第157話 ヴァンダンの女王
「マルフレーサ! 来てたのか」
そう言って駆け寄ってきたのは、四十代前半くらいの鎧姿の女性だった。
顔や雰囲気が、どこかマリーに似ているし、さっきの話から推察するに、この人が母親のソフィアなのだろう。
短く整えられた髪に、さわやかな笑顔は、とても快活な印象だった。
マリーに案内され、ヴァンダン王国の城を訪れた俺たちは、この国の王であるという彼女の祖母に謁見することが許され、玉座の間に通された。
そこで待っていたのは、玉座にある老齢の女性と、マルフレーサに駆け寄って来たこの女性だった。
「ソフィア、久しいな。息災そうで何よりだ」
「あなたは、どうしたの? 見た目がっていうより、中身が何十歳も若返ったみたい。目の輝きが全然違うわ。服の好みもずいぶん派手になっちゃって。あれ? この杖を持った子はお弟子さん? 一人目で懲りた、もう弟子など取らないと以前は言ってたわよね」
「ああ、こやつはユウヤ。弟子ではない。その、何と言えばいいかな……。愛人というか、情夫というか、まあ、旅の仲間だな」
「えー!愛人! お姉さま、どういうことですか? こっ、こいつとお姉さまは付き合っていらっしゃるのですか!?」
はにかみ、珍しく照れ笑いを浮かべるマルフレーサに、マリーが驚きの声を挙げながら、詰め寄って来た。
マリーは、俺の顔を指さし、何度も俺の全身を上から下まで視線を往復させた。
「こら、マリー! 客人に対して、何と無礼なことを。ユウヤさん、ごめんなさい。この娘は世間知らずで、マルフレーサのいつもの冗談を真に受けたみたいで……」
いや、まあ、別に間違ってはいない自己紹介されたわけだけど、冗談だと思われているなら、それはそれで都合がいい。
マルフレーサが、恋人という言葉を使わずに愛人だといったのは、お互いに付き合うと認識しあって今日に至るわけではないからだ。
酔った勢いで一夜を共にし、その日からずるずると当たり前のように肉体関係が続いている。
「いや、大丈夫ですよ。気にしないでください」
「冗談……。そ、そうよね。あなた、わたしと年もそんなに違わないみたいだし、お姉さまの愛人なんてありえないわよね。そもそも愛人なんて言葉は不潔だわ。あなたも違うなら違うで、すぐに否定しなさいよ」
「あのさ、マルフレーサ。ほら、王様を待たせるのはそれこそ失礼じゃない?まずは挨拶させてもらった方がいいんじゃないかな」
さっきのお返しというわけじゃないけど、食ってかかってくるマリーをあえて無視した。
マリーは悔しそうに地団太を踏み、俺を睨んでいるが、それにも気が付かないふりをする。
「うむ、そうであったな。積もる話は後でするとしよう」
俺とマルフレーサは玉座の前に進み出て、そこで片膝をつくと恭しく首を垂れた。
マルフレーサが口上を述べ、俺も挨拶と自己紹介をした。
すると玉座に腰を下ろしていた人物が立上り、俺たちのもとに歩み寄って来た。
「そういうのはやめましょう。ここには私たちしかいないのです。娘の友人は、家族も同じ、普通にしてください。私がこのヴァンダン王国の王、コーデリアです」
王冠を被り、見た目こそ高貴な感じだったが、その言葉遣いは飾り気なく、どこかの王様と比べるとその顔つきも温和で、優しそうだった。
年齢相応の皺はあったが、どこか気品があり、偉そうにしてなくてもどこか背筋が伸びてしまう感じがした。
堅苦しい謁見形式での会話はコーデリア女王の好みではないらしく、挨拶を済ませた俺たちは、貴賓室に招かれ、そこでお茶会をしながら話をすることになった。
「大賢者マルフレーサ、あなたのその高名は、娘の口からだけではなく、この国でも広く知れ渡っています。今、この国の苦難の時期にこうしてお迎えできたこと、まさに天祐であると思っています」
「なんとも身に余る光栄。女王陛下より、そのような言葉を賜り、このマルフレーサ、恐悦の極みです。しかし、苦難の時期とは、なんとも穏やかではありませんな。国内の様子を見る限り、平穏そのもの。民たちには笑顔が溢れ、コーデリア陛下の治世は万民に受け入れられているように拝見しましたが、なにか、頭を悩ませるようなことでも御有りですか?」
おい、マルフレーサ。余計なことに首を突っ込むんじゃない。
そういう話題はスルーしろよ。
俺は内心で文句を言いながら、お茶のお供にと出された女王自らが焼いたというコーンブレッドなるお菓子を頬張った。
うん、旨い。
なんというか、素朴なんだけど、飽きが来ない味。
優しい甘さで、独特の食感がある。
その上にのった濃厚な謎の果実のジャムがアクセントになって、素直においしい。
この異世界に来てからろくな甘味食べてないから、これは食が進むな。
菓子が載った皿に夢中になっている俺に微笑みを浮かべ、コーデリア女王はマルフレーサとの話を続けた。
「……大賢者マルフレーサ。あなたが目にしたもの、それは薄氷の上を歩むが如き、危うく、不安定な平和なのです。建国の祖メアリーは、この世界とは別の世界からやって来た異邦人であり、この世界よりもずっと進んだ文明の知識を有していました。建国間もないこの新しい国が、どうにか≪自由≫と≪独立≫を保てているのは、その知識のおかげなのです。例えば、ユウヤさん、あなたが食べているその焼き菓子。そのお菓子に使われているコーンは、メアリーが別の大陸に飛竜で渡り、発見して持ち込んだもの。他の国ではその存在を知る者も少なく食用とは見做されてはいません。ですが、メアリーの故郷では、主食の一つに数えられるほど普及していたそうです。決して肥沃とは言えないこの国の大地でコーンの栽培を普及させたことは、パンを焼くための小麦の生産量を補って、国民の食糧問題の改善に寄与しました。メアリーは、この国の先祖たちに酪農の知識を与え、その他にも、≪燃える水≫、≪爆発する黒い石粉≫など様々な知識を惜しみなく与えたと言います。私たち、メアリーの子孫とこの国の民は、彼女の遺してくれた大いなる遺産の恩恵で、今日の平和をかろうじて保てているにすぎません。メアリーは、自ら外敵を退ける盾にして、民衆を導く偉大なる指導者でもあったのです。しかし、その没後、すべてを偉大なる国母メアリーに頼りきりだったこの国は少しずつ多くの問題を抱えることになってしまった」
「あっ、すいません。このパンみたいなのおかわりできます? あと違う味のジャムがあったら試したいけど……」
俺は給仕の女性にお願いした。
「ちょっと、あなた!さっきからそんなにがっついて、陛下の話をちゃんと聞いてたの?」
正面に座っていた マリーが唇を尖らせて文句を言うが、俺は大人だから相手にしない。
「……マリー、いいのよ。私が焼いたコーンブレッドをそんなに気に入ってくれたのをとてもおばあちゃんはうれしく思っているの。ごめんなさい。話がそれてしまったわね。マルフレーサ、この国は今、とても危うい状態にあるのです。ただでさえ、複数の国と国境を巡って紛争が絶えない状態であるのに、同盟国であるゼーフェルトから、天竜山脈を越えての魔王領侵攻を強く求められているのです。求めに応じなければ同盟を破棄するとまで脅しをかけてきていて、即時の決断を迫られています」
「なんと、それは初耳でしたな。あのパウル四世が他国の力を頼るとは、逆に言えばそれほど北部の戦況が思わしくないということ。無視されてもよろしいのではないですか?」
「それが……どうやら、ゼーフェルトと我が国が紛争中の、バラキア、ヴォス、グラスダールが裏で何やら通じているようなのです。個々の国との争いで後れを取るヴァンダンではありませんが、これらが連合を組んで本格的に侵略してくるとなると話が違う。私も元は竜騎士の端くれ、戦を恐れているわけではありませんが、泣くのはいつも無辜の民。ただでさえ、長期にわたる領土紛争で、生活の糧を失い、奴隷の身分に身を堕とす国民が増え、胸を痛めているところなのです。今以上の悲劇をこの国の民に招き寄せることは何としても避けたい……」
コーデリア女王は、両手の指を組み、深いため息を吐くと、表情を曇らせてしまった。
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