第146話 使命と宿命

ジュダラス峠で起きたことを報告するために、俺たちは、バレル・ナザワの冒険者ギルドを再び訪れた。


事態の重要性が考慮されたのだろうか。

別室に通された俺たちは、そこで部下を伴ってやってきたここのギルドマスターだという男に事情聴取のようなものを受けることになったのである。


ジュダラス峠が魔王軍によって要塞化されていたこと、そして一連の神隠しが魔王勢力によるものであったことなどを、マルフレーサは要領よく彼らに説明し、俺はそれをほとんど聞いているだけであった。


マルフレーサはさすがに弁が立ち、その要塞の危険性や将来及ぼすはずであった事態を強調しつつ、俺たちがそれを未然に防いだのだという方向にうまく誘導しているかのようだった。

実際には≪魔幻将≫ネヴェロスとかいう幹部には逃げられたし、さほど激しい戦闘などは行われなかったのであるが、ギルドの連中はもうすっかりマルフレーサの話術にやられてしまっていて、あたかも俺たちがバレル・ナザワの街を救った英雄であるかのように思い込まされてしまった。


単身乗り込んでいった俺が、魔王軍の基地を壊滅させ、魔王直属の大幹部たる≪六魔将≫の一人を敗走に追いやった。

マルフレーサは直接そうであるとは言わずに、そんな感じのストーリーをギルドの人たちの脳裏に植え付けたようだ。

実際は、ネヴェロスが自発的に基地を放棄し、何らかの理由でその隠滅を図ろうとしたのだが、うちの大賢者殿はまったく、とんだ詐欺師ぶりである。


おかげで峠道が使えなくなってしまったことなどは、さほど注目されることが無く、無理矢理俺のせいにされたり、そのことを非難されそうな気配は微塵も浮かんでいない。



その翌日には、マルフレーサ原作のこの事件の真相なるものが領主の元にも伝えられたらしく、時を経ずして俺たちはバレル・ナザワの領主の住む城に招かれることになった。


バレル・ナザワの領主は、恰幅の良い陽気な感じの男で、国境の街特有の異国情緒あふれる感じの衣服を身に纏い、高価そうな宝石や貴金属をたくさん身に着けていた。

ハーフェンもそうだったが、交易の盛んなこの街の領主も相当に羽振りが良いらしい。

ハーフェンの勇者を一目見たいと集まって来ていた彼の妻や子女たちもとても裕福そうな恰好をしていた。


「おお! そなたが今、このゼーフェルトでその勇名を轟かせているハーフェンの勇者か。噂通り、随分と若いのだな。私は、この土地の領主、ゴベールだ。ユウヤよ、そなたの名は、この国の東の果てであるこのバレル・ナザワにも聞こえてきているぞ。さらには、そなたの後援者であるハーフェン領主ヴィルヘルム殿からもこのような書簡が届いていてな、この地を訪れた際には、何かと便宜を図ってほしいと頼まれておったのだ」


「はあ……、そうなんですか。恐縮です」


ヴィルヘルムさんよ、勝手にあちこち手を回すのはやめてくれ。

これ以上有名になったら、本当に普通の生活ができなくなってしまう。


「ははっ、そんなに畏まる必要はないぞ。ここは王都とは異なり、格式ばった態度は無用だ。ましてや、そなたは人知れず暗躍していた魔王軍から、このバレル・ナザワを救った英雄。そこにおられる大賢者マルフレーサ殿のようにもっと堂々としていて良いのだぞ」


領主が手に持っていたハーフェンの刻印付きの手紙を迷惑そうな顔で見ていたのが、どうやら畏まった様子に映ったらしい。


「いや、英雄だなんてそんなことはないですよ。たまたま、そうなったというか、成り行きというか……」


「ユウヤ殿は、謙虚な人柄でもあるのだな。まさしく内面も勇者と呼ばれるにふさわしい人物のようだ。世にあふれる認定勇者たちのように、自らの手柄を何倍にも誇張する輩たちに爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ。つい先日も、自ら勇者を名乗るルーペルトとかいう男がやって来てな、この地を当面の活動拠点にしたいから、幾ばくの援助をしてくれと謁見を願い出てきたらしいのだ。これこれの魔物を倒したことがあるだの、聞いたことのない名の村を救っただのと、城門前で大声で実績を並べ立ててな。あまりに、しつこく騒ぐので門番に追い払われたらしいが、今の世の中はそういった似非えせ勇者が溢れている。本当に嘆かわしいことだ」


ルーペルト……。

どっかで聞いたような気がしたけど、気のせいか。


「おっと、話がわき道にそれてしまったが、本題に移るとしよう。さて、ユウヤよ、そなたらの今回の働きに対して、私としては宴を催し、褒美をやろうと思うのだが、何か望みの物はないか?」


「いや、特にはないです」


宴とか褒美とかいらないから、早く帰りたいというのが本音だった。

長居すると、また余計なトラブルに巻き込まれそうだし、マルフレーサがまた何か余計なことに首を突っ込みかねない。


「ふむ、無欲の者でもあるか。ますます勇者としてふさわしい。では、マルフレーサ殿、そなたはどうだ?」


「……それではひとつ、望みのものがあります」


「ほう、それは何かな?」


「東のヴァンダン王国への通行許可証。できますれば、当地での身分証代わりに東西両方の領主様の刻印が入ったヴァンダン王国滞在のためのお墨付きのようなものなども添えていただけると有難いのですが」


「はて? そのようなものをどうしようというのだ」


「ゴベール様、我らは一度、ヴァンダン王国に入り、そこから北の魔王領を目指そうと考えているのです」


はあ? 何それ?


文句を言おうとした俺に、マルフレーサはウインクし、黙っているように仕草で合図してきた。


「なんと……、魔王領を……。しかし、マルフレーサ殿。あなたもご存じでしょうが、ヴァンダン王国と魔王領の間には、あの険しい天竜山脈がそびえたっており、山越えは困難を極めるという。我が国が魔王勢力の侵攻を受ける中、東のヴァンダン王国が平和を保てているのは、その天然の要害があってこそ。魔物たちでさえ、あの天竜山脈を越えるのは断念せざるを得ないほどなのです。あの山にはその名の通り、古より野生の竜族が住み着いており、その危険性は魔物どもの比ではありません」


「で、あればこそです。魔王も、天竜山脈側からの侵入にはそれほど警戒していないはず。現在、北の国境は王国軍と魔王勢力が膠着状態に陥っており、今現在の魔王領の様子を知る者は誰もおりません。魔王領に侵入し、魔王そのものを討ち滅ぼすことができないまでも、何がしらかの情報が得られれば、きっとそれはゼーフェルトにとって大きな利をもたらすことになるでしょう」


「そのために、自らを危険に晒し、死地に飛び込むと?」


「はい、それが勇者と呼ばれる者の使命。そして、宿命でもあるのです」


「……素晴らしい。実を言うと私とヴィルヘルム殿は、異なる派閥に身を置く貴族でな。あまり深入りはすまいと思っていたのだが、今のマルフレーサ殿の言葉を聞き、目が覚めた思いだ。……いいだろう。通行許可とヴァンダン王国への滞在については私が何とかしよう」


「ありがたき幸せ……」


そう言って深く首を垂れたマルフレーサの横顔には、何か悪だくみしているときに見せるあの意地悪そうな笑みが微かに浮かんでおり、俺は内心でため息を吐いた。


「北の国境と言えば、異世界から召喚された者たちからなる魔王討伐隊がその任務を断念し、解体されることになったらしいことは耳にしておるか?」


「いえ、存じて上げておりませんでしたが……」


マルフレーサと目を合わせた俺も頷いて見せる。


亀倉たちが魔王討伐隊から逃げてきたことは知っているが、解体までされたのは初耳だ。


「そうか。王国が北の国境付近の土地を緩衝地帯として放棄し、その外側に防衛線を構えてから十年ほどが経つが、今回の魔王討伐隊は、その膠着状態を打開する唯一の希望であった。我が領地からも多くの生贄を出し、魔王との戦いが終結することを大いに期待していたのだが、残念なことだ。脱走者も多く出たらしく、その者たちには国家反逆罪の罪状で国中に手配書が出回り始めている。この魔王討伐隊解体の件が知れ渡れば、ゼーフェルトに住まうすべての国民を悲しませることになるであろうが、おぬしたちの様に新たなる希望が生まれつつあるのもまた事実だ。王都では、≪世界を救う者たち≫以来の魔人討伐パーティ、≪正義の鉄槌≫なる者たちが国の支援を大々的に受けたS級パーティとして魔王討伐の旅に出たというし、我が国の希望は未だ潰えてはいない。私もまたそなたたちの後援者に加わり、その活動を今後も支援していくことを約束しよう。さあ、宴の準備はできている。ぜひ、息子や娘たちにそなたらの武勇伝を聞かせてやってくれ」


この後、俺とマルフレーサは、バレル・ナザワの西側の領主ゴベールによって、これ以上ないほどの歓迎を受け、盛大な宴を楽しんだ。



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