第七章 異世界求道者

第170話 師匠

何ができて、何ができないのか。

実際にその目で見て、判断してもらおう。


俺は、かつてウォラ・ギネに学んだことのすべてを、ウォラ・ギネ本人の前で実演してみせた。


構え、基本動作、型、そして奥義。

演武の形で、ウォラ・ギネの目でも追えるぎりぎりの速さで披露した。


抑制していた≪理力りりょく≫も全開にし、仕上げとして、MP50ほど消費して、≪土竜叩頭どりゅうこうとう≫という技で地面に連続でクレーターを作って見せた。


この技は本来、威力よりも速さに重きを置いた打ち下ろしの技で、地面を転がって回避する相手を追撃するための技だ。

打ち付けた杖頭の反動を利用して、最小の動作で、連続で攻撃を繰り出す。


この技を選んだのは、この異世界にいる他の人間たちと違って、技の種類に寄らず≪理力≫ことメンタルパワーの増減を自在に加減できるところを一目で理解してもらうためだった。


土竜叩頭どりゅうこうとう≫の基本消費MPは3で固定されていて、ウォラ・ギネがこの同じ技を使った場合は、この威力は当然、出ない。

俺以外の人は、≪理力≫を込めて殴るが消費MP1らしいので、≪土竜叩頭どりゅうこうとう≫はその三倍の消費量に見合う程度の技だということになる。


俺の場合は、使用するMPを選ぶことができるので、基本技だからと言って、それより上位の技の方が強いとは一概に言えない。

状況と技固有の消費MP効率によって、常に変わる。


そうなって来ると新たな技を学ぶ必要性が疑わしくなってくるが、習得した技が増えれば攻防の動きのバリエーションや、戦闘における瞬時のアイデアなどが増えるのは間違いない。


「たまげたな……。正直、現時点でもお前は儂より強い。グラッドなどよりも、ムソー流杖術の習得が進んでおるし、何よりその出鱈目な≪理力≫の大きさよ。この強さでまだ上の強さを求めているとは恐れ入ったぞ」


どこか感慨深げに感想を漏らしたウォラ・ギネに、俺は自らが抱えている事情をある程度、思い切って話してみることにした。


自分は未来からやって来た人間で、ムソー流杖術は未来の世界にいたウォラ・ギネに教わったとした。

そして、魔王と戦うことになり、死闘を尽くしたが、敗れ、気が付いたときには過去の世界にやって来てしまっていたという感じに簡潔に説明した。


セーブポインターに関することなどを伏せ、必要な部分だけを語るとこんな感じになってしまうが仕方ない。


だが、通常、誰が聞いても、荒唐無稽な作り話のようにしか聞こえないこの話をウォラ・ギネは真剣な顔で聞き、そして深く頷いていた。


「信じられない話だが、おぬしを実際に目の当たりにすると信じぬわけにはいかんな。何よりおぬしには、そのような噓を儂に吐く理由が無い。おぬしが体得しているムソー流杖術は、間違いなく本物であるし、本当に儂が教えたとしか思えない形跡もある。未来から来たという話も普段ならばとても信じられないが、如何なる神の気まぐれか、あるいは何か大事な意味があるのか、あの魔王がらみの話であれば決してありえないことではないという気もする……」


「話が早くて助かるよ。とにかく、修行が途中の段階で魔王にコテンパンにやられたから、ウォラ・ギネに修行の続きをつけてほしいんだけど、お願いできるかな?」


「それは、こちらとしても願ってもないことだ。老境に入ってもなお、ふさわしい後継者が得られなかったことを歴代の継承者たちに詫び続けるような日々を送っておったし、案外、おぬしを使わしてくださったのはそうした方々や初代にして創始者であるゴンノスケ・ムソー様かもしれんな」


違うけど、都合がいいから、そういうことにしておこう。


「二百年以上も続いているとされる一子相伝の武の極致を儂の代で絶やしたとあっては死んでも死に切れぬとこであった。どうか儂の弟子になり、ムソー流の火を絶やさず、後世に継いで行ってくれ」


良かった。

修行をつけてもらう件はどうにかなりそうだ。


俺は改めて自己紹介し、ウォラ・ギネを師と仰ぐことを誓った。



「なあ、ユウヤよ。ひとつ聞いても善いか? 」


「はい、師匠」


とりあえず師匠とだけ呼んでおけば、普段通りのしゃべり方でも大丈夫そうなのは前と一緒かな?


「うむ、善い返事だ。お前、さきほど、儂に魔王とはすでに一度戦って、負けたといったな。それだけ強くても、魔王には及ばんかったのか?」


「うーん、まったく敵わないというほどではないと思うんだけど、強さの底が違うというか、まだ奥の手をもっていそうなんだよね。それに善戦はしても、最終的には地力の差が出て負けるみたいな、そんな感じを受けた。あいつ、でかくて力が強い上に硬いし、……しかもおれと同じくらい速いんだよ」


「なるほど……。かつて我ら≪世界を救う者たち≫も魔王打倒のためにその居城を目指したことがあったのだが、その話が本当であれば、全員が命を捨ててかかっても、戦えば敗れておったかもしれんな。正直、あの時の面子で総がかりになっても、ユウヤ……お前に勝てる気がせん」


ウォラ・ギネは腕組みしたまま、難しい顔をした。


「……なあ、ユウヤ。師として、これは口にしてはならんことだと思うが、それほどの次元の戦いにおいて、人間の生み出した武技など役に立つのであろうかのう。修行の続きをこれからつけてやるとして、儂はお前の力になってやることができるであろうか?」


「師匠、ムソー流杖術が魔王に通用していたのは間違いないよ。それは俺が保証する。師匠が教えてくれた杖術のおかげで、あいつの攻撃の大半は凌ぐことができた。もしすべての修業を終えていたら、勝敗はわからなかったと思うよ」


「……そうか。ではさっそく修行を開始するとしようと思うが、その前にここを引き払わなくてはな」


「えっ、引っ越すの?」


「ああ、お前を鍛え上げるのにふさわしい場所がある。ムソー流杖術の創始者ゴンノスケ・ムソーの終焉の地にして、我ら継承者にとっての聖地、ホウマンザンだ」


ウォラ・ギネはそう言って快活に笑うと、俺の背を叩き、「まずは飯にしよう」と家のある方向に促してきた。

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