第139話 この道を行けば
「あのさぁ、これは一体、何?」
俺は万歳するような格好で、自分の胴体に結びつけられたロープを見つつ、マルフレーサに抗議した。
「見ればわかるだろう。命綱だ。こうしておけばいざというとき手繰り寄せておぬしを回収できるかもしれんし、もしそれができなくても、何より例の冒険者が消えた話が本当であるか確かめれるではないか」
「ねえ、マルフレーサ、なんだか面白がってない?」
「そんなことは無いぞ。愛しいユウヤにこのようなことをさせるのは胸が張り裂ける思いではあるが、皆そろって消えてしまっては実際のところ、何が起こったのかわからなくなる可能性があるし、それに体感してみたいであろう? ロープを解かずに人体消失!まるで大掛かりな手品の様ではないか」
「やっぱり面白がってるね」
「いや、これはひとえにユウヤの実力を信じてのこと。大丈夫、なにかあった時にはすぐに私も行く。この神隠しのような事件が、魔法を使ったものであるならば、魔素の働きからそのからくりの詳しいことがわかるであろうし、どうしても影響を受ける範囲外から観察する必要があるのだ。ほら、お前には私の使い魔をつけてやる。これで何が起こるのか、私はリアルタイムでこの場所から見ることができる」
マルフレーサが握っていた拳を開くと、その手のひらから、羽が生えた丸い目玉のような生き物が飛び出してきて、俺の頭の周りを飛び始めた。
なんだこいつ。
それに魔素ってなんやねん。
「まあ、いいや。実は最初から俺一人で確かめるつもりだったからね」
そう、俺だけならば万が一攫われたり、別の場所に転移させられてしまっても、≪場所セーブ≫を使えば、すぐに戻って来れるし、最悪殺されても、≪ぼうけんしょ≫の部屋に戻されるだけで済む。
俺は、バレル・ナザワの宿の部屋を≪おもいでのばしょ(場所セーブ)≫の三番目に記録した。
ちなみに一番には「王都のギルド前」、二番目には「ハーフェンの城内」を念のためにセーブしてある。
もし、俺が死んで古い≪ぼうけんのしょのきろく≫をロードした場合には、これらの≪おもいでのばしょ≫は持ち越すことができないが、いつでも瞬時に遠く離れた場所に移動できるのは、やはり便利な能力だ。
俺たちは、例の道があるジュダラス峠のふもとまでやってきた。
聖狼のブランカが普段は見せない異様な形相で唸り声をあげた。
鼻の上にいくつも皺を作り、警戒の姿勢を取る。
「やはり、この場所には何かがあるようだな。ブランカがこれほどまでに警戒するとは……」
マルフレーサの言う通り、こんなブランカの顔は今まで見たことが無い。
そして、今にもとびかかりそうな姿勢のまま、峠道には一歩も近づこうとはしないのだ。
「さて、じゃあ行ってきますか。人体消失実験、被験者ナンバー01、雨之原優弥、行っきまーす!」
俺は、半ばどうにでもなれという気分で、封鎖のために作られた木の柵を蹴り壊し、峠道に足を踏み入れた。
「この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ、行けばわかるさ。……これって誰の言葉だっけ?たしか、倫理の授業で先生がそんな感じのことを言ってたような……」
しばらくまっすぐ進んでいき、そして左に曲がる。
木々で隠れて、先ほどの場所から見ることができなくなっているというのはこの場所からだ。
見上げると、道は傾斜を伴いながらぐねぐねと右へ左へ、まるで蛇の動き方の様に曲がりくねっていて、手入れされずに伸びっぱなしの木の枝のせいで見通しが悪い。
道幅は結構広いが、昼だというのに薄暗く、たしかに物の怪やそうした類のものが現れても不思議が無い、どこか不気味な感じだ。
「うわっ」
無警戒にどんどん歩き始めたのだが、いきなり床が抜けたような感覚がして、見ると足元に紫色の光でできた魔法陣のようなものが現れていて、そこに俺の体が吸い込まれたような形だ。
名前を呼ばれて返事をしたら吸い込まれてしまう西遊記のひょうたんみたいな感じで、俺の体が一瞬、煙などの様にゆらめき、歪んだように見えた。
そして、腰のロープはそのままに地面があった場所が、俺の頭上に見えた気がしたその瞬間に、その魔法陣は閉じてしまった。
マルフレーサが付けてくれた使い魔とやらも当然、外に置き去りだ。
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