第142話 魔王軍最大の障害

幻術師トゥルゾの案内で、この拠点の主である≪魔幻将≫ネヴェロスのもとに向かうことになった。

幻術師トゥルゾは、行く先々で遭遇した三つ目の兵士たちに、「お前たちでは相手にならん。手を出すな!」とその行動を制し、戦闘を回避してくれたが、それはおそらく俺のためとかではなくて、普通に戦力の無駄な消耗を避ける狙いがあったのだろう。

それは幻術師トゥルゾが、俺の戦闘能力をそれなりに高く評価したということであり、同時に≪魔幻将≫ネヴェロスであれば俺に勝てるという見立てであることも意味している。

≪魔幻将≫ネヴェロス……、一体、どんな奴なんだろうか?



「ねえ、あの三つ目の人たちさ、あれって何なの?」


「……あれは傀儡人間くぐつにんげんだ。魔王様がお造りになられたイービル・アイという魔物を脳に埋め込み、人間を我らの手先として改造したものだ。純粋な戦闘能力は低いが、暴れるしか能が無い魔物が主力の我ら魔王軍において、知的な任務を実行し得る貴重な特殊戦力だ。額の目さえ隠せば人間社会の潜入なども可能であるし、敵軍に潜り込ませれば、様々な策謀に利用できる」


「いや、普通に顔色も真っ青で変だし、無理だと思うけどな……」


俺は小声でそうツッコんだが、都合の悪いことは聞こえない耳なのか、幻術師トゥルゾからは何も言葉は返ってこなかった。


それにしても人間を材料にして兵士を作るとはひどい話だと俺は思った。


それはつまり人間を滅ぼす手先として、人間を使うということであり、人間同士の殺し合いが発生することになる。

おそらく、あの三つ目の兵士たちの材料になったのはこの峠道で行方不明になった人たちであり、そのひとりひとりに家族や恋人がいて、今もきっとその帰りを待っているんだと思うと、俺の心は痛んだ。


不可抗力とはいえ二人も死なせてしまったし、俺が気が付かなかっただけで、他にも何人か、≪理力弾≫が起こした爆発の犠牲になった人もいたかもしれない。



「あのさ、そのネヴェロスがいる部屋ってまだなの? わざと遠回りしてない?」


「やかましいやつだ。そんなに早く死にたいのか。もうじき着くから黙ってついて来い」


俺が思った以上にこの建造物は大きくて、あの実験室のような部屋を出てからもうずいぶんと歩いた気がする。

大型ショッピングモールの二倍以上はありそうなフロアを上に向かって三階分。

しかも通路は入り組んでいて、この拠点を築くのにどれだけ苦労したか、想像に余りある。

幻術師トゥルゾの部屋にあった複数の扉の先は、それぞれ実験材料である人や動物などの監禁場所であったり、実験体の飼育エリアであったりしたのだが、今歩いている場所には、傀儡人間たちの居住スペースやその生活を営ませるための設備や施設が設けられていた。

幻術師トゥルゾによれば、傀儡人間たちには知能や改造前の知識や技能があり、領主によって封鎖された峠の山林などで狩猟採集などの自給自足の生活を営ませているそうだ。

そして、来るべきゼーフェルト王国侵攻に備えて軍事訓練をしているらしい。



「よし、着いたぞ。ここが、≪魔幻将≫ネヴェロス様のられる司令の間だ」


幻術師トゥルゾがそう言って立ち止まったのは、見るもおどろおどろしい装飾によって縁どられた両開きの重々しい金属扉で、俺はそれを押し開いて、中に入った。


そこはハーフェンの城の領主の間の様に奥に玉座が置かれた大広間で、その玉座にはやけに胸元が開いたドレスのようなものを着た女がゆったりと腰を下ろし、ひじをついた姿勢でくつろいでいた。

スリット入りの裾から露になった脚を前で組んでいて、もう少しでかがめばパンツが見えそうだった。

右手にはキセルを持ち、フーッと白い煙を吐くと、その妖艶で虚ろな瞳をこっちに向けてきた。


「トゥルゾォ……、お前……、一体何の用でここに来たんだい?ここには、大事な用事以外に顔を見せるなって言っただろう。何のためにお前の部屋を一番遠くに配置したと思っているんだい?」


「は、はい。ネヴェロス様、申し訳ありません。しかし、その、……ジュダラス峠に仕掛けた魔法罠に久しぶりに引っかかった愚か者がいたのですが、めっぽう強く、我らでは全く歯が立たなかったので、なんとかお力をお借りしたく……」


「フーッ。……愚か者はいったいどっちなんだろうね? お前……、その坊やが何者かわからないで、この基地に引き込んだのかい?」


「と、申しますと?」


「その坊やは今、ゼーフェルト王国中で話題になっているハーフェンの勇者だ。名前はユウヤ。ライドとピスコーを殺ったのはそいつだよ」


「ま、まさか……。いくら強いと言っても、こんな若造が……」


……はあ。

まさか、魔王軍の方にまでハーフェンの勇者の名前が入れ渡っているなんて、最悪だ。

写真とかで手配書が回っているわけではないだろうし、なんとか、誤魔化せないかな。


「いや~、人違いですよ。困ったな……」


ちょっと変顔風に表情を作って、か細い感じに声色を変えてみる。

今更だけど他人を装ってみたら、切り抜けれないかな。


「ふふっ、しらを切っても無駄だよ。王国中に放っている偵察用の「魔王の目玉」を通して、お前の顔は何度も見ているし、それに人間側には内通者がたくさんいるんだ。お前たち人間の動きは筒抜けなんだよ」


「そ、そうなの?」


素っ惚すっとぼけてみたが、なんか、思った以上に魔王の魔の手は王国中に及んでいるみたいだ。

虫魔人ライドは、あんな王都のすぐ近くで大量の魔物を人知れず繁殖していたし、蛸魔人ピスコーはよりにもよってリーザ教団の司祭長に成りすましていた。

この拠点にしても、国内にこんな大掛かりな魔王軍の基地が建造されていたなんて知れたら、きっと王都の連中も仰天することだろう。


「そうさ。城を追われし、異世界勇者……。お前のことは、全部調べさせてもらったよ。なにせ、今や、魔王軍最大の障害となっているからね。華々しく送り出された他の異世界勇者どもの陰に隠れていた、お前の素性を調べるのにはかなり苦労したよ」


参った。

どうやら考えていた以上に、俺のことはもうすでに知られてしまっているらしい。

この緑爺さんのような中間にいる部下やその末端までは周知徹底されていないまでも、魔王及び主要幹部には知られてしまっていると考えた方がいい。


俺はすっかり観念して、変顔をやめた。


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