第147話 いざ、ヴァンダン王国へ
ヴァンダン王国への通行許可と滞在時の身分を保証するというバレル・ナザワの東西それぞれの領主のお墨付きのようなものが整うまでの間、俺とマルフレーサは、ジュダラス峠の土砂撤去と整地をすることになった。
マルフレーサに言わせると、これは後になって、やはり輸送路を損なって不便になったと難癖をつけられないための大事なアフターフォローというやつらしい。
人間というのは、危機が去ってしまえば、ありがたみを忘れる生き物で、逆にこうして北への交通をある程度確保して、形にして残してやれば、その功績は長く語り継がれることになるというのだ。
「案外、この道は、勇者街道とかルート・ユウヤとか名前が残るかもしれんぞ」
マルフレーサは、そんな冗談を口にしながら、魔法で山のように積もっていた土砂に仮初の命を与え、≪土の巨人≫をいくつも作ると、それらを使役して土木作業を行わせていた。
すべてが終わった後、谷底や窪地などに身投げさせれば土砂運搬の手間も浮くという算段らしい。
たしかに不要な土砂が、自分で歩いて移動してくれるのはありがたい。
俺の方も峠の残った岩盤などを≪
そうして二日ほど作業すると両側に岩壁がそびえたつような景観の、比較的なだらかで広い一本道ができて、もう少し整備すれば立派な街道として使えるような状態になった。
バレル・ナザワ商業組合の職員や領主の配下の人たちは、この状態を見て、とても大喜びし、中には感激のあまり、涙を浮かべる者もいた。
これでバレル・ナザワ商業組合発注の『北の峠道の安全確保』は、無事に達成したことになり、俺たちは心残りなくヴァンダン王国へと旅立つことになったのである。
大勢の見送りを受けながら、東の城門をくぐった俺たちは、バレル・ナザワが見えなくなるまで街道をひた進み、最初の水場に到達した。
その水場は街道を行き来する商人や旅人たちが利用する休憩所の様になっていて、日差しを避ける屋根なども設けられている。
「ふう、こうも太陽の光が強いとさすがに少し日焼けしてしまうな」
マルフレーサが木でできたベンチにどっかり腰を据えて、井戸から汲んできた水を水筒から一口飲むと、それを俺に向かって投げてよこしてきた。
俺はそれを水がこぼれないようにキャッチし、真似て一口飲む。
「それにしても、マルフレーサ。もうだいぶバレル・ナザワから離れたから聞くけど、魔王領に向かうなんて、いったい、どういうつもり?」
「ふむ、そのようなこと言ったかな」
「俺、前に言ってなかったっけ? 魔王にはできるだけ関わりたくないって」
「それは言っておった気がするな。だが、そうであるなら逆に好都合ではないか」
「どういうこと?」
「おぬし、あのままゼーフェルト王国におったなら、どうなっておったと思う?」
「いや、言ってることが分かんない」
「いいか。お前はハーフェンで蛸の魔人を単独撃破し、バレル・ナザワでは魔王軍の侵略拠点を潰した上に、≪六魔将≫の一角を退けた。その名声は自ずと高まり、やがて王都にいる国王すらも動かすであろう。いや、案外、もう裏では動き始めていたやもしれんな。魔王討伐隊の解体にあっさり踏み切ったのは、ユウヤ、お前をその代わりとして使うことを思いついたのかもしれんし、そうでなくてもゼーフェルトの勇者として迎え入れたいなどという使いの者がそのうちやって来たとしてもおかしくはない。まあ、あくまで、私の推測というか、妄想の域は出ないがな」
「うげ、それは困る」
「そうであろう? 今、この時期、ゼーフェルトを離れておることは、ほとぼりを冷ます意味でもちょうどいいし、何より、お前がもう一人関わりたくないといっていた国王からも距離を置くことができる。ここはもはやヴァンダン王国の領地だ。いかにパウル四世であっても我らの行動を容易くは把握できまい」
「なるほど。なんか納得できた気がするけど、これって俺、騙されてないよね?」
「まあ、仮に騙されているとしても、その相手が私であれば文句は無かろう。とりあえず、活動資金も確保できたことだ。難しいことはさておいて、今はヴァンダン王国の観光を楽しもうではないか。この国には竜玉と言ってな、竜の分泌物でできた美しい宝石があるのだ。指輪か、ネックレス、いやその両方欲しいな。お土産としてプレゼントしてくれてもいいぞ」
「その活動資金だけど……。バレル・ナザワの領主、すんごい気前良くてさ、ヴァンダン王国の貨幣でたくさん支給してくれたけど、こんなに貰ったら、その……天竜山脈だっけ? 少なくとも、そこを越えて、魔王領に行かなきゃならなくなったんじゃないの?」
「それは、そうだな。せっかく勇者として名が知れ渡ってきたところだ。貰うものだけ貰って、行方をくらましてもいいが、後ろ指を指されるようなことはしない方がいいだろうな。まあ、あとで物見遊山がてら魔王領を見物に行くのも悪くは無いだろう。行くだけなら、私とお前であれば、それほど危険は無かろうしな」
「はあ、何でこんなことになっちゃったんだろう。でもまあ、ゼーフェルト王国以外の国も見てみたかったし、良しとするか。この国ではさすがに俺のこと知ってる人はいないと思うし、マルフレーサが言う通り、資金が尽きそうになるまで羽根を伸ばすのも悪くないかも。魔王領のことはひとまず置いておいて、とりあえずはヴァンダン王国の観光を楽しむとするか」
「ふふっ、それでこそ、ユウヤだ。観光しつつ、他国の見聞を広げることで、見えてくるものもあろう。」
これからするヴァンダン観光に思いを馳せ、にんまりと笑みを浮かべる俺とマルフレーサなのであった。
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