第172話 永遠のモラトリアム

「ユウヤ、何度言えばわかるっすか。ユウヤはすぐ自己流に走ってしまいがちになるっす。ユウヤに合ったように応用するのは良いとしてもまずは、確かな基本の型を身に付けるのが先っす。足の開きは半歩広く、腕はこうっす!」


早いもので、俺がこの聖地ホウマンザンを訪れてから早くも一年近くが過ぎた。


初代から十七代続くムソー流の歴代継承者たちの動きや技を長年見続けてきたタマヨは、まさに生きる奥義書のような存在で、こうして手取り足取り細かい部分の指摘をしてくれている。


「ギネも、ちょっと違うっす。手の返しはこうで、指の力をもっとうまく使うっす」


「そうか、すまん。これでいいか?」


ここに来てからのウォラ・ギネもこんな調子で、これでは師匠として形無しである。


とはいえ、実戦に即した技術の指導はタマヨにはできず、頼っているのは型についてだけだ。


今、俺が取り組んでいるのは伝承者として、正しい技の在り方を身に着けることだ。

MP10の技を、あえてMP10の使用で、伝承にある本来の技の通り再現するといった感じの修業をしている。


この異世界の人々と異なるMPの仕様を持つ俺がこんなことをして何になるのかとも思うが、その技本来が持つ意図と効果を身をもって体験することは、個々の技の理解やムソー流杖術の体系全体に対する理解が増すことにつながるようなのだ。


何より俺がまだ教わっていない三大秘奥義の習得のためにはこの過程が絶対必要なのだというから、俺としては従わざるを得ない。


また途中で投げ出してしまうんじゃないかと最初は心配していたが、新たな気付きや達成感がある毎日は、思ったよりも悪くなかった。


女の子と遊んだり、おいしものを食べたりできないのはつらいけど、この禁欲を解放した時はさぞ素晴らしかろうと、その時をひたすら楽しみに修行に耐えた。



元の世界にいた時は、なんでもすぐ諦めて、途中で投げ出してしまっていた俺だったが、それには俺なりの理由があった。


勉強もスポーツも人並で、別に特別苦手だったわけではなかったが、何かをやろうと挑戦した時に、それが自分に向いてないと分かってしまった瞬間に急にやる気が冷めてしまうのだ。


努力を続けても何者にも成れないのでは、やる意味が無いんじゃないか。

俺に向いてる他の何かがどこかにあるんじゃないのか。


やる気の保留。進路の保留。行動の保留。


高校時代までの俺にはいつもこの保留が付きまとった。


一定の猶予期間。モラトリアムっていうんだったかな。

いつになったら終わるのかわからないこのモラトリアムを、俺は物心ついたときからずっと続けてる気がした。


この異世界にやってきてから、大きく違うのは能力値の概念だ。


≪きようさ≫というもののおかげで、元の世界にいた時よりも新しい技能の習得速度がはやく、一目見ただけでだいたいの動きや技は覚え、再現することができた。


そのおかげで、俺には向いてないと落ち込むことが無く、逆にやっていて楽しかったりするのだ。


できるっていうことがこんなに素晴らしいことなんだと、俺は今、そのことを噛みしめている。


ここまで来たら、その三大秘奥義とやらもマスターしたいし、できると自分を少しだけ信じられるようになってきた。

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