第167話 心頭滅却

魔王の黒炎ダーク・フレイム!」


膨れ上がり、迫る黒い炎に対して、俺がとった最初の行動は、マルフレーサへの≪回復ヒール≫だった。

俺の≪回復ヒール≫は、先ほど自分に使ったときの様に手のひらを当てなくても、視界に入っている相手に、確実なイメージを持てるならば発動可能だ。

手で触れた時ほどの強い回復力は望めないが、身動き一つしないマルフレーサがかなり重傷である可能性も考えると、少しでも生存のための助けになればと考えたのだ。

マルフレーサのことだから、死んだふりしていることも考えられたが、彼女の消えゆく≪理力りりょく≫がそれを否定している。


俺の体から、淡い緑色の回復の光が球状になって、マルフレーサの方に飛んでいった。


そして、それとほぼ同時に行ったのは≪理力≫を使った防御だ。


本当は、フルパワーでの最大威力の奥義で魔王の攻撃を迎え撃つつもりであったのだが、それは急遽キャンセルした。


魔王が発した「私の第二形態」という言葉。


魔王の形態が、人型と魔竜人型の二つしかないのであれば、第二形態などという言葉を使うはずはないんじゃないかと、ふと気になってしまい、ここで全力を出すという選択に迷いが生じた。


つまり、アニメの敵キャラなどでよくある第三形態なるものが存在するんじゃないかと不安になってしまったわけだ。


もし、魔王が今以上の力を隠していて、さらに今の状態で全身全霊の攻撃を受けきることができたならば、消耗しきった俺には完全に打つ手が無くなる。


だから、今の俺がまず考えなければならないのは魔王を倒すことではなく、人質のマリーをどうにか助け出して、≪場所セーブ≫でここから全員無事に退避することだ。


「心頭滅却! 火もまた涼……、熱っちぃ!!」


武器破壊を防ぐときに得物に≪理力りりょく≫を帯びさせる時の要領で、気合入れて防御したが、やはり熱いものは熱い。


しかも魔王の黒炎ダーク・フレイムはまるでヒルのように俺の体にへばり付き、継続的に身を焼いてくる。

ガードに使った両腕を中心にあちこちの皮膚が焼けただれていく。


くそっ、ただの炎とは違うのか。


「油断したね。その炎はただの炎じゃあ、ない。魔竜の吐く炎に、魔界の神の力を加えたものだ。君だからこそ、そのぐらいで済んでいるが、常人であれば一瞬で消し炭になる威力なんだよ。さあ、魔界の神の力に君がどれだけ抗えるのか、見せてもらおう」


魔王は、当初の穏やかさはどこへやら、興奮した様子で残忍な笑みを浮かべている。


「ぐあぁあああ。駄目だ。≪理力りりょく≫が、黒い炎に浸食されていく!」


慌てて≪回復ヒール≫を自分に使ってみたが、癒しの速度よりも黒い炎の延焼力の方が上回っているのか、焼け石に水という感じだ。


その時、マリーを羽交い絞めにし、拘束していた鳥顔の魔人が声にならない悲鳴を上げた。

頭部が魔王のそれとは違う赤い炎に包まれていて、マリーそっちのけで床で転げまわっている。


見るとマルフレーサが、苦しげな表情で立ち上がっていて、俺の目をじっと見つめていた。

人質は任せろという意思が伝わって来た。


見てなかったが、あの鳥頭を包む炎は、マルフレーサの攻撃魔法か。


「……マルフレーサ、ファインプレーだ」


何かしてくると警戒したのか、一瞬、魔王が何か慌てた表情をしたが、もう遅い。


俺は≪場所セーブ≫で、リンディ・キャピタルの城壁のすぐ外に瞬間移動した。

もちろん、マルフレーサとマリーも一緒にだ。




視界が古びた砦の広間から、見覚えがある拓けた景色に変わる。


良かった。

どうやらうまく逃げれたらしい。


「ユウヤ!」

「ユウヤさん!」


マルフレーサたちが慌てて俺の方に駆けよって来て、地面に仰向けに倒れた俺の顔を覗き込もうとする。


「二人とも……近づいちゃ駄目だ。この黒い炎はただの炎じゃない。触れた者、すべてを焼き尽くそうとする」


俺の両腕が炭化し、崩れ始める。

そして黒い炎は、まるでまだ焼け焦げていない場所を探してでもいるかのように俺の体を這って移動し、全身を焼き尽くそうとし始めた。


「ユウヤ、待ってろ。今、私が……」


マルフレーサは、杖先に魔力を集中させ、解呪や氷魔法を使って、黒い炎をなんとか消そうと試みた。


「……駄目だ。この炎は私では消せない。そうだ! ユウヤ、お前の回復魔法なら、この邪悪な炎を消せるかもしれないぞ」


「……それは、もうやってるよ。≪回復ヒール≫と≪理力≫のおかげで、このくらいで済んでいるんだ。でも、もうそろそろMP切れだ。限界だよ」


「……ユウヤ、すまない。全部、私の落ち度だ。魔王を、あの男の本質を見誤った。許してくれ、ユウヤ。愚かな私を……」

「ごめんなさい。私が捕まったりしたから……。本当にごめんなさい」


マルフレーサは大粒の涙を流していて、傍らのマリーも濡れてぐしゃぐしゃの顔をしている。


「気にしなくていいよ。ドジったのは俺だから……。むしろ、独断で話し合いぶち壊して、ごめん……」


「ユウヤ、死ぬな! 私をもう一人にしないでくれ、ユウヤ!」


脳に酸素がいかなくなったのか、完全に≪理力≫が尽きたのか、俺はここで意識を失い、そして闇が訪れた。




「おお、ユウヤよ!死んでしまうとは情けない!」


もうお馴染みとなってはいたが、この声、久しぶりに聞いた気がする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る