なんだから、わざわざ自分から乗り込んでいかなくても、上の幹部を差し向けるとか、寿命でみんな死ぬまで様子を見るとか色々勝ち筋あったじゃない!はあ……、でも面白かった。ラスボスもちょっとおバカだけど、そこが人間みたいに不完全でキュートというか。さて、次は何を読もうかしら」


ターニヤは、某人気漫画の全巻読破の余韻に浸りながら、ヘッドフォンを外すと、ここ二日は着っぱなしのパジャマのまま、寝台からのろのろと降りた。

寝台の上には、漫画の単行本が無造作にたくさん置かれていて、今外したばかりのヘッドフォンからは、お気に入りのアニメソングの音が漏れ出ている。


ガンガンガンッ。


いきなりドアを叩く音が聞こえて、ターニヤは思わずその場で飛び上がってしまった。


「ひぃぃ、良かった。今日はちゃんと鍵かけてた……」


つい先日、通販で買った「地球発、大人気漫画全巻お取り寄せセット」を受け取るために宅配の下級神の応対をしたばかりであり、普段ならついうっかり鍵をしないことも多いのだが、たまたまちゃんと鍵とチェーンをしておいたようだった。


しばらく、来客者など来る予定はなかったはずだが、こんな地底深くに誰が来たのだろう。


外に置いたガーディアンは何をしているのかと急に腹が立ってきた。


ガンッ!ガンッ!……ガンッ!!


「ひえっ」


最後の一発でドアがへこみ、歪んだ。


「わあ! ちょっと待って、ドア壊さないで……」


「ターニヤ、何回、私にドアを叩かせるつもりなのかしら? いるならさっさと開けなさい!」


それは、高位管理女神に昇格し、この惑星を離れていた姉のリーザの声だった。


「お姉さまでしたのですね! 今開けます。ごめんなさい。少し、忙しくて……」


慌ててドアに駆け寄ろうとしたが、蹴破られてしまう。


「きゃあ!」


吹き飛んできたドアの勢いに負けて、その場に尻餅をついてしまう。


恐る恐る目を開けるとそこには、ビシッとしたビジネススーツに身を包んだ姉リーザの姿があった。

その美貌のこめかみに青筋を立て、普段は優しい目をしているのが吊り上がってしまっている。


こんな形相の姉を見るのは、元カレのペイロンと大喧嘩をしていた時、以来だ。


リーザはその手に持っていた六刀流剣士像の首を、床に放った。


「ご、ごめんなさい。す、すぐに開けようと思ったのよ。でもちょっと仕事が取り込んでて……」


「仕事が……ね」


リーザの視線が、山積みの漫画と、「残響!」と叫ぶヘッドフォンを舐めるように移動する。


「そんなことより! お姉さま、このような場所まで一体何の御用ですか? きっと、お忙しくしていらしたのでしょう? 遠く離れた IZUMOいずもの地はどんな感じの場所……」


「だまらっしゃい!」


「ヒエッ」


「ターニヤ、あなた、このニーベラントで今、何が起きているのか、把握していますか?」


「えっと、はい。本日は快晴。平和そのものです!」


ターニヤの答えに、リーザは思わず拳を振り上げそうになるが、すぐに力なく肩を落とし、ため息をついた。


「……ニーベラントはたった今、滅びの最終局面を迎えようとしています。死滅率99.9%、惑星の核自体も損傷し、もはやこの世界自体の消滅は確定的です」


「そんな、まさか……。だって、私の作った完璧な警備システムは何も知らせてきていませんよ。ほら、見てください。FAXファックスには、何も届いていない。……って、嘘! 紙、きれちゃってる。いつから? 嘘? そんなぁ……」


ターニヤは急に全身の力が抜けてしまって、へなへなとその場に座り込んでしまう。


「ようやく、事態が呑み込めたようですね」


「お姉さま、なんとかならないのですか? お願いします。どうか、そのお力で、この世界を今一度、お救いください!」


「……それは、もはや上級女神にまで至った私にも不可能です。この状況を回避するには、時を巻き戻し破滅を回避するか、惑星のコアを修復し、仮復旧をした後、新たに創造したコアと交換するなどの対処法が考えらますが……」


「リーザお姉さまは、そのどちらもお出来になったはずですよね?」


「たしかに、万全の状態の私であれば可能だったはず。ですが、なぜか私の≪神通力≫がかなり消耗してしまっていて、回復には少なくとも千年ほどはかかってしまいそうなのです。残念ですが、この星はもうあきらめざるを得ない。残業は適度でしたし、週休もできるだけ二日は取るようにしていたのにおかしいですね……。私は一体、何に≪神通力≫を使ってしまったのでしょう?」


「そうだ! お姉さまが遺していってくださった≪異世界勇者召喚するための神器≫! アレを使えば、なんとかなるんじゃ……」


「無理ですね。もう少し早ければ、破滅自体を止めることができたかもしれませんが、この状態を原状回復できるような類の力を持つ≪神意体しんいたい≫は存在していません。気付くのが遅すぎた。これは完全に私の失点です。事態が明るみになれば私の積み上げてきたキャリアはお終い。降格神事は免れないでしょう……」


「そんな……。バカ、バカ、私のバカッ! 私みたいなポンコツ、この世界のかわりに消えてなくなってしまったらいいんだ」


絶望のあまり、ターニヤは自分の頭を叩き出してしまった。


「馬鹿な真似はおやめなさい。あなたが、そのようなことをしてももう何にもなりませんよ」


「お姉さま、ごめんなさい。本当にごめんなさい」


ターニヤは溢れる涙を止めることができずにリーザの豊かな胸に顔を埋めた。

リーザはその愚かな妹の頭を撫でてやり、力なく微笑んで見せた。


そして、リーザはふと気が付く。


既視感デジャビュのように、このような場面をかつて体験したことがあるような気がすることに。


妹の大失敗は今に始まったことではなく、何度もこうしてあやしてあげたものだが、そういった過去の記憶とは違う。


上級女神たちの中でも高位に位置する自分であるがゆえに感知し得る何か別の……。


そうだ。私はこれと同じような場面を一度体験しているかもしれない。




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