第158話 適当に言っただけ

茶会が終わって、少し疲れた様子のコーデリア女王が退室したが、マルフレーサとソフィアは先ほどの話をまだ続けていた。

マルフレーサは、今はヴァンダン竜騎士団の団長を務めているというソフィアから、この国の置かれている状況などを細かく聞き、逆に己が把握している限りのゼーフェルト王国側の情報を教えていた。


その二人の会話を俺は、「余計なことに首を突っ込まない方がいいのに」と思いながら黙って聞いていた。

せっかく昔の仲間に久しぶりに再会したのだから、もっと楽しい話をすればいいのにと思わないでもなかったが、口を出すのは野暮というものだろう。


「なるほどな。事情はよくわかった。それで、女王陛下はどのようにお考えなのだ? よもやゼーフェルト王国の要求を拒絶するつもりではあるまいな?」


「……女王陛下は未だ悩んでおられるようだ。要求を呑み、仮に魔王領に侵攻したとしても、バラキアやヴォスなど周辺諸国との問題が解決するわけではない。かえって魔王勢力も敵に回すことになると、それこそ周りを敵対勢力に囲まれ、孤立することになってしまう。拒絶した場合は、パウル四世の怒りの矛先がこちらに向くのは避けられない。我らが得ている情報が確かなら、東、西、南の三方向からの侵略を受けることになるだろう」


「解せぬな。パウル四世はいったい何を考えているのだろうか。頼みの魔王討伐隊も解散したという話であるし、仮にヴァンダン王国側から同時に侵攻したとしても、とてもあの魔王を討伐できるとは思えぬが……」


「魔王を倒すのをあきらめたんじゃない?」


難しい話に飽きてきて、そろそろ帰りたくなった俺はついうっかり思いついたことを口に出してしまった。


そして、俺のその一言に対して、予想外に皆が注目してしまう。


「たしかユウヤ殿……だったな? 今のは一体どういうことなのだ。その、もう少し詳しく聞かせてくれないか」


ソフィアが何か真剣な顔になって、俺の方を向く。


「あ、いや……別に深い意味があるわけじゃなくて、ふとそう思っただけなんだけど……。魔王討伐隊だっけ? 異世界から召喚した勇者でも魔王を倒すのは無理だって思ったから、方針転換したんじゃないのかな。魔王には勝てないから、もっと簡単に勝てそうな国を攻めようみたいな……」


室内がにわかに静まり返り、マルフレーサがぽつりと「あり得るかもしれんな」と呟いた。


「いやいや、適当に言っただけだから、そんなに真剣な顔されても」


「魔王討伐隊は解散したが、全滅したわけではない。所属していた異世界勇者たちの半数ほどがいまだ健在であるならば、そやつらをヴァンダン王国攻略の戦力として使う気なのかもしれぬ。魔王に及ばぬとしても、彼ら異世界勇者には、この世界に住む我らを優に上回る力を秘めておる可能性があるのだ。女王陛下が要求を呑むにせよ、拒絶するにせよ、ヴァンダン王国は窮地に陥る。やつらの目的が魔王領からこのヴァンダンに変更された可能性は十分にあるぞ」


マルフレーサの推理に、ソフィアたちの表情は一層暗くなってしまった。


なんか雰囲気悪くなっちゃったし、はやくここを出て、酒場にでも繰り出したいな。


「我らは、いったいどうすればよいのか……」


マルフレーサも腕組みし考え込んでしまってるし、結論はなかなか出そうにない。


「あのさ、ここで考えててもなかなか答えは出ないんだろうし、ここは一旦、お開きにしない? 長居しても失礼だしさ……」


「ちょっと、あなたさっきから一体何なの? 一人だけ他人事みたいな顔してるし、陛下を前にしても全然畏まった様子もなくて、失礼の極みみたいな態度じゃない!お姉さまの仲間じゃなかったら、私が成敗しているところよ。少しはわきまえなさい!」


マリーは我慢の限界だとばかりに椅子から立上り、顔を真っ赤にして声を上げた。


「マリー! 控えなさい。弁えなければならないのはあなたの方です」


ソフィアが厳しい口調で注意し、マリーは困惑の表情を浮かべた。


「……お母さま、なぜですか? どうしてこんなやつのことを庇うのですか?陛下の前で、一人で半ホールもコーンブレッド平らげるようなやつなんですよ。しかも人の話、全然聞いてなくて、あくびばっかり。こんな礼儀知らずは見たことがありません」


「マリー。あなたには、そのユウヤさんの上辺しか見えていないようですね」


「どういうことですか?」


「あなたが、とても未熟だと言っているのです。ユウヤさんは、この場にいる誰よりも強い。如何なる場にあっても泰然自若としていられる実力をお持ちなのです。それゆえに身分や場所を気にせず常に自分らしくいられる」


「そんなの買いかぶりですよ。だって、こいつ、ちっとも強そうじゃないし、ほら、今だって隙だらけじゃないですか」


この件だけはマリーの方が正しい。

買いかぶりである。

別に実力があるからこういう態度なのではなく、そもそもこういった話に興味が無いのだ。

だから、普通に飽きていただけ。

俺にとってこの場の状況は、両親の田舎に帰省して、話すことがなくなり、ただみんなで黙って甲子園の中継見ているときの雰囲気に近かったのだ。


「あなたには感じることができないのですか? ユウヤさんの秘めたる強大な≪理力りりょく≫を」


これにはちょっと驚かされた。

マルフレーサから、≪理力りりょく≫すなわちメンタル・パワーの強さが他者に丸わかりの状態になっていると指摘され、それを普段は表に駄々洩れにしないための方法を教わり、それを実践中だったのだ。

よほどの達人でなければ、今の俺の≪理力りりょく≫の強さを悟られることはないとお墨付きをもらっていたのに、それを感じ取ったのだとするとこのソフィアという女性はなかなかの実力者だということになる。


マリーは納得してはいないようだったが、肩をすくめ、大人しく席に着いた。


「ユウヤさん、娘の非礼を代わりに謝罪します。娘にはあとでとくと言い聞かせておきますから、どうかお許しください。そして、その上で貴方の考えをどうか、お聞かせ願えませんでしょうか。このヴァンダンの置かれている状況でいかにすれば良いとお思いですか?」


いかにすればっていきなり言われても、ちゃんと聞いてなかったからな……。

でも何か答えないとまたマリーが騒ぎだすだろうし、何より話が長くなって帰れるのが遅くなりそうだし、困った。


「いや、まあ、適当に言わせてもらうなら、その……いっそのこと魔王と手を組んじゃったらいいんじゃないかな。敵の敵は味方みたいな。ゼーフェルト王国は、魔王に勝てないみたいだし、他のなんちゃらとかいう揉めてる国とかはゼーフェルトが動かなきゃ攻めてこないんでしょ? あれ? 俺、なんか変なこと言った?」


妙な空気になって、見渡すと、その場にいた全員があっけにとられたような顔をしていた。

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