第174話 ラストページ

俺のはるか頭上で光る何かがふたつ、ぶつかったように見えた。

凄まじい衝撃音と共に大気が震え、突風が巻き起こる。


そして、地上に向かって無数の業火の塊が降り注ぎ、そしてそれとほぼ同時に黒い閃光が衝撃波を伴って地上を蹂躙した。


俺は、為す術もなくその余波を受け吹き飛ばされてしまう。


理力りりょく≫を最大限にみなぎらせていたおかげで、傷は軽傷で済んだが、こんなのが続けざまに来て、直撃でもしようものなら、ただでは済まないのは身をもって実感できた。


どこかに身を隠さなければ。


ふと振り返り、原生林のある方を見たが、もはやそこにあった結界は崩れてしまったのか、森林火災と先ほどの衝撃波で、もはや見る影も無くなってしまっている。


俺は、この天変地異によって崩壊したと思われる岩山の折り重なった岩盤の陰に身を潜め、この途方もない災厄が過ぎ去るのを待つことにした。

避難場所にするには、不安定な地形で崩落によって生き埋めになる可能性もあったが、とにかく先ほどのような現象を直接身に浴びるよりはマシだと覚悟を決めた。


おそらくこの周辺、いやもしかすると地上には、もはや安全な場所などないのかもしれない。


「よりにもよって、なんで継承者になれたその日に、こんなことが起こるんだよ。ツイてなさすぎだろう」


俺は嵐が過ぎ去るのをじっと耐える小動物のように、岩の隙間でひたすら待ち続けた。


七日七晩。


凄まじい天変地異は続き、結局、俺は安全な場所を求めて、避難を繰り返す羽目になった。


時折、大地が激震したかと思うと、様々な場所の岩盤や地層が隆起し、最初に隠れた場所にはすぐにいられなくなった。


謎の天変地異が止んだ頃には、もはや地上の風景はすっかり様変わりしていて、体験したことのない静寂が辺りを支配していた。


風の音も無く、鳥のさえずりや小動物の動く音はもちろんのこと、何かが身動きする音さえも皆無だ。


全てが制止し、その活動を止めたかのような錯覚に襲われた俺は、思わず有らん限りの大声で叫んでしまった。




荒廃し、生命の気配を感じることができなくなった地上を俺はただひたすらに駆けた。


一体、この世界に何が起きたのか。

それを確かめるべく王都があったはずの場所をまず訪れたのだがそこはもう瓦礫の山となっており、王城があった辺りには底が見えないほどの巨大な穴が空いていた。


ここに住んでいた者たちの屍は、どこにも見当たらず、焼け焦げて、完全に炭化した何かが時折、瓦礫の陰にあるのを見つけるのがやっとといった感じだった。

それが何であるのかは原形をとどめておらず、また家具などの成れの果てである可能性もあったので断定はできない。

そのぐらいの火勢であったということなのだろう。

石材の瓦礫も表面が解けた形跡があった。


「誰か、いませんかー? 生きてたら返事をしてください!」


そういう呼びかけを最初の方はしていたのだが、途中でやめた。


無人の廃都に、俺の声が響くばかりで虚しくなったからだ。



その後、何日もかけて生存者を探したが誰一人見つけることはできなかった。

ハーフェンにも、バレル・ナザワにも、そして国境を越えたヴァンダン王国にも生きた人間は見つからなかった。


マルフレーサが住んでいた森も焦土と化しており、その姿はおろか亡骸さえ見つけることができなかった。


こうして各地をできるだけ巡ってみたのだが、ある発見があった。

時折、原形を留めた死体もいくつか見つけることができたのだが、外傷が無い死体もあったのだ。

この世界で何が起こったのか、ますますわからなくなった。


「のども乾いたし、腹……減ったな」


俺は何もない荒野に大の字になり、雲一つなくなった無駄に青い空を呆然と眺めた。


水を飲もうにも、井戸や川は干上がっていて、水たまりのような物さえ見つけることができなかった。


植物も動物も、魔物たちでさえも死に絶え、その姿を見ることはできない。


土をちょっと掘って調べてみたのだが、地面に生息している蚯蚓みみずのような小動物も死んでいて、これはいよいよ生き残ったのが自分だけであったのかと絶望した。


水も食料もないし、このままだと俺もいずれ死ぬ。


「……まあ、いっか。一旦、リセットしよう。また、ロードすれば全部元通りだし、何も起こらなかったことになる」


俺は、記帳所セーブポイントの部屋に飛び、≪ぼうけんのしょ3≫の「はじまり、そして追放」をロードすることを決意した。


せっかく努力して第十八代継承者になれたのにな……。

幻になってしまった。


そういった未練が不思議と湧いてきたが、俺はかぶりを振ってその未練を追い出す。


どのみち、この展開は詰んだのだ。

こんな荒廃した世界でひとり、継承者だ何だと言っても虚しいだけじゃないか。


そもそも最初は、ムソー流杖術を完全に会得したらロードするつもりだったのだと自分に強く言い聞かせた。




「セーブポインターよ。よくぞ参った。吾輩は、記帳所セーブポイントの妖精、名前はオ、オォ、オ……」


「オ?」


「オ、オゥ……、駄目だった」


「残念だったね。俺の方も残念な結果になった。早速で悪いけど、今の状況を≪ぼうけんのしょ1≫にセーブしてほしいんだよね。三番をロードする予定だけど、もしかしたら後で色々と調査したくなるかもしれないし、一応記録しておきたい」


「……それは不可能だ」


「えっ、なんで?」


「その≪冒険の書≫を見てみろ」


見事な一枚板の座卓の上に載った一冊の本を、妖精の爺さんは指さし、俺はそれに素直に従った。


おそるおそるその本を開いてみると、以前見た時とは異なり、すべてのページに文字がびっちり書かれており、余白がほとんど無い。

少し読んでみると、各ページには俺が弟子入りしたこと、修行していた時の様子などが一日一ページずつ簡潔に書かれていて、ちょっとした日記のようになっている。

前回ロード前の出来事については一切書かれていない。

最後のページにはスキルの≪ポイント交換リスト≫があり、下のページ表記によるとそれも含めて全部で999ページだ。


「もう残りページが無い!」


「そうだ。今日、この日を記録できるページは無い」


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