第140話 スイッチはどこだ

ほらね。やっぱり、マルフレーサの指示通りに動くと大抵はろくなことにならない。


俺は、頭上で消えた魔法陣があった辺りを見上げながら、内心で呟いた。


そこは、峠の地下にあるとは思えないような石造りの天井で、壁も床も同じような石材が使われている。

色は均一でやや薄茶色だが、表面はざらついていて、ゴマ石のような手ざわりだ。


「それにしても、ここはどこなんだろう?」


学校の教室ほどの広さがあるが備品などは無く、扉が一つあるだけの殺風景な部屋だ。


マルフレーサが追って来ることを期待してその場で少し待とうと考えたのだが、突然、四方の壁に埋め込まれていたらしい細い管から白い煙のようなものが噴出してきて、そうも言っていられなくなった。


俺は慌てて口と鼻を手で覆ったが、少し吸い込んでしまい、軽い眠気のようなものを感じた。

眠気と言っても意識を失ってしまうほどのものではない。

昼のお弁当を食べた後の、退屈な授業くらいの眠さだ。


俺は意を決して、この部屋で唯一の扉の前にダッシュし、ドアノブを回したが鍵がかかっていて開かない。

しかも俺は焦って力加減を間違ってしまい、ドアノブをいでしまう。


ほど良い眠気を催してくる謎の白い煙が部屋中に充満し始め、追い詰められた俺はいよいよ仕方なく、扉を蹴破ることにした。

ここがどこだかわからないが、家主やぬしの方、すいません。

眠くなるだけならまだいいが、得体の知れない煙などこれ以上吸いたくは無い。


分厚い鉄でできた扉が、俺の蹴りで簡単にひしゃげ、部屋の外に飛んでいく。


「ぐあっ!」


どうやら吹き飛んだ鉄扉にぶつかったのか、何者かのそんな声が聞こえた。

部屋の外に出ると四人の男が立っていて、一人は離れた場所で鉄扉の下敷きになり、ピクリとも動かない状態だ。

その男たちは人型こそしているものの全身青ざめたような色の皮膚をしており、目は赤く、口の中からは牙のようなものが覗いている。

そして何より額には両目のほかにもう一つ縦長の瞳のようなものがあって、三眼だった。


「まずい! 催眠ガスがこっちに漏れてくるぞ」

「こ、こいつ、なんで眠らないんだ」

「ネヴェロス様に急ぎ報告しなくては……」


その三つ目の男たちは慌てて逃げだしていくが、扉のあった壁の近くに立っていた男は、その白い煙を少し吸い込んでしまったのか、白目をむいて昏倒してしまった。


どうやら、かなりヤバいガスだったらしい。

倒れた男が顔面を床に強打しても目が覚める気配はない。


「くそっ、換気したいけど、換気扇のスイッチとかってどこにあるんだ?」


部屋の外の通路の壁を探してみたが、それらしきものは無く、鉄扉の下敷きになっていた男に聞こうと思ったが、その男はもうすでに死んでいた。


「これって、どう見ても普通の人間じゃないよね。目が三つもあるし……とりあえず成仏してください。わざとじゃないです。これは事故です。南無阿弥陀仏……」


俺はその場で手を合わせて冥福を祈る。


「さあ、さっきの奴らを捕まえて、換気の方法を聞かなきゃ、マルフレーサたちが来たら、眠らされてしまう。急ごう」


俺は逃げていった三つ目の男たちを追うべく、走り出したが、最初の角を曲がったところで周囲の石材とは異なる金属質の壁があって、完全に行き止まりになっていった。


「あいつら、どこに消えた?」


探してみても他に道は無く、扉も無かったため、俺はその金属でできた壁を軽く拳で叩いて確かめた。


どうやら、向こう側には空間があるらしく、取っ手などが無いことから、これはどうやらシャッター式の防火扉のようなものらしい。

材質は先ほどの扉で使われていた鉄とは異なり、少し硬そうだ。


「MPは20ぐらいの消費でいいか。チャー……シュー……メーン!」


俺は、≪理力≫を込めたザイツ樫の長杖クオータースタッフの杖先を持ち、ゴルフのようなスイングで、その金属壁に勢いよく杖頭の方をぶつけた。


これはムソー流の≪銅鑼鳴どらならし≫という技だったが、技のチョイスについては特に理由はなく、気分的なものだった。


掛け声の元ネタは古いゴルフ漫画のものらしいが、それは読んだことが無い。

この異世界に来るかなり以前に見たテレビのバラエティ番組で、全英女子オープンを制覇したプロがやっていたのを思い出して、真似しただけだ。

振り抜く時の「メン」のところが「メーン」なのがポイントとかなんとか……。


凝集した≪理力≫のかたまりが杖頭からインパクトの瞬間に放たれ、金属扉をぶち抜き、大人が楽に通れる円形の大きな穴をあけた。

それと同時に、扉の向こうから、「バーン、ドンガラ、ガッシャーン、ボカーン!」というような派手な破壊音と阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてきたが、この厚さの扉を破る丁度いい力加減が分からなかったので、まあ、仕方ない。


穴をくぐると、すぐにまた穴開きの金属壁が現れて、どうやらこの壁は四重にもなっていたようだ。


俺の放った理力の塊は、どうやら壁を四枚抜きにしてしまったらしい。


四枚の金属壁のすべてに穴が開いていたので、俺はそれを順にくぐっていくと、目に飛び込んできたのは、割と近代的というか、この時代には少しそぐわないような実験室のような工房のような、そんなどちらともとれるニュアンスの部屋であった。

そこそこ広く、最初に降りてきた部屋よりは二回りほど広い。

さきほどの≪銅鑼鳴どらならし≫の威力と衝撃によって、壁の棚は倒れ、そこにあった備品や道具、そして中央に設置されていたらしい大型の装置らしきものなどが壊滅的な被害を受けていた。


さらに俺が放った≪銅鑼鳴どらならし≫の理力弾とぶつかった何かがちょっとした爆発を起こしたらしく、小規模ではあったがそこいら中にその破壊の爪痕と焼け焦げたような跡を残していた。


そこいらに散らばっている紙類にはまだ火が残っていて少し焦げ臭い。


やばいな。

ますます換気の必要性が増してしまった。

換気扇のスイッチはどこだ?


見ると先ほど逃げた三人も巻き添えをくったのか、床に倒れていて、ひどいケガをしていた。


「ねえ、あの煙とかこの部屋の換気ってさ、どうやってやってるのかな? スイッチとか知らない?」


一番近くで転がっている三つ目男を揺すって起こそうとしたが、動かしては駄目なほどの重症だったのか、一度大きく血を吐いた後、動かなくなった。


「やばい。このままだとまた死んじゃうな。回復ヒール!」


俺は、ぐったりとしたままの三つ目男に、コマンド≪まほう≫の回復ヒールを使った。


すると男の傷は見る見ると癒えていき、あとちょっとで全快だというところまで来たのだが、突然、異様なほどに苦しみだし、暴れ始めた。


「えっ、なに、元気になりすぎちゃった?」


三つ目男の全身から黒い瘴気が立ち上り、額の目が大きく見開かれたと思った次の瞬間――ぶりゅっという気持ちの悪い音がして、額の目玉が外に飛び出してきた。

その大きさは目玉というには大きすぎて、大人のげんこつほどはあった。

その目玉の後ろ側には長く、赤い血管のようなものが無数に生えていて、奇妙な粘液を滴らせている。


「キシャーッ!」


どこから出したのかわからないが、その額に納まっていた目玉のようなものが、そんな音とも声ともつかぬものを発しながら、俺めがけて飛び掛かってきた。

同時に眼のふちから背面の方にびっしり生えた血管のようなものを俺の頭部に向けて伸ばしてくる。


「うわっ、気持ち悪っ!!」


思わず立ち上がってしまった俺はそれを即座に、長杖で振り払う。

目玉の怪物は左方向の部屋の壁にぶつかり、原形をとどめないほどにつぶれて、その体液の染みを作った。


目玉が抜け出た後の男は、額にぽっかりと穴が開いたまま動かなくなり、そのまま絶命していた。


「なんなんだよ、ここは一体……」


この施設が何のためにあるのか、この三つ目の怪人たちは何者なのか。

回復ヒールをかけたにもかかわらず、あの三つ目怪人が回復するどころか、苦しんだのはなぜか。

飛び出してきた目玉は何だったのか。


俺の頭の中身は、答えのない疑問でいっぱいになってしまった。


「まあ、……いっか。どうせ考えてもわからないし、それより換気扇のスイッチ探さなきゃ」


俺は部屋中を見渡したが壁にあるのはいくつかある扉らしきものだけ。

床には水晶玉のようなものや動物の頭蓋骨のようなの、他にも用途のわからない不気味な道具や何かからくりのようなものの残骸が多く散らばっているが、そのうちのどれが換気扇のスイッチなのか俺にわかるはずもない。


あのガスが時間経過で無害化するようなものであればいいけど、そんなご都合主義的なものは無いだろうし。

まあ、あれが魔法的なものなら、そういうこともあるかもしれないが……。


マルフレーサたちがあのガスにやられてるかもしれないから、救助のために一度戻ってみようかな……。



「ぐっ、おのれ……。貴様はいったい何者か……」


倒れた本棚の下からしわがれた老人のような声が聞こえてきた。


あっ、ラッキー。

話せる人がいるみたいだ。


スイッチのこと、聞かなきゃだな。

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