第153話 精神、そして気合い
「……仕方ないか。頼んで駄目なら、押し通るまでだ。どの道、俺にはこれしか方法は無いんだ」
頭上に≪魔戦将軍≫ヒデオというキャラクターネームが付いた男がため息をつきながら、こちらにゆっくりと近づいてきた。
肉体的戦闘力が二倍以上であると脅したにもかかわらず、この男は動揺した様子一つ見せず、どこか相手を品定めするような目でこちらを見ている。
スキル≪パラサイト・シングル≫で寄生しているパウル四世の話では、たしか、本名はカメクラ・ヒデオだったか。
こいつの威圧感、正直、俺苦手だ。
「最強を見せてやる」と挑発した
自分の命を狙ってきた者たちを返り討ちにしてきたことで、これまでの自分にはなかった「他者に対する自信」のようなものが最近ついてきているのを自覚してはいた。
だが、それはあくまでも拓海が、勝手に
このカメクラを見ていると、元の世界にいた頃の駄目な自分が首をもたげて
大丈夫だ。これまでも肉体的戦闘力が下回る相手に負けたことはない。
危険度だって、このカメクラは、Cしかないんだ。
拓海は自らにそう強く言い聞かせ、カメクラに殴りかかった。
かかってこいとは言ったものの、堂々としたカメクラを目の前にするとどこか落ち着かず、つい手を出してしまった形だ。
だが、拓海の放ったフックはあっさりと空を切り、カメクラの顔面を捉えることができなかった。
これまでの相手であれば、これで終わっているはずで、ほとんどがワンパン
「おい、今のが本気か?」
拓海は、カメクラの鋭い眼光に身じろぎし、少し股間を湿らせてしまった。
そして突如、カメクラの名前の横に表示されていた危険度が警戒を知らせるサイレンと共に点滅し、Cの文字からB、AそしてSに格上げされていく。
「な、なんだとぉ~!? 嘘だろ……、肉体的戦闘力は全く変わってないのに、なんでぇ?」
「なに、さっきからごちゃごちゃ言ってるんだ。降参か?」
「ふ、ふざけるな! 俺様は、この国の王になる男だぞ。誰がお前なんかに」
拓海は両の拳をとにかく滅多矢鱈に振り回し、カメクラに連続攻撃を浴びせた。
スキル≪子供おじさん≫のおかげで、城に籠りながらにして高まった自分の≪ちから≫プラス遠心力。
当たったら、ただでは済まないはずだ。
人間の頭なら、一発で破裂するはず。
少なくともこれまで俺に逆らった奴らはみんなそうだった。
だが、拓海の連続攻撃はかすりさえせず、カメクラは表情一つ変えていない。
くそっ、こいつ、戦い慣れてやがる。
「そうか、お前、スピード特化なんだな。当たれば、当たりさえすれば俺様の勝ちだ!」
だが、次の瞬間、カメクラに手首を掴まれ、腕を動かせなくなる。
「おかしい! 俺様の方が数値が上なはずなのに!」
肉体的戦闘力の数値が二倍もあるのにパワーもスピードも負けてるってどういうことだよ。
「その数値か算定の仕方が間違ってるんだろう。そうでなきゃ、あくまでもそれは絶対評価じゃないってこった。肉体の強さだけが、人間の強さってわけじゃないだろう。精神の強さだとか、気合とか、たいていのことはそれで乗り切れるんだ」
「ふざけるな!そんな精神論、ボク……じゃなかった俺様は認めないぞ。くそー、誰かっ! 誰か助けてくれー。
「おい、騒ぐんじゃあない。お前の今の親は、あの国王何だろう。呼べよ。上手いこと話が聞けたら、半殺しぐらいで勘弁してやる。おい、暴れるな」
拓海は、自ら立つことを放棄し、床に転がってジタバタしようとしたが、カメクラの腕力でそれもままならない。
もう終わったと、拓海がこの世にあるすべてを恨みたくなるような気持になっていると、突然、脳裏に何者かの声が聞こえてきた。
『危険度Sの状況を感知。≪自宅警備≫のスキルを、≪たいりょく≫特化の絶対生存モードから、外敵撃退のための
「オールソック・モード? なんだそれ……、うわっ、体に力が漲る……」
拓海の全身から湯気立つような気が溢れ出し、体が一回り大きくなって、
「お前、一体……」
「パワー!」
急な変化に戸惑うカメクラの手首の拘束を拓海が力づくで振り払うと、勢いでその体は宙に浮き、壁際まで吹き飛ばしてしまった。
カメクラは受け身を取り損なって石壁に激突し、床に這いつくばった。
「はははっ、見ろ。人間がゴミくずのように飛んで行ったぞ。これで形勢逆転だな」
拓海は、先ほどまでの暗鬱な気持ちはどこへやら、満面の笑みを浮かべ、まだ起き上がれないでいるカメクラのもとに歩を進めた。
どうやらこの状態はかなり肉体に無理をさせているらしく、もうすでに少し息が上がっているため、決着を急ぐ考えだ。
体中の筋肉もギシギシ痛い。
普段からもう少し体を鍛えておくべくだった。
拓海はカメクラの髪を掴み、無理矢理立たせると、壁際に追い詰め、息をするのも忘れるほどにその全身に満遍なく拳を繰り出し続けた。
オラ、オラァ、どうだこの野郎。
人のことを偉そうに見下しやがって、さっきみたいな目で俺を見てみろ。
凄まじいラッシュの勢いでカメクラの足が宙に浮くほどであったが、よく見るとその体は黒いオーラのようなものに阻まれて、思ったほどのダメージが与えられていないことに気が付く。
「調子に乗るなよ」
カメクラはそう云い放つと、全身を覆うのと同様の黒い気の塊を集めた蹴りを拓海に向かって放ってきた。
カメクラの蹴りと拓海の堅固な左腕のガードがぶつかり、玉座の間に凄まじい衝撃が響き渡る。
「はあ、はあ」
肩で息をする拓海と、全身から血を流すカメクラ。
両者は、再び距離を取り、互いに睨み合った。
「おい、おっさん。降参するなら今のうちだぞ。この城はな、俺様の力で強化されてるから壁をぶち破って逃げるなんていう芸当も不可能だし、それに今、≪
「俺には逃げる気なんて毛頭ないんだよ。お前を倒し、国王を人質にして、正門から堂々と帰る。それだけだ」
「……なあ、同じ異世界人同士じゃないか。もういい加減やめようぜ。そうだ、お前にこの異世界の半分をやるよ。俺たち二人で、この異世界を協力して支配しよう。それで手を打てよ」
ゼーフェルト王国を足掛かりに、ゆくゆくはこの世界すべての支配者になる考えだった拓海にとって、これは最大限の譲歩だった。
なんとか顔に出さないように我慢しているが、拓海の肉体はもう限界でこれ以上はがんばれそうもない感じだったのだ。
「この世界の半分? いらねえよ。俺は元の世界に戻るっていっただろう」
「だ、か、ら、それが無理だから、誘ってるんじゃないか」
「どういうことだ?」
カメクラという男の顔にこれまで見せたことがない動揺が見えた。
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