第159話 女王の願い

「ま、魔王と手を組むですって……。そんなこと、できるわけがないでしょう。 あんた、どういう頭してるの? 」


やはり、最初にケチをつけてきたのはマリーだった。


こいつ、何だって俺に食って掛かってくるんだ?

まさか、俺のこと、好きなのか?


「どういう頭って、こういう頭だけど」


「魔王は、魔物たちを操り、人間の国を次々と滅ぼしているのよ。今は、ゼーフェルト王国が狙われているけど、かつてはゴーダ王国、それにその周辺の小国たちがその魔の手に落ちたのをあなたは知らないの?」


「ふーん。でもさ、そんなの人間だって同じようなことやってるじゃん。おたくらの国だって、国境を巡って領土争いしてるんでしょ」


「一緒にしないでよ! それにあなた、邪悪な魔王と手を組むなんて、神聖なる女神ターニヤがお許しになるはずがないわ」


「ターニヤ? リーザじゃないの?」


あまりにも意外な名前が出てきたので、俺はついマルフレーサの方に解説を求める視線を送ってしまう。


ターニヤって言ったら、あのリーザイアの地下神殿にいた駄女神だめがみだよな。


「ユウヤ、このヴァンダンはリーザ教徒の国ではない。この国の祖であるメアリー・ヴァンダーンを異なる世界から呼び寄せたのは、リーザの姉妹神とされる女神ターニヤなのだと言われており、かつてこの地を恐怖に陥れた悪魔をそれによって退けたことで、人々の根強い信仰を得たという経緯があるのだ」


「そうなんだ。あのポンコツがねぇ……」


「ポンコツ?」


「ああ、ごめん。こっちのこと。まあ、どっちにせよ、魔王と手を組むっていうのは気にしなくてもいいよ。余所者の無責任な戯言だから。マルフレーサ、そろそろおいとましよう」


俺は席を立ち、声をかけたが、マルフレーサは腕組みしたまま動かない。


「ソフィア、魔王と手を組むというユウヤの案は、一考の余地があるやもしれんぞ。というより、他に手はないのかもしれん」


「お姉さま! お姉さままで何をおっしゃるのですか!ねえ、お母さま、なんとか言ってください」


だが母親のソフィアは、声を張り上げるマリーの方を見ることは無く、マルフレーサの目をじっと見つめ、そしてしばし思案した後に、静かに頷いた。




女王との謁見も済んだし、お茶会もお開きになったので、俺は城からさっさと出ていこうと考えたのだが、それに失敗した。

マルフレーサとソフィアは久しぶりの再会ということもあってか、なかなか話が終わらず、仕方がないのでブランカと戯れながら待っていたところ、思わぬ提案が持ち上がり、俺の目論見は阻まれた形になった。


なんでも女王陛下のご厚意で、大賢者マルフレーサを歓迎する宴が催されることになり、今日一日はどうにか城に滞在していってほしいということになったのだ。

マルフレーサは一国の主からの歓待を拒むのはさすがに失礼であろうともっともらしい理由を言い、俺にも一緒に残るように説得してきた。


俺としても、この国の贅を尽くした料理や酒、おもてなしがどのようなものか興味がないわけではなかったので、一晩くらいならいいかと思い直したのだが、これが受難の始まりになろうとは、この時は思いもしなかった。


宴は小規模の身内中心のアットホームなものだったが、さすがに主催者が女王陛下ということもあり、料理も酒も豪華だった。

畜産業が盛んであるという話の通り、分厚いステーキや骨付き肉の煮込みなどが供され、目の前で料理人がバーベキューをふるまってくれたりした。

酒は麦酒などのほか、飲んだことのない蒸留酒がいくつか供され、俺は気分を良くしてベロンベロンになるまでその夜は、マルフレーサと共に大いに楽しんだ。

女王陛下は高齢のためか、わりと早々に退席され、その後は、この国のロイヤルファミリーやその縁者たちと歓談したが、そこにはなぜかソフィアとマリーの姿は無かった。

それが少し不思議ではあったのだが、酔いが回って来ると次第にそんなことはどうでもよくなってしまった。


そして翌朝も日が高くなるまで、用意された豪華な広い部屋でのんびりと過ごし、用意された食事を楽しんだり、城内を案内してもらったりと、おおよそ今まで受けたことのない素晴らしい待遇だった。


楽しかったし、さて帰ろうかと思っていると、部屋に女王陛下の娘であり、竜騎士団の団長でもあるソフィアが、玉座の間に来てほしいと自ら呼びに来た。



玉座の間に行くと、先日とは打って変わって、どこか物々しい雰囲気が漂っていた。

コーデリア女王の周囲には、重臣たちが侍り、ソフィア以外にも身分が高そうな武官が何人か混じっていた。

城でも何人かすれ違っていたが、人間だけじゃなく、別種族の亜人たちも登用されていて、エルフやドワーフ、それと全身青い毛並みの獣人族などもいた。


ソフィアの傍らには、しっかりと武装し、旅装に身を包んだマリーがいて、なぜか俺の方をさっきからチラチラ見ている。

目が合うと、すぐに目をそらし、俺が視線を外すとまたこっちを見るのだ。

何か様子がおかしい感じがした。


「ユウヤさん、昨夜は楽しんでいただけましたか?」


コーデリア女王だけは昨晩と変わらぬ気安さで、やわらかな表情のまま、俺に声をかけてきた。


「はい。料理もお酒もおいしかったし、それに、なんていうか懐かしい感じがしました。家族団らんというか家庭的というか温かくて、料理の味もどこか馴染みがある感じで最高でした」


「そうですか。それはよかった。あなたはすぐにでもこの城から帰りたそうな顔をしていましたし、ひょっとしてこの国のことをあまりよく思っていないのではないかと心配してました」


「いや、そんなことは……」


そんなことは特にない。

むしろ、ゼーフェルト王国なんかよりはよっぽどマシだと思っている。


「……ユウヤさん、あなたにたってのお願いがあるのです。どうか聞いてはいただけないでしょうか」


コーデリア女王の顔が急に真剣な感じになった。


「……お願いですか?」


俺はもうこの時点で何だか嫌な予感がしてきていて、昨日の歓迎の宴はそのお願いとやらの為のものだったのではないかと疑わしく思い始めていた。


「はい。ソフィアから聞いたのですが、あなたは昨日、魔王勢力と手を結ぶことを提案されたそうですね」


「いや、提案なんてものじゃないですよ。適当に思い付きを口にしただけで、それはもう忘れてください」


「思い付きなどと謙遜を……。あなたは年若いですが、素晴らしい発想の持ち主でもあるようですね。あなたの発案をもとに、そこのマルフレーサ殿が、迷える我らの取るべき道を示してくれました。無理を言って、この城に留まっていただいたのは、その策を採用すべきか重臣たちに諮る時間が欲しかったっためで、あなたにそのことを伏せていたこと、どうか許してください」


マルフレーサが?

しまった。謀られた!


俺は、横に控えているマルフレーサを睨んだが、その当人はどこ吹く風、してやったりといった表情だった。


「……その、お願いというのは何ですか? 俺にもできることと、できないことがあるし、内容によってはお引き受けかねます」


俺の返答に重臣たちは一瞬、なにか不穏な気配を出したが、コーデリア女王が視線だけでそれを制した。


「それは当然の権利でしょう。私もあなたに無理強いをするつもりはありません。ですから、お願いという言葉を用いたのです。これは女王としての依頼や命令などではなく、このコーデリア個人としての頼みごとなのです。マルフレーサ殿は快諾してくださいましたが、あなたにはまだその内容を伝えてはいませんでいたからね」


マルフレーサが快諾したというより、マルフレーサこそがこの企ての中心にいるのは間違いないと思った。

今にして思えば、俺を、豪華な宴の料理や酒で釣り、機嫌を取って城に一泊させたのも彼女の入れ知恵に違いない。


「マルフレーサ殿は、我らに魔王との密約を結ぶように提案しました」


「密約?」


「そうです。表立った同盟では周辺諸国の我が国に対する印象を損ね、かえって孤立を深めてしまう恐れがあるので、極秘裏に接触を図り、有事の際の協約を結ぶに留めるべきだというのが、マルフレーサ殿の考えでした。その極秘裏に魔王側と接触する役割をあなた方に頼みたいのです」


「ユウヤ、ヴァンダン王国の重臣が公式の使者となって魔王勢力と接触するのは色々と不都合が生じる。我らならば、ヴァンダンの人間ではないので他国の間者などの目にも留まりにくく、仮にことが露見しても、ヴァンダン王国側としては知らぬ存ぜぬという立場を取りやすい」


「いやいや、簡単に言うけど、魔王に会うには、その天竜山脈とかいうのを越えて、魔王領に侵入しなきゃならないんでしょ。めちゃくちゃ危険そうじゃん」


「危険だからこそだ。この任務を果たすには目立たぬように少人数でいかねばならぬし、それが可能なのは我らをおいて他にない」


「待ってくれよ。一言の相談も無しに、なにが他にはないだよ。それに、仮に魔王に会えたとして、余所者の俺たちにヴァンダンの代理人が務まるの? 信用が得られなきゃ、密約なんてただの口約束になっちゃうだろうし、相手にしたら、それなりの人間よこせって思うよね?」


「その点は心配ありませんよ」


竜をイメージした儀礼用の鎧に身を包んだ勇ましい出で立ちのソフィアが口を開いた。


「ユウヤ殿の仰られる通り、密約の当事者として我が国からも人を出すつもりです。重臣ではなく、それでいて使者の格として申し分のない者。我が娘、マリーを使者に立てようと思っています。マリーはまだ正式な竜騎士団の一員ではなく、見習いですし、まつりごとには加わっていないため、その素性もそれほど他国に知られてはおりません。使者が女王陛下の直孫じきそんということであれば、さすがの魔王も話しぐらいは聞いてくれるでしょう」


マジかよ。

つまり、俺たちがあのマリーを護衛して、魔王のところまで連れて行かなきゃならないってことなのか。

俺たちだけで行くより、何倍も難易度が上がってしまった気がする。

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