第161話 OPPIROGE

ドラゴンというのは、翼が生えた大きな蜥蜴とかげで、火とか吹くんだろうぐらいの認識しかなかったから、マザードラゴンを目の前にした俺はとにかく度肝を抜かれてしまうことになった。


「竜の降り立つ庭」まで乗って来た飛竜たちなど比べるべくもない巨躯、そして深い知性を感じさせる瞳、そして何より驚いたのは俺たちと会話することができるということだった。


銀色に輝く鱗に覆われたその立ち姿も、どこか神々しく気品に溢れている。


『人間たちよ。 次の≪さい≫の時期は、まだずいぶんと先であろうに、一体どのような用件で我を訪れた?』


それは直接脳に響いてくるような声で、その大きく裂けた口から発せられているものではない。


「マザードラゴン様、私は≪天空の騎士≫メアリー・ヴァンダーンの血を引き、現国王であるコーデリアの孫のマリーと申します。本日は、この天竜山脈を越え魔王領に向かう許しを得たく思い、こうしてまかり越しました。我がヴァンダン王国は今、とても危うい状況にあり、その打開策として、どうにか魔王領に向かわねばならないのです。どうか我が願いお聞きと届け頂きたく……」


マリーの懇願に合わせて、俺はコマンド≪どうぐ≫の一覧から、預かってきた「最高級樽蒸留酒」30個を出現させ、地面に置いた。


マリーには、この貢物をどうやって運ぶのか説明してなかったのでかなり驚いたらしく、目を大きく見開いて固まってしまっている。


『この芳醇な香り……。さすが、コーデリアはわかっておるな。ふむ、これはありがたく贈り物として受け取っておこう』


「……そ、それでは、願いは叶えていただけるのでしょうか?」


『願いも何も、そのようなこと、我の許しが無くとも自由にするがよい。この山に住む他の竜たちも、そこにいる少年の為すことには、いちいち腹を立てたりはすまい』


マザードラゴンはいきなりその前足で俺を指さし、少し口角を引き上げた。


「えっ、俺?」


『そなた、それとそこの白き獣からは今は滅びし、≪幻妖界げんようかい≫の懐かしき匂いがする。それに、それほどの力を秘めたる者に対して挑みかかるほど、この天竜山脈に住む竜種はおろかではないということだ。いずれにせよ、我はお前たち人間のいざこざなどには興味はないし、好きにするがよかろう。我としても、子らをいたずらに失いたくはないゆえ、念のため、お前たちには関わるなと釘をさしておく。さあ、これで用は済んだのであろう。我は、これより琥珀色の至福のひと時を過ごさせてもらう。さあ、もう行け』


マザードラゴンは、そういうと俺たちにはもう関心がないとばかりに、蒸留酒の詰まった樽に首を伸ばし、鼻を鳴らした。


気が変わられても困るので俺たちはその場を後にして、住処となっていた洞窟から出た。



俺たちは、「竜の降り立つ庭」を目指して、来た道を引き返していたのだが、もう少しでそこに辿り着くというところで、またマリーが因縁をつけてきた。


「ねえ、ちょっと……。あなた、いったい何者なの? マザードラゴン様は、竜騎士の≪職業クラス≫を持つ私には何の関心を示していなかったのに、あなたのことは認めていた感じだった。おばあさまも、お母さまも妙にあなたに気を使っている感じだったし、そんなこと今までなかったことよ。さっきの酒樽を一瞬で出した手品もそうだし、何よりそのふてぶてしい態度、怪しすぎるのよ、あなたは!」


こいつ、一体何なんだ?

いい加減にウザくなってきた。

ルックスは可愛くても、こういう女子は本当に苦手だ。


「さあね。そんなこと俺に聞かれても困るよ。帰ったら、お母さんに直接聞いてみたらいいじゃないか」


「あくまでも白を切るのね。お姉さまの仲間だっていうからには、それなりに腕は立つんでしょうけど、本当にみんなが口を揃えていうほどの実力者なのかしら? 私の目には、とても隙だらけの様に見えるし、ちっとも強そうだって思えないのよね。ねえ、ここで私と手合わせしてもらえないかしら? 」


「いやだよ。手加減するのが面倒くさいし、それに俺は女の子に暴力振るわない主義なんだ」


「やけに自信たっぷりなのね。まるで、最初から私なんかじゃ相手にならないみたいな口ぶりじゃない。私こう見えても結構強いのよ。まだ見習いだけど、正規の竜騎士にだって引けを取らないんだから」


「いや、別にそんなつもりじゃないよ。マリーの方が強いってことでいいからさ、さっさと魔王領に行っちゃわない?ねえ、マルフレーサからも何か言ってよ!」


助け舟を出してもらおうとした俺に対して、マルフレーサは、普段よりもかなり大きいサイズになったブランカの背に優雅に腰を下ろしたまま、にやにやしているだけで、何も言ってはくれない。


「男でしょ! 覚悟を決めなさいよ。さあ、構えて。行くわよ」


問答無用とばかりにマリーは腰の剣を抜き、俺が見たことがないような奇妙な構えをした。


腰を低くして、剣を水平に両手で支えるような感じで、顔の横においた独特の構えだ。

ひょっとして、竜騎士特有の技か何か出してくる気なのかな?


「何をしてるの? さあ、構えなさい!」


「いや、俺はこのままでいいよ。多分杖で殴ったら、お前、死んじゃうし」


「ど、どこまでも人のこと、馬鹿にして。あんたみたいに軽薄そうな男なんて、絶対に後悔させてやるんだから!」


マリーは驚くほどの跳躍力で空高く舞い上がると、何もないはずの空中を蹴って、そこから急降下してきた。


舞い上がった時に、ピンクのレース下着が丸見えになり、それを思わず凝視してしまった俺は、心なしかしもの毛の影がうっすらと透けている気がして、集中力を乱してしまった。


まさか……、相手をパンチラで幻惑し、その隙に相手を倒すという技なのか!

竜騎士恐るべし。


マリーはそのまま鋭い剣の切っ先を俺に対してまっすぐ伸ばしてきており、完全に殺す気満々であるように感じた。


そして頭の方から落ちてきているものだから、上着の隙間から胸元でもちらりしないかと期待したが、胸当てがしっかり隙間を塞いでおり、さすがにそれは無かった。


マリーの剣先が俺の頭にぶっ刺さる直前、俺はその刃を右手の人差し指と中指で挟んで止めた。


胸チラもあったら、やられていたかもしれない。


「うそでしょ?」


マリーの体幹もかなり鍛えられているようですぐには倒れず、束の間、空中でバランスを取ろうとしたが、ついには断念し、剣を手放して、地面に尻もちをつく。

これはもしかしたら、わざと俺にパンチラするために突っかかって来たのではないかと思えるほどのおっぴろげであった。


俺はそのまま剣を空中に放り、回転して落ちてくるその握りグリップを掴んで、逆に切っ先をマリーの顔の前に向けた。


「もう、やめよう。俺、野菜の名前をした戦闘民族の人たちと違って、どっちが強いとかまったく興味ないから」


そして、すぐに持ち方を変えて、握りをマリーの方に向けて奪った剣を返してあげた。

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