第173話 リミット999
それから、またさらに一年半以上の月日が経とうとしていた。
ちゃんと数えてないけど、季節の移り変わりからだいたいの日数だ。
「見事だ、ユウヤよ。もはや儂が、お前に教えることは何もない。今日より、ムソー流杖術、第十八代継承者を名乗るが善い」
「はい。師匠から得た教えの数々、決して忘れません。本当に、ありがとうございました」
俺自身とても驚いたのだが、こんな言葉が素直に口から出た。
生まれてから今日までで、初めてすべてをやり切ったという達成感が俺の胸の内に満ちていて、それが自然と吐き出された形だ。
遊ばず、怠けず、二回脱走しかかったが思いとどまり、すべての修業を終えた。
「いや、本当にユウヤはがんばったっす。最初の頃は、絶対に途中で飽きて逃げ出すと予想してたのに、本当に驚きっす!」
自分でも驚きだった。
ムソー流杖術の≪武≫の方の技法は割と何とかなったのだが、≪想≫と≪念≫、すなわち≪
常人をはるかに上回る量の≪理力≫をコントロールするのは、これまでの歴代継承者の歴史でも実例がないことのようだったので、教える方も一苦労したようだ。
ムソー流杖術の三大秘奥義は、≪
どれも消費
だが、俺はそれすらも自分のものにすることができた。
タマヨの記憶を頼りに、初代たちの正確な身体動作やコツ、ニュアンスをウォラ・ギネの指導に加えたことで、俺の中でよりオリジナルに近い三大秘奥義が再現されたことになる。
こうして名実ともに第十八代継承者となった俺は、ムソー流の経典や秘伝書が納められた祠の裏にある
この洞穴は、俺たちが寝泊まりした場所であり、手で掘り進められたかなり奥の方まで長くつづく、広い空間がある。
扉で封じられた最奥には、継承者だけが見ることを許されている、とあるものが安置されているらしく、ウォラ・ギネはそれを俺に一人で見に行くようにと伝えてきたのだ。
不動明王に似ているが、三宝荒神という名前であるらしい三面六臂で逆立った頭髪の神様が彫られた石の扉を開き、中に入るとそこには一体のミイラがあった。
肉は削げ落ち、髪の毛ももはや残っていない。
岩の壁を背に座禅を組み、ただじっと虚ろな眼窩で俺を見ている。
ムソー・ゴンノスケ。
俺と同じ地球からこの異世界にやって来て、ムソー流杖術の開祖となった人物の即身仏だ。
「第十八代継承者、
俺は目を閉じ、そして静かに手を合わせた。
どのくらいの時間そうしていただろう。
物言わぬムソー・ゴンノスケに向き合い、生前はどんな感じであったのだろうと想像を働かせていると、大きな地震が起きた。
ちょっと記憶にないくらいの強い揺れで、揺れ方もなんだか少しおかしい。
震度で言ったら8以上はゆうにあるんじゃないか。
うわっ、こんな洞窟の中で生き埋めになったらヤバいじゃん。
おっさんの死体と二人っきりで永遠に地中の中なんて、相手が初代様でも嫌だ。
酷い揺れが続く中、慌てて外に出てみた俺は、外の様子に思わず息を呑んでしまった。
「ユウヤ……、大変なことが……」
タマヨの体が透き通ったまま、ひび割れ、崩れかけてしまっている。
ウォラ・ギネは、ひどい傷を負ったまま、仰向けに倒れ、ピクリとも動かない。
周囲の自然豊かだった原生林には炎が広がり、木々は薙ぎ倒され、見る影もない。
見上げた空は、赤黒く染まったまま明滅し、雲が異様なほどに速く移動している。
「タマヨ! なにがあった?」
「……わからないっす。空が突然、ピカッとなって、すべてが……揺れた……っす……」
それだけ言い残して、タマヨの体が光の粒子になり消えてしまった。
俺は、タマヨを抱き支えようとしたが、儚く腕の中で消えてしまった。
背中を中心にほぼ全身が焼け焦げたウォラ・ギネの心臓は止まり、呼吸も止まっていた。
「クソッ、何が起こっているっていうんだよ!」
ウォラ・ギネの瞳を閉じてやり、俺はその場から駆けだした。
このホウマンザンにやって来た時は、新緑のドームのようであったのが、今は燃え盛る炎のトンネルのようになっていた。
熱と倒木、そして不規則に起こる大震動で走りにくいことこの上なしだ。
俺は、≪念≫の力で体内に宿る≪
「
MP125消費にもかかわらず、俺がありったけの全ての≪理力≫を普通にぶっ放した威力と同等以上の破壊力を有するエネルギー波だ。
球状のエネルギーの中に、≪理力≫の特殊な螺旋流動が起こっている。
気配や生き物の≪理力≫がその方向にないことは一応、確認はした。
というよりも、この原生林の全体から生命の気配がほとんど消え失せている感じだった。
地平の先までの障害物と炎が一瞬で消し飛ぶ。
巻き添えを食った動物とか虫とかいたら、……というよりたぶんいると思うけどごめんなさい。
俺がこんなに慌てているのには理由があった。
俺が聞いた話では、このホウマンザンがある原生林には、タマヨのような精霊や土地神の成れの果てのような存在が多く隠れ住んでいるようで、人間が住む他所の土地とは比較にならないような結界が張られていたのだとか。
そんな場所で、このような被害であったなら、他の地域、例えばマルフレーサが住むハーフェン地方や、アレサンドラたちがいる王都などはどうなってしまっているのか。
俺は気が気でなかったのだ。
この凄まじい揺れと破壊の様子から、異変が原生林周辺だけの規模だとは到底思えない。
原生林を抜けたところで、俺は絶句した。
生き物はおろか草木の一本も生えぬ、見果てぬ焦土が広がっていたのだ。
以前ここに来る途中で世話になった集落のあたりまで来てみても、家屋のがれき一つ見当たらない。
塵と灰、溶けた岩石類に焼け焦げた大地。
ところどころで激しく光る不気味で異様な暗赤色の空。
それが広がる景色の全てだった。
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