第160話 竜の住処

天竜山脈はヴァンダン王国と魔王領を隔てるようにして連なる十を超える峰からなる。

その山容は恐ろしい竜の歯並びを連想させ、その山々に足を踏み入れようなどという者はごく限られている。

魔王領方面に越えて行こうという命知らずがいるはずもなく、しかも山々には野生の竜たちが住み着いて縄張りとしていることは、この国に住む者にとって周知の事実であるため、分別のあるものならば誰も近寄ろうとはしないのだ。


天竜山脈には、ヴァンダン王国の祖であるメアリー・ヴァンダーンの竜騎士としての相棒であった騎竜が今なお住んでいて、人々からはマザードラゴンと呼ばれて、畏れ敬われている。

ヴァンダン王家とマザードラゴンの盟を含んだ交流は今なお続いていて、竜騎士が駆る騎竜の提供と引き換えに、酒、家畜、貴金属などの供え物が、毎年の「竜に感謝する日」の行事の際に王室の者によって送り届けられているのである。


そうした行事を除いては、付近の狩人でさえ足を踏み入れぬ天竜山脈を訪れ、しかもこの地のぬしとも言うべきマザードラゴンに会おうという無謀とも思える人間三人と四つ足の獣一匹の姿が、最も高き山の八合目付近にある「竜の降り立つ庭」にあった。




表向きは竜騎士団の訓練に見せかけて、この八合目まで竜の背に乗せてもらってやって来た俺たちだったが、マザードラゴンとの取り決めで、この先は下位の竜の侵入を禁じられているとのことだったので、ここからその竜の住処すみかまでは徒歩で山登りをしなければならない。


魔王領を目指す俺たちがわざわざマザードラゴンを訪ねることになった理由は、この天竜山脈を越える許しを得る必要があったからだ。


竜は誇り高く、縄張り意識が高いため、いかに交流があるヴァンダン王家所縁の人間であっても勝手に足を踏み入れることは許されていない。

リンディ・キャピタルからこの「竜の降り立つ庭」までの限られた飛行ルート以外は、人間の侵入を許されてはおらず、その禁を破った場合は、ここに住む竜たちによって如何にされようとも文句は言えない取り決めになっているそうだ。


余計な争いは避けたかった俺たちはマザードラゴンの喜ぶ貢物を持って、その住処になっている洞穴を目指した。


「ちょっと、あんた。また、私のスカートの中、のぞいたでしょ!いやらしい視線感じたわよ」


道案内のため傾斜のある上り坂の先頭を行くマリーがスカートのお尻の部分を押さえながら、顔を真っ赤にして振り返った。


「いや、覗いてないって。そんなに気になるんならスカートタイプじゃなく、ズボン

穿いて来ればよかったじゃないの。虫に刺されたりするし、どう考えても登山には適さないだろ、その恰好」


皮製の防具とケープマントを身に着けてこそいるが、下半身は丈の短いデニムっぽい生地のスカートで脛を防護する金具のついた長靴を履いている。


ちなみに今日の下着は白ではなく、薄桃色のちょっと大人っぽい感じだ。

ヴァンダンの裁縫技術は進んでいて、かわいいレースの模様付きだ。


「わ、私がどんな服装しようが、あんたには関係ないでしょ。とにかく足元見て歩きなさいよ。許可なく視線を上げないで」


「おい、おぬしら。もうじきマザードラゴンの住処に着くのだろう。そろそろ他愛のない言い合いはやめて、静かにせぬか。機嫌を損ねてしまうぞ」


マルフレーサはさすがにじゃらじゃらとした装飾品の類は外していて、ドレス姿からおニューのローブ姿に変わっている。

細かい銀糸の刺繡にふちどられたシックで、上品な黒のローブだ。


これも山登りにはあまり向いてないと思う。


マルフレーサの注意を受け、口数を減らした俺たちはまもなく苔生こけむした岩肌に空いた大きな穴の入り口に辿り着いた。


「着いたわよ。ここは人間用の出入り口。マザードラゴン様は寛大なお方ではあるけれど、失礼のないように気を付けましょう。とくに、アンタ! 気を付けて頂戴!」


マリーはマルフレーサには絶対にしないような険しい顔で俺を睨んだ。


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