第148話 疾風の勇者現る

ヴァンダン王国は、別名「竜騎士の国」とも言われているらしい。


これは、ヴァンダン王国を興したメアリー・ヴァンダーンなる女性が、空を駆ける竜騎士であったからと言われていて、今も尚、その伝説はこの国に住む人々の間で親しまれ、語り継がれているらしい。


メアリー・ヴァンダーンは、俺と同じ地球からこの異世界にやってきた人物であると伝わっていて、その出自はアメリカの飛行機乗りだったらしい。

この異世界には当然、飛行機などという物は無く、それが何であるかわからないまま、そうした逸話が残っているあたり、そのメアリーという人がこの国の人々にとって大切な存在であったのだと推測することができる。


最初に訪れたロスアンという街にはアルファベットだとしか思えない文字が時折見受けられ、しかも屋台にはハンバーガーまで売っているなど、彼女の影響だとしか思えないものがたくさんあった。


「すげーな。これ、本当にチーズバーガーだ。久しぶりに食べたから、マジでうまいわ」


「ユウヤがもとにいた世界にはこれがあったのだな。なるほど、ますますメアリー・ヴァンダーンが異世界人だった可能性が高まったな。……うむ、久しぶりに食べたが、やはり旨いな」


「マルフレーサは、この国に来たことあったの?」


「ああ、かなり……、ユウヤが思うよりずっと前にな。この国のさらに東の地に、古エルフの隠れ里があるのだが、若かりし頃の私は自らのルーツを求めてこの国にも立ち寄った」


「そうなんだ。そういえば、バレル・ナザワでも何人か、エルフの人見かけたよね」


「ああ。だが、あれらの者たちは私の中に流れる古エルフの血とは、異なる種族であると言っても過言ではない。見た目こそ似ているが、地上で出会うエルフのほとんどは、偉大なる精霊の加護を離れ女神リーザに与した、人間により近い種族なのだ。古エルフに比べて寿命も短く、二百年ほどしか生きられぬ」


「うへぇ、二百年。それでも十分に長いけどね。じゃあ、その古エルフの血を引くマルフレーサは何年くらい生きられるの?」


「さあ、私は混血。しかも母方の祖母がそうであったというに過ぎないから、確かなことは言えんな。ユウヤ、お前から見て私は何歳ぐらいに見える?」


「そうだな……。しゃべらなければ、二十代半ばくらいかな?」


「ふふっ、なるほどな」


「ねえ、実際は何歳なのさ? 二十年前には、もう婆さんの姿だったんでしょ?」


「やはり秘密にしておこう。ユウヤ、女の歳など聞くものではないぞ。それに私が若作りなのは、古エルフの血だけによるものだけではないかもしれん。持って生まれたスキルと厳しい修行により培った膨大な魔力が全身の細胞を活性化させている節がある。自分でも何歳くらいまで生きられるかは、正直わからんのだ」


「そういう時だけ、女を盾にするんだからズルいよな。俺の秘密は、こじ開けてでも知ろうとするくせに……」


俺はそう愚痴を言うと、チーズバーガーの残りを一気に口に放り込んだ。


そして普通の人間と亜人などの様々な人種が行きかう通りを見渡し、次の面白そうなものを探した。




ユウヤたちがヴァンダン王国、最初の街ロスアンの観光をエンジョイしていた丁度そのとき、大城謙児おおしろ けんじは、バレル・ナザワの街を必死の形相で駆け回っていた。

全身汗だくになり、肩で息をしながら、それでも足を止めなかった。


「くそっ、どこにいるんだ。ヒマリ! いたら返事をしてくれ、ヒマリー!」


謙児は、自らの手配書が街中に張られていることなど気にもかけずに、声を張り上げ、叫んだ。


「ちくしょう。亀倉さんから、あれほど、ヒマリのことを頼むって言われてたのに、オレってやつは……ちくしょうっ!」


潜伏先を、安宿から街の郊外にある空き家に変更した二人は、そこでしばらく息をひそめて暮らしていたのだが、朝に食料を調達しにいくと言って、街の外の森に出掛けていったヒマリが昼を過ぎても戻らなかったことに謙児は嫌な予感を覚えた。


捕まる危険を覚悟のうえで、通行人などにヒマリらしき少女を見かけなかったか尋ねて回ったところ、一つ気になる目撃情報があった。


剣士風の身なりをした男が、ヒマリと特徴が一致する少女と何かもめている様な状況になっていたというのだ。


そして、その剣士は、少女を殴りつけ気絶させると、抱きかかえてその場からどこかに連れ去ろうとしたのだそうだ。


目撃した男が「その少女をどうするのだ?」と尋ねたところ、その剣士は悪びれた風もなく、こう言ったのだそうだ。


「私は、疾風の勇者ルーペルト。この少女はお尋ね者だ。嘘だと思うなら、街中にある張り紙を確かめるがいい」


そのまま疾風の勇者を名乗る男は、少女を抱えて何処かに去ったらしい。


この目撃情報を得てから謙児は、目の色を変えて街中を探し回った。

だが、それらしき姿は見つけることができず、町の広場の噴水で、のどの渇きを潤し、少し休憩をとろうと考えていると、先ほど情報をくれた男が大勢の衛兵を連れて、やって来た。


「あいつです。あの髪を逆立てた目つきの悪い若い男。ねえ、手配書の奴とそっくりでしょ?」


そう言って、男が謙児を指差すと、衛兵たちが得物を手に近づいてきた。

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