第149話 ヒマリ、危機一髪、一発?

藍原日葵あいはらひまりが目を覚ますと、そこは自分たちが潜伏先にしていた空き家のような古びた小屋の中だった。


あれ?

私、何でこんなところに?

森で食べれそうな木の実とかキノコとか採って、その帰り道……。


記憶をたどろうとしていると、足裏にくすぐったいような感触があり、見ると見知らぬ男がそこに顔を寄せ、匂いを嗅いでいた。

皮のブーツは脱がされ、素足になっている。


「……っ!」


日葵ひまりは嫌悪感のあまり、足を動かそうとしたが、男の力は強く、その行為をやめさせることはできそうもなかった。

そして、自分の口の中に布を詰められ、猿轡さるぐつわされていることに気が付く。

声を発することができない。

両手首も縄で縛られている


「目が覚めたようだね。そして、とてもいい表情だ。私はこうして少女の足裏の匂いを嗅ぐのが好きでね。靴を脱がしたあとの汗ばんだ、この甘酸っぱい香りがたまらない。君のも良い香りだよ。見たまえ、興奮のあまり、私の股間が高ぶり、いきり立っている。意識が無い状態じゃ、つまらないからね。目を覚ますのをじっとこうして待ってたんだ」


言葉通り、男は下半身を完全に露出しており、幼いころにお風呂で見た父のそれとは異なり、大きく、恐ろし気な形に変わっていた。

男性経験のない日葵ひまりは、恐怖のあまり身をよじり、少しでも男から離れようとするが、足を掴まれていて、それもかなわない。


「こらこら、暴れるんじゃない。もう一度ぶたれたいのか?」


私、この人を知っている!

ようやくここで、目の前の男が、通りで自分を呼び止めてきた男だと気が付いた。


優男風の顔立ちで、最初に声をかけてきた時は、穏やかな笑顔だったが、ついてくるように言われたことを拒絶すると途端に逆上し、日葵ひまりを殴りつけてきたのだ。


「このアマがぁ、女のくせに逆らうんじゃない!」


その時、男が発した、どこか狂気を含んだその叫びが脳内にリフレインして、一層恐怖感が増してきた。


「大丈夫。私は何事においてもスピーディでね。目を閉じて、少し我慢していたら、すぐ終わるよ。あっという間だ。本当は、すぐにでも衛兵に引き渡して報酬をもらう予定だったんだが、君みたいな綺麗な娘は、なかなかお目にかからないからね。少し楽しませてもらうよ」


男は下腹部のものをそびえたたせながら、日葵ひまりの上に覆いかぶさろうとしてくる。


「……! んんっ!んーっ!」


≪精霊使い≫である日葵ひまりのスキルは、自然界に存在する精霊を言葉によって呼び出し、会話によってお願いすることで、様々な現象を発生させてもらうというものだ。

猿轡をされた状況でできることは、ほぼ無く、≪ちから≫などの能力値も亀倉たち前衛職に比べると著しく低い。


だが必死になって逃れようとしたその時、右足の一部が男の股間に少しだけかすってしまい、次の瞬間、筒状のいきり立ったものが脈打ち、白い大量の液体をまき散らした。


白く、どこか独特な匂いがする粘液が日葵ひまりの顔や全身にかかってくる。


やだ。

これってひょっとして、男の人の……。


「お、おう……。ううっ、はぁー。はぁー。久しぶりだったから、つい暴発しちゃったよ。君、悪い子だね。暴れたお仕置きしなきゃ……」


男は手を上げ、日葵ひまりの頬を打とうとしたが、次の瞬間、鈍い音が背後からして、いきなり白目をむいて、崩れ落ちた。


「何が疾風の勇者だ。クソが……」


日葵ひまりが見上げると、目に溜まった涙で滲んでしまっていたが、見覚えのある顔がそこにあることがわかった。


「悪い、ヒマリ。遅くなっちまった。≪大盗賊≫なのに、≪追跡トラッキング≫のスキル、まだうまく使いこなせてなくってさ。すまねえ。これ……、その……無事だよな? 俺、間に合ったよな?」


こめかみから血を流し、全身傷だらけの大城謙児おおしろ けんじが心配そうな顔で尋ね、日葵ひまりは一生懸命に首を縦に振る。

そして、拘束と猿轡を解いてもらった後、泣きながら、謙児に抱き着いた。


いたっ……」


「ご、ごめんなさい。この怪我……、私のせいで……」


慌てて離れようとした日葵を、今度は謙児が引き留め、抱きしめ返した。


「いいんだ。日葵が無事だったんなら、それでいい。出血は多いけど、ほとんどかすり傷だ。……でも、日葵、ちょっとイカ臭いな。どこかで、水浴びしようぜ。傷の手当てもしたいし……」


謙児が引きつった顔で笑い、日葵が顔を赤面させる。


「そうだね。顔がカピカぴしてきたし、このままじゃ汚いよね。大丈夫、私、何もされてないよ。襲われそうになったけど、私の足がぶつかって、なんか白いのがいっぱい出たの……」


日葵は、改めて謙児から離れ、背を向けて、一生懸命、服の袖で、顔をぬぐおうとした。


「げっ、やっぱりこれって、あいつの……。でもまあ、こいつのアレが疾風で逆に助かったぜ。危うく取り返しがつかなくなるところだった。疾風の勇者とはよく言ったものだよな……」


「うわー、髪に付いたやつ、こびりついて取れないよ。……ん? ケンジさん、今、何か言った?」


小声で呟いていた謙児に、日葵は不思議そうな顔で訪ねた。



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