第143話 女の秘密

俺という人間はこう見えて、けっこう面倒くさがりだ。


この異世界に来てからもやっかいな状況に陥るとそれを解決するのが嫌になり、別に窮地でもないのに、何度かロードして、人生をやり直したりしてしまっていたのだが、そんな俺が、一番関わりたくなかった魔王軍に素性を知られても尚、その選択をとらないのには理由があった。


それは、目の前の問題を解決するよりも、ロードして最初からやり直す方が相当に面倒な状況であることに気が付いてしまったからである。


思った以上にこの魔王軍という連中は、ゼーフェルト王国中にその魔の手を伸ばしてしまっていて、平穏に暮らそうにもどの道、どこかで大きく関わってくるのが明白な状況だ。

戦争が行われているのは、北の国境付近だけの話だとずっと思ってきたけど、そうじゃない。

下手をすると、北部の膠着状態は皆の目をそこに釘付けにするための陽動で、国内での暗躍の方に力を入れているようにさえ見える。


アレサンドラたちを死なせないようにするためには虫魔人ライドを先回りして倒さなければならないし、フローラたちハーフェンの人々を守るためには、呪い騒動と婚約者問題の解決に加えて、同様に蛸魔人ピスコーを退治しなければならない。

この拠点だって放置しておけば、そのうち王国全体を揺るがしかねない脅威となるし、≪魔幻将≫ネヴェロスとかいうこのエロい足をした女以外にも五人も幹部がいるなら、おそらくこの場所以外にも魔王軍の拠点がひそかにあちらこちらで作られていても不思議はないのである。


また、城門前の追放シーンからやり直しても良いけど、それらをひとつひとつ潰していくのは、今自分が置かれている状況よりも面倒くさい。


マルフレーサとのちょっとスパイシーで、スイートな日々の暮らしも、ブランカのもふもふとした最高の手触りも手放してしまうのは惜しく感じているし、現時点では≪ぼうけんのしょ≫をロードするという選択肢は選び難いのだ。


困難から逃げちゃだめだ。


俺はその言葉を心の中で五回ほど自分に言い聞かせた。

このままロードしないでもう少しだけ我慢してみよう。


「バレてるなら、もうしょうがないね。それで、俺がそのハーフェンの勇者だっていうなら、どうしようっていうのかな?」


もう、やけくそだ。

開き直ってやる。


どちらにせよ、この基地問題を解決しないと、バレル・ナザワ商業組合の『北の峠道の安全確保』の依頼も達成できないし、領主に勇者としての実績報告もできない。


「さっきまで下手な他人のふりしてたのに、いきなり、強気になったな……。まあ、いい。……お前に残された選択肢は、二つ。ここで私と戦って死ぬか、……魔王様に忠誠を誓い、我らの仲間となるか、だ」


「えっ、魔王の仲間になるって選択肢もあるの?」


「ああ、魔王様は異世界から来た勇者たちに興味をお持ちのようだ。何人かは仲間に引き入れたいというお考えであるようだし、……特に最近、お前にはとても注目しておられるようだった」


「そうなんだ……。でも、俺が仲間になったとしてもゼーフェルト王国への侵攻をやめる気は無いんだよね?」


「……当然だ。ゼーフェルトが滅び、地上から消えてなくなる日まで我らが侵攻の手を止めることは……無い」


ネヴェロスは玉座の脇に置かれた香炉台にキセルを軽く打ち付け、灰を落とすとようやく俺の方を見た。

先ほどまでどこか気だるげで朧な眼差しをしていたのだが、少し目に光が戻った気がする。


「わからないな。なんで、そんなにゼーフェルトを目の敵にしてるのさ。他人を傷つけたり、殺し合ったりしてさ。どこかに遊びに行ったり、デートしたり、皆、もっと他にやることあるでしょ。 こんなこと何十年も続けて、おたくら楽しいの?」


「悪徳の王と偽りの教団に尻尾を振る勇者が、随分と妙なことを言う……。別に我らとて楽しくてこのようなことをしているわけではない。戦争とはそういうもの。一度始まってしまったら、勝敗がつくまで終結することは無い。……それにこの戦争を始めたのはゼーフェルトの方だ」


「どういうこと? たしか、一方的に侵略してきているみたいな感じだと思い込んでたけど……」


そうだ。

あんまり関心が無かったからよく知らないけど、北の方にあった国を滅ぼして、そこを魔王領であると宣言し、それから周辺の小国を滅ぼし、ついにはゼーフェルト王国にまで手を伸ばし始めたみたいな話だと思っていた。


アレサンドラの生まれ育った国も魔王に滅ぼされ、難民としてこの国に逃れてきたと話していた気がするし、酒場の飲んだくれとか、馬車で乗り合った老婦人とかの話を総合するとそんな感じだったはずだが……。


「……それは違う。侵略を受けていたのは私らの方さ。二十年ほど前、強欲なるパウル四世は大陸制覇の野望を抱え、我が祖国、ゴーダ王国に攻め入ってきた。屈強な軍勢と大量の魔物を自在に意のままに操る一人の異世界勇者を従えてね」


「異世界勇者?」


俺たちの以前にも、おとぎ話になるような大昔に、異世界からやって来た人がいたという可能性があることはマルフレーサから聞かされてはいた。

だが、そんな比較的最近ともいえるような時期に、別の異世界勇者が召喚されていたなどとはまったく驚きだった。


「これ以上は、私の口からは言えない。だが、ゴーダ王国を滅ぼしたのはゼーフェルトであることは確かだ。そして、今なお、ゴーダの旧領を未練がましくも狙い続けている。多くの罪なき者を生贄にして、お前たち異世界勇者を召喚してまでな!」


ネヴェロスは立ち上がり、俺の背後にある扉の方にいきなりキセルの先を向けた。

キセルの先からは黒い光の玉が飛び出し、俺の脇を通り抜けると、誰もいないはずの扉の前で何かに弾かれたような軌道になり、それが幻術師トゥルゾの頭部に命中した。


「ぐぎゃあああ。なぜ……、ワシが……」


幻術師トゥルゾの小柄な体は、黒い光の玉によって吹き飛ばされ、転がって壁の方までいくとそのまま全身から黒い煙を上げて動かなくなった。

たしか、あれ、≪暗黒球ダークボール≫とかいう魔法だ。

トゥルゾみたいに、カンチョーみたいなポーズやらなくてもできるんだね。


「フッ、よく私がここにいると分かったな」


マルフレーサの声がして、徐々にその姿が何もなかったはずの空間から浮かび上がってきた。

そして、その足元にはレトリバーくらいのサイズになったブランカも少しずつ現れて、ここに自分もいるぞとばかりに一声鳴いた。


「マルフレーサ、いつからそこにいたの? 扉も開いた気配が無かったし、どうやって?」


「それは、女の秘密というやつだ。思いのほか広くて時間がかかったが、ブランカの鼻を頼りに追ってきたぞ」


マルフレーサはそう言って俺に向かってウインクすると、意味ありげな笑みを浮かべて見せた。


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