第163話 順調すぎる旅路

マルフレーサが、収納魔法による異空間から出した旧ゴーダ王国領近辺の地図を頼りに、魔王がいるという城に向かってひたすら進む。


魔王城は、今はもう滅んでしまったらしいゴーダ王国の都にあった城をそのまま使っているそうで、おおよその場所は地図上に記してあった。


そう、この地図は、かつて勇者マーティンが率いた≪世界を救う者たち≫というパーティが魔王討伐のために用意したもので、当時の注意書きやメモのような走り書きなどがそのまま残っていた。


「マルフレーサは、この魔王領には来たことがあったんだよね? 」


「ああ、もちろんだ。もっともその時は、ゼーフェルトの北の国境から侵入し、魔王城に至る途中で引き返すことになった。もう十数年ほど前のことになるが、私自身は魔王城をこの目では見ていない」


「そうなんだ……。その時も、こんな感じだったの? 魔物とかって見かけるけど、全然襲って来ないし、こんなに楽々と進めるなんて、さすがに想像してなかったよね」


俺の言葉に、マリーも頷いた。


「いや、その時は魔物たちの熾烈な襲撃が相次ぎ、何か月もかけて少しずつ進むことになった。こんなのんびりした感じではない。魔物たちの屍を越えての過酷な旅であったのだ。仲間たちの多くが傷つき、命を落としかけた者もいた」


「その時って、私の両親はもうパーティから離脱してたんですよね?」


「ああ、そうだ。マリーの両親はデキ婚で早々に離れることになったからな。だが、おかげであの仕組まれた悲劇の連鎖に巻き込まれずに済んだ」


マルフレーサはそれだけ言うと口をつぐんでしまった。

何か物思いにふけるような表情をしていたので、さすがのマリーも気を使ってか、それ以上は尋ねなかった。



その日は魔王城への進路上にあった村の廃墟で一夜を過ごすことになった。

五十軒ほどの家屋がある集落だったようだが、人影はなく、魔物の気配もない。

一番大きくて、頑丈そうな廃屋で、この夜を過ごすことにし、竈も使わせてもらうことにした。


今晩の食事は、コマンド≪どうぐ≫のリストにストックしていた「できたて弁当(各種)」などとマルフレーサ作の野菜スープだ。

この魔王領を目指す前に、食堂や屋台でテイクアウトした料理や野菜、肉などの食材を≪どうぐ≫のリスト内に記録セーブしておいたので、この人数なら、贅沢しなければひと月やそこらは余裕だ。

弁当は味が飽きないように複数種類、味が違うものをできるだけ揃えている。


ちなみにマルフレーサは、森での自炊生活が長かったせいか、とても料理上手で、適当に作っているように見えながら、この野菜スープも絶品だった。


「それにしても、あなたのその何もないところから物を出す特技スキル、便利ね。それって、お姉さまの収納魔法とは違うの?」


「さあね。俺自身、まだよくわかってないこともあるし、それはマルフレーサに聞いてよ」


「ユウヤは秘密主義だからな。私も詳しくは教えてもらってはいないが、見たところ私の収納魔法の完全上位互換であるのは間違いない。この料理など、まさに作りたてのような状態のまま保存されているし、あんなに大量の酒樽などはとても入れておけない。私の収納魔法では時間の経過による劣化は防げないし、容量も限られているのだ」


「本当に不思議ね。あなたの実力とその力があれば、どの国もきっと放ってはおかないと思うけど……。ねえ、この任務が終わったら、ヴァンダン王国に仕官しない?我が国の軍事力は飛躍的に向上すると思うし、私がお母さまに言って、推挙してもらうわ」


「仕官なんて絶対にごめんだね。そういう面倒なことになるから、見せたくなかったんだよ。さあ、もうこの話はこれでしまいにしよう」


これで、コマンド≪どうぐ≫に関する話は打ち切ったのだが、夜はまだ長く、他に娯楽もないので他愛のない話をして過ごすことになった。

マリーがいるので、マルフレーサとエッチなことをするわけにもいかず、こうなるといよいよこの任務を早く終わらせて、元の気ままな生活に戻りたくなってきた。


「ねえ、ふと気になったんだけど、この村ってさ。何で廃墟になってるのかな。魔物に襲われたとか、戦争に巻き込まれたみたいな様子はないし、住人だけどこかに消えたみたいな感じだよね」


「うむ、それは私も気になっていた。かつて私が魔王領に来た時には、国境を過ぎた先の村々には戦禍を免れた人々が普通に暮らしており、決してこの廃墟の様になってはいなかった。この村がたまたま何かの理由で廃村になったのか、あるいはそうでないのかはこの先の村々を訪れればわかると思うが……」


「マルフレーサ、その……人々が普通に暮らしていたっていうのが分からないんだよね。これだけ魔物がたくさんいる土地で、人間って暮らしていけるものなのかな? むしろ、この村みたいに住むことを放棄されたりしてた方が納得いくというか……」


「そう言われてみればそうよね。私もお姉さまに話を伺うまで魔王領に人なんか住んでないって思ってた。だって、ヴァンダンでさえ騎士団が定期的に魔物狩りしたり、巡回警備しなければ、作物や住民に大変な被害が出てしまうし、そのあたりの治安維持とかはどうなってるのかしら」


「人と魔物が共存し得るのか。常識的に考えて、そういう疑問を持つのは当然であろうな。だが、そのあり得ぬ状況を生み出し得るからこその魔王なのだ。この魔王領にいるほとんどの魔物たちは決して領民やその家畜などを襲うことはない。むしろ、魔王領の外からくる侵略者や一部の手に負えない魔物などから領民たちを守る存在であるのだ。それゆえ、魔王領に暮らす領民たちは、魔王を崇め、魔物たちに深く感謝していた。初めて、我ら≪世界を救う者たち≫がこの地に足を踏み入れた時、このありえない状況に違和感を覚えつつも、何のために魔王領にやって来たのかその目的を見失ってしまうほどに困惑したよ。ゼーフェルトで聞かされていた話とは、まるで異なっていたからな」


「そっか、それで引き返すことになったというわけね。なんか、話を聞く限り、魔王って、それほどの極悪人でもないような気もちょっとしてきたな。なんか、人間と魔物を合体させたりして魔人を生み出してるっていう話が気になるけど、なんとか話くらいは聞いてくれそうな感じがしてきたよね」


「まあ、善人か、悪人かは、実際に会ってお前たちの目で判断すれば良い。そうだ、これから魔王領を進む上で、ひとつお前たちには教えておかねばならんことがある」


「なんですか、お姉さま」


「うむ。それは魔物についてだ。さきほどこの魔王領には一部の手に負えない魔物がいると言ったのを覚えているか?」


「言ってたね。つまり、魔王の言うことを聞かない魔物ってことでしょ」


「少し違うが、大きな意味ではそうだ。この世界にいる魔物は大きく二種類に分けることができる。一つは、魔王が創り出した魔物。もう一つは、今は滅びたも同然とされている魔界から、過去に地上に逃れてきた魔物だ。魔王によって生み出された魔物は、本能よりも魔王の命令や意思を優先し、逆らうことは決してない。だが、魔界より出でし魔物たちは、あくまでも古より存在した魔界の野生生物であり、魔王の影響が及んでいないことがほとんどだ。先ほどマリーを襲った≪脳食いブレインイーター≫や魔王領の外で徘徊している様な魔物たちがそれなのだが、この先はそれを考慮に入れておいてほしいのだ。魔王が生み出した魔物は、魔王や魔人の命令を理解し、軍隊のようなある種の統率の取れた動きをしてくることがある」


「なるほど、本能に委ねて暴れるだけではないということですね」


「そうだ。今のところ、我らに襲い掛かってくる気配はほとんどないが、魔王や魔人の命令とあれば、それこそ自らが死ぬことも恐れずに牙をむいてくる。油断だけは、とにかくせぬことだ。死を恐れずに向かってくる魔物は手強いぞ」


マルフレーサの言葉にマリーは真剣な表情で頷いていたが、俺はこれまでの話を聞いて、ある疑いを持つと同時にまったく別の可能性を考えていた。


魔物たちが、それほどまでに魔王の意を汲み、領民を守ろうという動きをしていたという話が本当であれば、それこそもっと戦闘が行われていてもおかしくはなかったのではないか。


俺たちはどう見ても魔王領外からの侵入者であり、領民と間違われることなどありえない。

ここまでの道中で魔物が襲い掛かって来ないのは、それこそ魔王か魔人が手出ししないように命令をしているからではないのだろうか。


そして、その推測が正しいとするならば、俺たちの存在とその行動は、魔王サイドにはもうとっくにバレているということになる。




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