第154話 明かされた真実?

カメクラを追って、城詰めの騎士や衛兵などがぞろぞろと大広間にやって来た。

見るに、かなり階級が高そうな者や手練れと思われる雰囲気を漂わせた者も混じっていて、室内はにわかに剣呑とし始めた。


「ほら、もう脱出は困難になったし、いい加減に大人しくしろよ」


「さっきの言葉はどういう意味だ? 無理っていうのはどういうことなんだ? 答えろ!」


「あ~、もう、全然、人にものを頼む態度じゃないよね。ああ、そうだ。思い出したよ。お前のその目、中学の頃の担任にそっくりだよ。上から、人を見下したような感じ。お前は、どんだけ偉いんだっていう感じでむかつくんだよな。まあ、いいや。俺様はもうこの国の特権階級なんだ。お前らみたいな奴らに卑屈になる必要はない。慈悲で教えてやるよ」


駆けつけてきた者たちが、遠巻きに二人を包囲し出口を固める様子にやや安堵の表情を浮かべて安村拓海やすむらたくみは、戦いの構えを解いてみせた。


「いいか、カメクラ、よく聞けよ。必死こいて、こんな場所まで乗り込んできたお前には悪いが、この異世界から元の世界に戻る方法はおそらく存在しない」


「嘘を言うな。召喚する力が存在するなら、その逆もまた可能なはずだろ」


「確かにな。だが、少なくとも、あのパウル四世は帰還の方法については何も知らないぞ。直に聞いたんだから間違いない。それに、その方法を知っていたら、お前たちや俺様をこの異世界に呼ぶ必要もなかったんだからな」


「それは、どういうことだ?」


「まだ、わからないかな。お前たちが討伐に向かった魔王……、そいつも俺様たちと同じ召喚者だったんだってよ。つまり、強制的に元の世界に送り返す方法があるなら、とっくに今の状況は解決できているって話だ」


「ちょっと、待て、頭が混乱してきた。魔王が、召喚者だと? お前の話は分かりにくい。もっと順を追って……」


「その先は、われが話をしてやろう!」


大広間の左側に設けられた、貴賓室や客室などのある区画につながる控えの間の方から、ゼーフェルト王国国王パウル四世が大勢の護衛を引き連れやってきた。


「おい、父上、危ないから、ここには来るなって言っただろ。下がってろ」


「我が最愛の息子タクミよ。やはり、お前の身が心配でたまらなくなってな。いてもたってもいられなかったのだ。だが、見たところ、こちらの優勢は完全に固まったようであるし、もはや危険もなさそうではないか。≪魔戦士≫ヒデオよ、その傷ではもはやこの囲みを飛び越えて我を襲うなどできまい。大人しく身柄を委ねるのであれば、お前の問いに答えてやっても良い。我に会うことがお前の目的だったのだろう?」


「……この通り、俺は最初から丸腰だ。このタクミとかいう奴ともやり合うつもりはなかった。元の世界に戻る方法さえ聞けたなら、こんな城、さっさと出ていくつもりだったんだ」


カメクラは、両手を挙げて見せるとやれやれという顔をした。


「元の世界に戻る方法か……。途中からそでで会話を聞いていたが、タクミの言う通り、そんなものは存在しないのだ。我が王家に伝わっているのは、異世界勇者召喚の存在と儀式のやり方、それとその御業みわざを行う女神リーザ様との交信の方法だけだ」


「話ができるなら、元の世界に戻してくれって頼めばいいじゃねえか」


「それはうの昔に試したのだ。もう二十数年ほど前の話になるが、若かりし頃の我は、領土拡張の野心に燃え、その手段として最初の異世界勇者召喚を行った。その時にやってきた異世界勇者が今の魔王だ。その異世界勇者は最初は協力的であったのだが、ゴーダ王国をあと少しで占領できるという段になって、急に反旗を翻したのだ。ひどい裏切りに遭い、這う這うの体で王都に逃げ帰った我は、女神リーザ様に、あの忌まわしき異世界勇者を元の世界に戻してほしいとこいねがった。だが、その願いはかなえられぬと女神リーザ様は、野太い御声で仰った。もともと異世界に住む人間を召喚すること自体が神々の間の禁忌であり、その禁を破った証拠となる召喚者当人を戻すことなど断じて行うことはできないと。そして、さらにお前たち異世界勇者は、その超人的な力を備えさせるためにある神器によってその肉体が一度造り替えられている。そんな人間を元の世界に戻したら、どのような混乱が起こるのか火を見るよりも明らかであろうとも仰っていた。異世界召喚の事実が明るみになることは、女神リーザ様自身のお立場を悪くしてしまうものであるらしく、我も断念せざるを得なかったというわけだ。どうだ、これでわかっただろう。元の世界に戻ることなど決して叶わぬのだ」


「ふざけるんじゃねえ!全部、お前たちの都合じゃねえか。てめえも、リーザとかいうそのクソ女神の事情も、俺の知ったことじゃねえ。自分たちの不始末を他人に押し付けてんじゃねえよ。……それじゃあ、あれか? 魔王の体に宿る≪闇の魔結晶≫を手に入れろ云々という話も全部嘘だったっていうのか!」


「≪魔戦士≫ヒデオ、落ち着くのだ。確かにそれはお前たちを魔王と戦わせるためについた嘘だ。だが、そうでも言わなければお前たちは協力してはくれなかったであろう。我らとて追い詰められてしたことなのだ。すべては、あの魔王が悪い。あの男さえ裏切らなければ、今頃、この国は平和とさらなる繁栄を享受できていたはずなのだ」


「それも嘘だな。魔王を倒すだけなら、十人も異世界から召喚する必要はないだろう。お前の野望は魔王の打倒とその領地の占領にとどまらない。領土拡張の野心とかいってたな。お前、最初から俺たちを、そのろくでもない目的のための道具にするつもりだった。違うか?」


「思いあがるでない! 結果、貴様らは九人もいて、魔王領に足を踏み入れる事さえかなわなかったではないか。異世界勇者の価値と強さは、千差万別。等しくは無いのだ。どのような者が現れ、魔王に抗し得るかは、その保証の限りではなかった。それゆえに多くの生贄を集め、十人も召喚する羽目になったのだ」


「知るかよ。とにかく俺や他の帰還を希望しているやつを全員、元の世界に戻しやがれ。お前が説得できないなら、そのリーザとかいう女神には俺が直接話す」


「やれやれ、下手に出ておれば、とにかく元の世界に戻せの一点張りだな。いいか、≪魔戦士≫ヒデオ、元の世界への帰還は叶わぬのだ。いい加減にそのことを理解し、この世界で如何に生きるか、身の振り方を考えるのだ。お前も、お前の仲間も、いつまでもお尋ね者でいたくはあるまい。我にもう一度協力することを約束すれば、脱走の罪は水に流そうではないか。我は、今回の魔王討伐隊の失敗で方針を転換するつもりだ。まずは魔王の侵攻に備え、この国の防備を厚くし、国力の回復に当面は努める考えだ。我が国の国防に、その異世界勇者たる力をもって、協力してはくれんか? それなりの地位と生活は保障してやるぞ」


「……ふざけるな。元の世界に戻る方法がここに無いなら、別の場所を探すまでだ。お前たちに手を貸すつもりなどない」


「仕方のない頑固者だ。あとで後悔しても知らんぞ」


「するかよ。もう、こんな場所に用はねえ。どけ、てめえら!」


出口に向かって歩き出したカメクラであったが、突然、頭を押さえてふらつき、そしていきなり地面に倒れて動かなくなった。


「ひえっ、ひえっ、ひえっ。少し時間がかかってしもうたが、陛下と王太子様の時間稼ぎのおかげで、≪眠りの神の誘いインテェンス・スリーピネス≫の十分な発動準備ができましたじゃ。如何に異世界勇者と言えど、この負傷ではババの術には抗えなかったようじゃのう。かわいい寝顔じゃ……」


暗灰色のローブを着た老婆が人ごみの中から姿を現し、欠けた櫛のような歯並びから不気味な笑い声を発した。


「おお、ヤーガよ。よくやったぞ。老いたりとはいえ、やはりゼーフェルトの魔女の名は伊達ではないな。さあ、皆の者、今のうちに≪魔戦士≫ヒデオを捕えるのだ。抵抗できぬように拘束し、牢にしばらく放り込んでおくのだ」


国王パウル四世の命を受け、寝息を立てて動かなくなったカメクラを兵たちが鎖で拘束し始めた。

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