第145話 霧が晴れて

怪しげな霧が晴れて、あるじである≪魔幻将≫ネヴェロスが消えた≪司令の間≫には、沈黙が垂れ込め、巻き添えを食って死んだ緑爺さんの死体と俺たちだけが取り残されていた。


「……さて、敵の親玉にも逃げられちゃったことだし、帰りますか」


「ユウヤ、おぬしは、私とネヴェロスの間にあったこと……、私が所属していた≪世界を救う者たち≫というパーティと魔王勢力との間で何が起こったのか、尋ねないのか?」


「聞いてほしいの?」


「いや、そういうわけでもないが、おぬしも期せずして奴らと関りを持ってしまった。知りたくはないのかと思ってな」


「いや、別に……。過去に何があったのかなんて、特に興味は無いかな。それに部外者の俺があれこれ詮索するなんて無粋じゃない? なにか悲しいことがあったのはわかったし、今はさっきの会話で聞いた内容で十分だよ。マルフレーサがどうしても話したくなったら、寝物語に聞いてあげても良いけどさ。過去は過去。まあ、あの王様に気をつけろっていう話だって、俺なんかいきなり追放処分受けちゃってるし、それに自分の国の民を大勢、生贄にしてる時点でろくな奴じゃないのは最初から明らかじゃない?」


「それはそうだが……」


拍子抜けしたようなマルフレーサが何かを言いかけたその時、足元のずっと下の方で重く、腹の底に響くようなドンッという音とともに建物全体が大きく揺れた。

石造りの天井の石材の隙間から埃や小さな石粒のようなものがたくさん落ちてきて、ブランカがけたたましく吠え始めた。

揺れは次第に大きくなり、明らかにヤバそうな感じがしてきた。


「そうか、ネヴェロスのやつめ。時間稼ぎがどうのと言っていたが、この要塞を捨てる気だな。我らもろとも、証拠の隠滅を図るつもりか!?」


「歓迎するとか何とか言ってたけど、まあ、こんなものだよね。基地ごと爆破って、漫画とかの悪役がよく使う手じゃん」


「ユウヤ、呑気にしている場合ではないぞ。このままではわれらも生き埋めになってしまう。出口を探すぞ!」


「いや、その必要はないよ。マルフレーサ、それにブランカ。もっと俺の方に寄って。大丈夫、脱出手段なら、あるよ」


また一つ、秘密の開示になってしまうけど、俺には≪場所セーブ≫というスキルがある。

このスキルは、≪ぼうけんしょ≫の部屋で取得したセーブポインターという謎の≪職業クラス≫の固有能力だ。

任意の場所を三か所までセーブでき、そこに一瞬で移動することができる。


ここに来る前にバレル・ナザワの宿の部屋を三番目に記録していたから、それを指定するだけでひとっ飛びだ。

視野にさえ入って入れば、仲間も連れていくことができる。


「ぽちっとな」


俺は、自分にしか見えない半透明のコマンドウィンドウを操作し、あっという間に要塞の外に脱出した。




周囲の景色が一瞬で宿の見慣れた部屋になったことにさすがのマルフレーサもかなり驚いたようで、ブランカも、かわいい顔で首を傾げ続けている。


「ユウヤ、お前、今のはどうやったのだ? 転移系の魔法は、それこそ魔法罠同様に大掛かりな仕掛けと儀式、それに事前の準備が必要だ。そんな素振りなどないように見えたが、お前は、一体……」


「まあ、男の秘密ってことでいいじゃない。そんなことより、あの峠がどうなったのか確認に行ってみよう。当初の目的は、あの峠道の安全確保だったわけだし、ほら、急いで!」


俺はマルフレーサの詮索を避けるために、それほど興味もないのに現地に舞い戻ることを提案した。



宿を出ると街の人々が大勢、外に出ていて、さっきまで俺たちがいたジュダラス峠の方を指さしたり、そっちの方向を見ながら話し込んだりする様子があちらこちらで見られた。


ふと、通りの人たちに尋ねると、地響きのような音が聞こえて、外に出てみると峠のあるあたりから白い煙の柱が立ち上っていたらしい。

人々は噴火ではないのかと恐れ、避難すべきかどうか話し合っているようだった。


俺たちは、話を聞いた人たちに礼を言い、さっそく現地に向かってみた。



峠道は、無くなってしまっていた。


厳密に言うと、峠自体が跡形もなくなっていて、なんとも悲惨な景観へと変わり果てていた。

地形は変わり、折れた木々や基地のものであったと思われる石材などが周囲を覆う土砂からところどころ顔を出している。


どうやらあの要塞は、ジュダラス峠の内部をかなり掘り進んで、その全体を基地化したものであったようで、地下で起きたらしい爆発の威力によって峠自体がその姿と構造を保つことができなくなったようだ。


「マルフレーサ、これどうするの? こんな状態じゃ誰も通れないし、ミッション失敗だよね?」


「うむ。しかし、見方を変えれば、峠自体がなくなったことで道を整備さえすれば、以前より通りやすくなるのではないかな。魔王勢力の脅威は去ったわけだし、やつらの拠点を一つ潰したということで十分、勇者に相応しい功績と言えると思うぞ。まあ、ポジティブ・シンキングというやつだ。くよくよ考えても仕方ない。報告の仕方は私が考えるから、心配するな」


なにがポジティブ・シンキングだよ。

へたをするとこれ、峠の爆破自体、俺たちのせいにされて、責任問題に発展するんじゃないのか?


大して整備されていない道だったけど、一応は軍の物資を運ぶ輸送路だったわけだし、この異世界の発展具合からすると重要なインフラと言えなくもない。


俺は心底呆れ、肩を落として、大きなため息を吐いた。



それにしても、ハーフェンの蛸魔人の時もそうだったけど、マルフレーサが関わると被害が大きくなる傾向がある気がするんだが、気のせいかな?

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