第152話 王太子タクミ

「……お前が≪魔戦士≫ヒデオか。レベル37、肉体的戦闘力は1320。≪職業クラス≫は魔戦将軍とかいうのに変わってるけど、ここにとつしてくるってことは、本人で間違いないな」


玉座に座っていた半裸の男は、美少女たちをぞんざいに追い払うと立上り、そう言った。

首輪をつけた裸の美少女たちは、まるで牧場で飼われる羊の群れの様に一塊になり、部屋の隅で控えていた年増の鞭を持った女に連れられ、玉座の間を出て行ってしまった。


「あの少女たちだな。お前が無理矢理、親元から引き離して囲っているというのは……」


「そうだよ。みんな、俺様のかわいい人形ちゃんたちだ。不法侵入者に傷をつけられたら困るからな。お楽しみ中だったけど、しばし退場してもらったよ」


「悪趣味な野郎だ。人に首輪をつけて、何様のつもりなんだ!」


「おっと、≪魔戦士≫ヒデオ。いや、今は≪魔戦将軍≫ヒデオって言うべきかな。そういう無粋な説教はやめろよ。俺様がここで何してようが、お前には関係ないことだ。いくら温厚な俺様でもキレるぞ」


「じゃあ、お前も≪魔戦将軍≫ヒデオなんて恥ずかしい名前で俺を呼ぶんじゃねえ。それにお前、ずいぶんと俺のことに詳しいみたいだが、それはあの国王から聞いたのか?」


亀倉の≪職業クラス≫が魔戦将軍に変化したのは、王都を出発してからのことであり、そのことは誰にも教えたことはない。

魔王討伐隊の隊長として、仲間を率い、戦い続けていたその最中さなかに、突然変化したもので、レベルアップ時の能力上昇の数値が大きく改善し、スキル欄には特に記載は無かったが、亀倉自身の知覚、戦闘時の動きなどが大幅に良くなったという手ごたえを感じさせた。

その秘密にしていた≪職業クラス≫の変化を知られているということは、敵の中に亀倉のステータスを強制開示あるいは盗み見るようなスキルを持つ者がいるということであり、相手の情報がほとんどないこちらにとっては大きな不利を背負うことになってしまう。


「お前たちのことは一応、一通り聞いてるよ。この世界の人間はほとんど雑魚だし、俺様の野望の障害になりそうなのは同じ召喚者のお前たちだけだからな。だが、もうそんな情報は大して必要じゃないんだ。この城に、一歩足を踏み入れた時点で、お前はもう丸裸にされたも同然。俺様の≪自宅警備用カメラガーディアンズ・アイ≫は、この城にある存在のすべての動き、正体を詳細に把握する。今もほら、俺の目には、お前の名前、クラス、レベル、そして肉体的戦闘力が表示されて見えてるんだ。どんなに変装しようが無駄だよ」


浮かれやがって、馬鹿野郎が。

聞いてもいないのに、自分の能力をべらべら自慢しやがって。


「そうか。道理で、ここにやって来た俺を見ても驚かないわけだ。警備も甘すぎだったし、納得したぜ。お前自身が、この城の最大の守護者であり、監視者でもあるんだな。国王は、この広間の先……。お前はここであいつの護衛を務めているってわけか」


「お前の肉体的戦闘力は1320、危険度はCだ。お前の侵入を知りながら、俺様がなんで、ここまでお前を来させたのかわかるか? 」


「さあな、お前が余裕かましすぎて、実情を把握できてないとか、そんなところだろう」


「くくくっ。それはお前の方だろう。こんなところにのこのこ自分から来やがって。いいか、ビビんなよ。今の俺の肉体的戦闘力はお前の二倍以上、2600だ!」


「……おい、掛け算できないのか? 1320の二倍は、2640。以上っていうなら、40足りないじゃねえか」


亀倉の指摘に、タクミは両手の指を数え、一瞬戸惑った表情をした。


「ば、ばぁか、切り捨てしたんだよ。40なんか誤差だろ。ちくしょう、お前、説教臭いし、なんかムカつくジジイだな。そんなに死にたいのか?」


「いや、とりあえず一旦、落ち着け。俺は何もお前と戦いに来たわけじゃない。俺が用があるのは、国王だ。お前には、囲っている少女たちを解放しろとか、言いたいことはたくさんあるが、まずは国王に会わせてくれ」


「会ってどうするっていうんだ?」


「元の世界に戻る方法を聞く」


「はあ~? 元の世界なんかに戻ってどうしようっていうんだよ。代り映えのしない日常に、無駄にすぎていく時間。使えないクソ親に、俺を認めようとしない世間。部屋に閉じこもって、苛立ちを募らせるしかない日々に逆戻りしろってか? それに比べて、この異世界は、最高だろ? 誰もが俺様にひれ伏し、すべてが思うがままだ。逆らう奴は、全部排除してしまえばいいし、この異世界は、まさに俺様のためのオープンワールド! そしてこの城は、最高の箱庭だ!」


「……全く共感できないな。お前、どういう人生を送ってたんだ? 両親がいるなら、また会いたいとか思わないのか? 」


「まったく思わねえよっ!なんで、あんなクソジジイとクソババアに会わなきゃならねえんだよ。アイツらのせいで、俺の人生、最悪だった。こんなぶっさいくな見た目に産みやがったし、金も地位もない。最悪な親ガチャの結果だったぜ」


「早くに父親を亡くして、ほとんど母子家庭みたいだった俺に比べれば、両親がそろってるだけでもうらやましい限りなんだが、……まあ、人それぞれか。ここに残りたいというなら、お前の考えを尊重するが、俺は元の世界に帰りたいんだ。頼む、国王と話をさせてくれ」


「断る。あいつは、大事な金づるで、しかも命綱でもあるんだ。お前に会わせて万が一、何かあったら俺様の計画が全部パーだろ。そんなリスク、他人のお前のために冒すメリットがあるか?」


「どうしても駄目っていうなら、俺はお前と戦わなきゃならん。そのために俺はここまで来たんだ」


「俺と戦う? 」


タクミは心底面白くてたまらないという風に腹を抱えて笑う真似をした。

二重顎と弛みきった腹が揺れる。


「いいぜぇ。同じ世界から来た者同士、這いつくばって服従を誓うなら、家来にしてやってもいいと思っていたが、そういうつもりなら仕方がない。でも、後悔するなよ。俺様は……強いぞ」


タクミは羽織っていたガウンを脱ぎ去り、「自宅警備服ホームウェア……」と唱えた。

全裸だったタクミの体を柔らかそうな薄手の生地でできた服が覆い、光を放った。


「ぐっ、なんだそれ。パジャマ、いやスウェットシャツか?それを着てどうしようっていうんだ」


「これは、いわば俺様の戦闘服。見た目は気に入らないが、どんな攻撃も、魔法も防ぐ最強最高の防具だ。国のためだとか言って、俺と国王をのぞこうと、何人もの暗殺者や手練れがやってきたが、これを着た俺にことごとく返り討ちにあったよ。さあ、かかってこい。最強を見せてやる」


玉座の前のタクミが亀倉を手招きして、挑発した。








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