第144話 魔幻将ネヴェロス

「……マルフレーサだと?馬鹿な、……この女がそうだというのか?」


≪魔幻将≫ネヴェロスの顔がにわかに曇り、俺に尋ねてきた。


俺は、そうですとばかりに無言で頷く。


「ああ、久しいな、ネヴェロスよ。この姿を知る者は数えるほどしかおらんので、面食らったかもしれぬが、これが私の本当の姿だ。お前が知る老婆の姿は世を忍ぶ仮の姿よ」


マルフレーサはそう言うと、一瞬にして俺が初めて出会ったときの婆さんの姿に変わり、そして再び若い本来の姿に戻った。


「本当にあのマルフレーサなのだな。貴様……、どの面を下げて、我が前に姿を現した? 我らをたばかり、魔王様をも裏切った貴様らが、今さら、どうして……。答えろ、マルフレーサ!なぜ、ディアナを死なせた?」


ネヴェロスは強い憎悪のこもった目でマルフレーサをにらみつけ、怒りで肩を震わせている。


この二人の間には、どうやら俺が知らない因縁めいた何かがあるようで、マルフレーサもいつもの人を食ったような表情はしていない。

やけに神妙な感じで、部外者である俺が口をはさむことなどできない雰囲気だ。


「ディアナの死については、何の申し開きもできぬ。あの時の我らは、あの王の本性を見誤っていたのだ」


「言い訳など、聞きたくはない。魔王様は、お前たちを信じ、最愛のディアナを和睦のための使者として送り出した。あのマーティンとかいう勇者……。あいつが余計なことを言い出さねば、魔王様は、ディアナを失わずに済んだのだ!」


「ディアナは、長く続くゼーフェルトと魔王勢力の抗争を嘆き、平和を強く求めていた。そして、それはマーティンや我らも同様だった。戦いによらない、話し合いでの解決を求めていたのだ」


「だが、貴様らの王、パウル四世は違った。あの男が求めたのは、あくまでもゴーダ王国旧領の征服。そして我らを根絶やしにすることであった。和平交渉のテーブルに着く気など最初からなかったのだ!」


「すまなかった。国王の野心には薄々と気づきながらもマーティンとディアナの二人を説得できなかったこと、これが私の最大の罪だ。大賢者などと持てはやされておりながら、あの王を読み違えてしまった。よもや、二人を亡き者にしようとまでするとは、あの時は予想だにしていなかったのだ。すべてが手遅れであることを知った後、私や多くの仲間は王のもとを去り、お前たちとの戦いから身を引いた」


「戦いから身を引いただと? 戦いは、まだ終わっていない。我らか、ゼーフェルトのどちらかが滅びるまで戦いの火が消えることなどありえない……。このままでは、殺されたゴーダ王国の民たちが、妹のディアナが浮かばれない……」


俺なんかがここにいちゃいけないような気分になって来た。

こんな深刻な話になるとは、ここに来るまで全く思ってもいなかったから、正直、唖然としてしまっている。


しかもこの手の拗れた話は、なかなか決着つかないし、完全に部外者の俺だけ先に帰ったらダメなのかな。

でも、どうやって帰るのかもわからないし、正直困った。


「マーティンを失い辛かったのは我らも同じ。だが、平和を求めていたあの二人が、今もこうして我らがいがみ合うのを望んでいると思うか」


「うるさい。黙れ! お前にはディアナの絶望に満ちた顔が浮かばないのか。死して尚、死体を弄ばれ、晒し者にされたディアナの、あの苦痛に満ちた死に顔が今も瞼の裏に張り付いて離れない。ゼーフェルト人を根絶やしにするその日まで、妹の受けた苦しみは消えることは無いのだ」


「では、どうする? ここで殺し合いでも始めるか? このような要塞の存在を知ってしまった以上、私としても見過ごすわけにはいかんし、何より、最近ようやく人生の本当の楽しさを知ったばかりでな、ここで殺されてやるわけにはいかんのだ」


マルフレーサは、所在なさげにしている俺の方をちらりと見やり、紺碧に輝く、透き通った石がはめ込まれた杖を構えた。


「望むところだ、と言いたいところだが、やめておくよ。今の私は、魔王様をお支えする≪六魔将≫だ。おのれの感情で、計画全体を狂わせるわけにはいかない。お前との長話で、もう十分に時間は稼げたし、ここで退かせてもらうよ。相性が悪いお前に加えて、そこの得体の知れない異世界勇者まで一緒とあってはさすがに分が悪いからね」


突如、周囲に大量の深い霧のようなものが発生し、玉座の前のネヴェロスの姿が見えなくなった。


「くっ、これはただの幻術ではないな。この霧には魔力の働きを阻害する効果がある……」


マルフレーサは口を腕で覆うようにして、呟いた。


そして、何も見えなくなった広間の向こうから、ネヴェロスの声が響く。


「おい、ハーフェンの勇者! 先ほどの話、よく考えておけ。貴様らの王は、仕える価値のない肥溜めの糞のような男だぞ。いずれ必ずお前を裏切り、そしてその背に刃を突き立てることになる。もし、魔王様にお仕えする気になったなら、北の魔王領を訪れるがいい。我らはお前を歓迎するぞ」


いや、別に仕えてるわけじゃないんだけど、王に仕えてる領主の認定勇者ということで、これもやっぱりそういう風に見られるのかな。

そう考えると、なんだか、嫌だな。


「おい、ネヴェロス。私のユウヤに、かってに色目を使うでない。殺すぞ」


「マルフレーサ、お前にも忠告しておこう。王に与すれば、それはすなわち死を意味する。他の仲間にもそう伝えておくのだな」


この言葉を最後に霧が徐々に晴れてきたが、そこにはもうネヴェロスの姿も気配も無くなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る