第171話 聖地ホウマンザン

ホウマンザンは、南の港湾都市ハーフェンから船に乗り、海岸伝いに北西に向かってずっと行った先の、そのまたはるか先にある原生林の中にあった。

ゼーフェルト王国の西の果て、ポルティアという港町まで船で行き、そこからは北へ徒歩での移動となる。

山深く木々生い茂るこの原生林には人の手や文明が入ったことは無く、一番近い集落からでさえ、常人の足では十日ほどもかかってしまう。


この原生林には、多くの神々や精霊が隠れ住むという伝承が残っているらしく、付近の住人は畏れて近寄りもしない。

途中立ち寄った集落では、この原生林の中に目的地があると聞いた者たちから、そこに近づくのはやめるように滾々こんこんと説得を受けたほどだった。


ちなみに野心旺盛なゼーフェルトの歴代の王たちも幾度か、その領土拡張の野望から開拓に乗り出したのだが、なぜかすべて失敗に終わったらしい。

この原生林と領土を接する他の国々もまた同様で、この地は周辺諸国の間の西の緩衝地帯の役割も担っているようだ。



「うわー。めちゃくちゃ空気がキレイだ。こういうのって、森林浴っていうのかな? なんか元気になってきた気がする!」


大地を覆うほどに伸びた木の根や計り知れない樹齢の巨木群には苔がびっちりと生えていて、微かに漏れ落ちる日の光と薄暗い原生林が、なんとも幻想的な光景を生み出している。

野生の動物たちもその声を潜めているかのような厳かな静寂。


なるほど、確かにそうした神や精霊が隠れ住んでいても不思議はない雰囲気だ。


ホウマンザンは、この原生林の中ではそれほど深くはない場所にある小山のことで、その麓には鳥居であるとしか思えない古びた構造物と山頂に続く石の参道があった。


誰が作ったものであろうか。

参道の脇には、苔生こけむした古い石像群があり、独特の雰囲気を醸し出していた。

一つ一つの姿はどれもユーモラスで、この地に隠れ住むという神々や精霊たちの姿なのであろうか。


参道を上った先にあったのは、石造りのほこらとその背後の洞穴。

祠の前には平らにならされた拓けた地面があり、ここが歴代継承者たちの修練の場になっていたらしい。


ここでふと妙なことに気が付く。


まるで原始の時代にタイムスリップしたかのような原生林の風景と比べて、この祠の周辺、そして参道の様子などは明らかに人の手による手入れが行き届いていて、落ち葉一つ落ちていなかったのだ。


そのことを怪しく思った俺は、目を閉じて、周囲の気配を探るべく感覚を研ぎ澄ました。


祠の陰に、誰かいる。


俺はダッシュして、その祠の裏に回り込んだ。


「うわっ、お前、誰っすか?ぼ、暴力はやめてほしいっす」


そこにいたのは、ゼーフェルトなどでは見ない赤い着物のような変わった服を着た小学校高学年くらいのみための女の子だった。

おかっぱ頭を抱えて、しゃがみ込み、怯えた瞳で俺を見ている。


「あっ、ごめん。脅かしちゃった?」


「めちゃくちゃ驚いたっす。こんな場所に、人間が何の用っすか。ここには金目のものとか、何にもないっすよ。あっ、まさか、タマヨのことをイジメにきたとかじゃないっすよね?」


「いやいや、そんなことしないよ。そんなことより、君は一体……」


「おい、ユウヤ。年寄りを置いて、勝手にどんどん先に行くでない。おお、タマヨ!ここにおったのか」


俺のあとを追って、ゆっくり参道をやって来たウォラ・ギネが思わず顔をほころばせ、少女に声をかけた。


「ギネ!」


少女はウォラ・ギネの顔を見ると満面の笑みを浮かべ、駆け寄り、抱き着いた。


「師匠、その子のこと知ってるの?」


「ああ、このタマヨは、このホウマンザンの守り主。この小山の精霊じゃ」


「精霊!じゃあ、人間じゃないんだ……」


「ああ、この地でホウマンザンとムソー流杖術の長い歴史を見守り続けてくださっている有難い存在だ。タマヨ、この者はユウヤと言って、儂が定めた新たな後継者だ」


「後継者……。じゃあ、ギネはもうじき死んでしまうのか。よく見れば、ギネはだいぶ萎んでしまった。人間は萎むとすぐ死んでしまう」


ウォラ・ギネを見上げるタマヨの目に涙があふれる。


「いや、まだそれほどすぐには死なんさ。この通り、まだ元気だからな。タマヨ、この地には継承のための修業に訪れた、しばらく厄介になるぞ」


ウォラ・ギネは、タマヨの小さな頭を撫でながらやさしく言った。


俺はその光景を眺めつつ、このムソー流の聖地であるホウマンザンで、これから行われるであろう過酷な修行がどのようなものかに思いを馳せ、珍しく身が引き締まる思いだった。


部活の時みたいに、途中で諦めることにならなきゃいいけど……。







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